九 戌亥寺・庫裡

 闇の中、目を覚ました御堂刹那は一瞬自分がどこにいるのか判らなかった。


  あたし、戌亥寺に泊まってたんだ。


 遙香、永遠と一緒に茶の間に布団を敷いて寝ている。ただでさえ狭いのに母が恋しかったのだろう、紫織も一緒に寝ると言いだし、梵天丸と政宗も付いて来たのでギュウギュウ詰めで寝ていた。こんなに賑やかなのは久しぶりだ。


  ザッキーどうしてるかな……


 戌亥寺には結界が張ってあり霊や魔物の類いは近づけない、そのため座敷童子は外に置いてきたのだ。座敷童子はつきものなので外にいても平気だと遙香と法眼は言っていた。しかし、彼女にとっては単に自分に取憑いているモノではなくパートナーでもあり、独りで外に置いておくのは忍びない。


 刹那は布団から抜け出そうとして、隣で寝ていた永遠と犬たちが居ないのに気付いた。トイレにでも行っているのかと思いつつ、エアコンの効いていない廊下に出るとムアッとした不快な空気が身体にまとわりつく。


 ふと、窓を見上げると、半月の月が昇っていた。その冷たい光の美しさに蒸暑さも忘れ見入ってしまう。


「御堂?」


 本堂側の闇の奥から鬼多見悠輝が月明かりの中に出てきた。


「あ、おじさん、トイレ? たぶん永遠が……」


「いや、あいつは本堂で寝てる」


 刹那の言葉を遮り、鬼多見が言った。


「ホンドーデネテル?」


 思考が一瞬停止する。


「そんな……いくら姪がカワイイからって……」


「ナニ考えているんだおまえ?」


 鬼多見は顔をしかめた。


「朱理は昔から夜中に不安になると、よくおれの処に来るんだよ。さすがに最近は来てなかったけどな」


 永遠の小学校や戌亥寺に来たばかりのことを聞き、刹那は少し嫉妬を覚えた。鬼多見は最近戌亥寺にいる事が多い、それに対し刹那は仕事の関係もあり週末はほとんど永遠と一緒にいる。特に彼女が夏休みなったこの数日は接している時間は圧倒的に長いのだ。にも関わらず、不安があれば姉の自分でなく叔父の鬼多見を頼るのか。


「不満か?」


「べ、別にィ」


 ここで認めたら負けだ。それに少なくとも母親の遙香も同じ立場なのだ。


「そうか。じゃあ安心してトイレに行っていいぞ、おれは紫織の部屋で寝るから」


 と言って、刹那を置いて立ち去ろうとする。紫織は茶の間で寝ているので今は誰も使っていない。


「ちょっとッ、別にあたしはトイレに行かないわよ! ザッキーの様子を見に行くのッ」


「足下に気を付けろよ。この辺、暗いから」


「付き合ってくれないのッ?」


 鬼多見はやっと足を止めた。


「独りで行くつもりだったんだろ?」


「そうだけど……足下が危ないんならナビしてくれたっていいじゃない!」


「スマホのライトで照らせば大丈夫だろ?」


「フィアンセが心配じゃないのッ?」


 鬼多見が不自然に長い沈黙をした。刹那は勢いで言った「フィアンセ」という言葉が恥ずかしくなってきた。


「な、なによ、いつもみたいにフィアンセじゃないとか、決まってないとか言いなさいよ!」


「御堂はどう思っているんだ?」


 真剣に問いかける鬼多見の声に、今度は刹那が言葉に詰まってしまった。


「……ど、どうって?」


「…………………………………」


「…………………………………」


 気まずい沈黙がしばらく続く。


「明日も早い、座敷童子の様子を見に行こう」


 ようやく鬼多見が静寂を破り、刹那は彼の後を追って表へ出た。

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