八 戌亥寺・本堂 弐
眠りに落ちようとしたその時、
「どうした、眠れないのか?」
闇の中に白い影が浮かび上がり、その前に小柄な人影が何かを抱えて立っている。それは梵天丸を抱き、政宗を従えた朱理だ。
「うん……」
何だか元気がない。朱理は悠輝が稲本団地に引っ越したばかりの頃、祖母が恋しくなると彼の部屋に来て寝ていた。悠輝がいる集合住宅の部屋は真藤家の真下にあり、彼が引っ越してくるまで朱理の祖母の部屋だった。
朱理はお婆ちゃん子で祖母が亡くなった後、部屋の契約を解消されるのを嫌がっていた。運良く部屋を探していた悠輝がなるべく部屋の状態を変えないようにして入居したため、彼女は何かあると叔父のところに来ていたのだ。
朱理は五年生になるころには、もう夜中に悠輝のところへは来なくなった。精神的にも安定し、何より叔父と一緒に寝るのが恥ずかしくなったのだろう。ところが三年前、戌亥寺に修業に来ると少しの間だけその習慣が復活していた。
さすがに高校生の姪と一緒に寝るのはどうかと思ったが、
「おいで」
今までと変わらぬ口調で呼ぶと、先ず政宗が悠輝の隣に貼り付き、続いて梵天丸を抱いた朱理も反対側に横になった。毛布一枚では大きさが足りないので、政宗は完全に
焔の験力を使う朱理は暑さに強く、この程度なら平気だ。悠輝は子供をあやすように優しく姪の身体を叩いた。幼い頃、自分も姉にしてもらっていたのだ。
いや、違うな……
記憶にある遙香は恐らく本物ではない。実際に姉もしてくれたのかもしれないが、記憶の中の遙香は高校生ぐらいで自分は就学前だ。だから、姉だと思っているのは多分母だろう。一喜と話したお陰か、少し母の記憶が戻ってきている。
「おじさん、また戦いになるの?」
眼を閉じたまま朱理が尋ねた。
「そうならないことを祈るよ」
やはり朱理は不安なのだ。そもそも最初に巻き込まれた事件で、彼女は大切な友人を失っている。その時が験力の目覚めの時であり、修業を始める切っ掛けになった。
「でも、大丈夫だよ。何があっても叔父ちゃんが、おまえを守るから」
「そういうことじゃない」
闇の中でも朱理が顔を
「姉さんや事務所のみんな、それにお父さんの会社も巻き込むことになるんでしょ?」
悠輝は微笑んだ。この娘に誤魔化しは通じない。
「そうだな、確かに叔父ちゃんだけじゃ手に余る。でも、お母さんもいるし、梵天丸と政宗だっている」
朱理に抱かれた梵天丸と悠輝の背中に貼り付いている政宗が、「そうだ!」と言わんばかりにモソモソ動いた。
「それに……爺さんまでいるしな……」
姪を安心させるために渋々法眼も加える。
「でも、今までだってそうだった……」
「今回は違う。前もって相手の動きが予想できるから、都内と福島に分かれても対応しやすい。基本、おまえにはお母さんが付いているし、紫織には爺さんが付いている。何より、おまえ自身が強くなっているから、余力でお母さんがブレーブもお父さんたちも守れるさ」
「じゃあ、おじさんはいらないね?」
愛する姪にこういう事を言われると、例え冗談でも傷つく。
「そ、そんなことないぞ! 爺さん一人に紫織を任せておいたら不安だし、お母さんの手に負えない状況になったらすぐに駆けつける。つまり、叔父ちゃんはおまえも紫織も守るんだよ」
反論の言葉を聞くと朱理はクスクスと笑った。
「ねぇおじさん、姉さんのこと、どう思っているの?」
笑うのをやめ、朱理は唐突に話題を変えた。そのせいで悠輝はドキリとした。
「ああ……クライアント、かな?」
「クライアント? 結婚するのに?」
「どうだろうな、御堂は嫌がっているみたいだし。だから現状では、今まで通りクライアントだよ」
朱理は納得いかないと言いたげな
「そういうことじゃなくて、姉さんのこと、好きなの? キライなの?」
「それは…………」
悠輝は答えに詰まった。実は御堂刹那について自分の感情をそこまで掘り下げて考えた事が無いのだ。たしかに魅力的な女性だとは思っていた。しかし、彼女はアイドルでブレーブの大切な商品だったから、あくまでビジネス上の関係に留めておくつもりだった。
ところが今年の春、朱理が壷内尊の式神に襲撃され、それを庇い刹那は背中に大怪我を負う。遙香が英明とハワイ旅行に行っていたため悠輝が朱理を守らねばならなかったのに、一日で済むからと油断して智羅教に信者奪回に行っていた。
彼が居れば刹那は大きな傷跡が残るような事にならずに済んだはずだ。そのためどんな償いでも応じる覚悟を決めた。ブレーブ側、いや、刹那の叔母である中川好恵からの要求は刹那との結婚だった。もちろん、目的は
この要求を悠輝は受け入れた、後は刹那次第だ。だから彼自身が彼女を好きとか嫌いとかは問題ではない。そう考えているからこそ、関係性が微妙な今、改めて刹那に対する感情を意識しないようにしていた。
朱理にその事を話していると寝息が聞こえてきた、やはり疲れているのだろう。
おれの気持ち、か……
朱理を起こさないために犬たちに動かないよう身振りで指示して、そっと布団から抜け出した。
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