一一 求道会本部・会議室

 そらは求道会本部の広い会議室に夫の雅俊まさとしの後に続いて入室した。すでに室内の空気は張り詰めている。テーブルを挟み父の佐伯仏眼と義母の弓削朋美が対峙している。仏眼の左右には弟の海を始めとした副会長派の幹部が、朋美の左右にも会長代理派の幹部が座っていた。


 空の立場は微妙だ。彼女は父に命じられ、会長の弓削泰介と血縁関係を結ぶため孫の雅俊と結婚したのだ。まさに政略結婚で空は当時付き合っていた彼氏とも別れなければならなかった。しかし雅俊との結婚はそれほど悪くはない、彼も彼女と同じ立場なので共感するところが多いからだ。


 雅俊は母親である朋美の隣に座り、空は対峙する派閥の間の席に座った。この場所が彼女の微妙な立場を表している。朋美は表面上、彼女を信頼しているように振る舞っているが、本音では仏眼側の人間だと思っており、さらに子供が出来ないことにいらってもいるのだ。


 空は正面にある一際豪華な椅子に視線を向けた。未だに座る者のない会長席だ。背後には六臂ろつぴで頭部が象の姿をしたたいせいかんてんの像が置かれている。このてんそんは祈ればじようじゆしない願いはないが、その代わりそれに見合う代償が必要と伝わる秘天だ。


 昨年泰介が亡くなった直後は後継問題で頻繁に会議が行われていたが、最近は滅多に開かれなくなっていた。副会長の仏眼派と会長代理の朋美派の力が拮抗し膠着こうちやく状態にあるためだ。話し合っても堂々巡りでこのままでは求道会は分裂してしまう。そのため暗黙の了解で現状維持を選択したのだ。しかし、いつまでもこの状態ではいられない。


「それでは全員そろったところで、本日の議題を……」


「鬼多見法眼に、あなたたちが接触することは認めません」


 仏眼の言葉を朋美が鋭く遮った。彼は口元にわずかに笑みを浮かべる。


「会長代理、御安心を。我らは何も派閥争いのために法眼を手に入れようとしているわけではありません。

 下手をすれば今国会中に解散、そうでなくても来年は総選挙があります。次の首相が誰であれ、我らが民自を勝たせねばなりません。しかし、会長を欠いた現在、異能者の、しかも人心を操る能力に秀でた者が必要です」


 仏眼の言葉に朋美は苦虫をつぶしたような顔をした。


「解っています。だからわたくし達の側からも使者を送ると言っているでしょう? それで問題ないはずです」


「仰る通り。しかし、先ずは私から話をさせていただきたい。何故なら……」


「法眼があなたの兄だから、ですね」


 だからこそ朋美は仏眼が法眼と接触することを嫌っているのだ。三十年近く顔を合わせていないほど関係が悪いとは言え兄弟だ。万が一にも手を組まれれば現在の均衡は崩れ、仏眼が次期会長の座を手に入れる可能性が非常に強まる。


「ええ、ご存知の通り私と法眼の間には確執があります。このままではまとまるものも纏まりません。そのために一度会うだけです。その後は会長代理にもお力添えを願います」


「なりません。鬼多見法眼に会うというなら、わたくしも同席します」


 仏眼は溜息を吐いた。


「わかりました。では、ご同席願います」


 思わず空は仏眼を凝視した、父が会長代理の同席を認めるとは。そして驚いたのは彼女だけではない、朋美も眼を見張っている。彼女も認められるとは思っていなかったのだろう。


「それでは会長代理、いつでしたら都合がよろしいですか?」


 余裕の笑みを浮かべながら副会長が会長代理に尋ねる。


「そうですね……それでは」


 今度は朋美が笑みを浮かべた。

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