八 戌亥寺・本堂 壱

 戌亥寺の夜は早い、朝の三時には起きてお勤めが始まるため、何か用事が無ければ午後八時には寝てしまう。と言うと、いかにも真面目に修行しているように聞こえるが、実際は、悠輝と法眼の験力を使った親子喧嘩が夜も明けきらぬうちから始まるに過ぎない。


 そのため今日も悠輝は夕食後、風呂に入るとそのまま本堂に来て横になった。いつもなら梵天丸が付いて来るのだが、朱理と久しぶりに会って一緒にいたいのだろう、ここにはいない。


 闇の中、部屋の隅に敷いた布団の上で天井を見つめていると、仏眼の動きが気になり始めた。夕食での遙香の話を思い返す。一喜から聞いた話を伝えると、姉も『紅葉を見る会』の招待状が朱理に届いたことを話した。


 求道会から芦屋総理大臣に働きかけがあったのは間違いないだろう。だとすると、彼等の目的は何か。


 一番可能性が高いのは、外堀を埋めて朱理と遙香を求道会に取り込むことだ。


  求道会、というよりも仏眼派か……


 一喜の話によると、求道会は先代会長の娘である弓削朋美を支持する派閥と、仏眼の派閥がどちらが次期会長になるかで揉め続けているらしい。だとすれば仏眼が自分の勢力拡大のため、総理大臣に働きかけ朱理を招待させたと考えるべきだろう。


 総理大臣主催の会だ、出席すればはくが付く。弱小芸能事務所にとっては飛び付きたくなるエサだ。


  まぁ、総理といっても宇宙を代表する軽薄王子の主催じゃな。


 悠輝は高校を卒業するまで父という権威に従わされてきた、そのせいか権力者を極端に嫌う。特に現・総理大臣の芦屋寛造は不誠実さと厚顔無恥を併せ持つ、彼が最も嫌うタイプだ。そいつを中心にして日本の民主主義や、立憲主義、三権分立、平和憲法など大切なものが揺らいでいる。


  まったく、芦屋なんて苗字にロクなヤツはいない……


 そう思って悠輝は枕の上で頭を振った。いけない、これは完全な偏見だ。彼が知っている芦屋は、この総理大臣とあしみちぐらいしかいない。なのに全国の芦屋さんを悪く言うのは間違っている。


 芦屋満留は人を呪ったり呪符を売ったりして金を稼ぐほうで、悠輝にとって因縁のある相手だった。そもそもの始まりは、彼女が作った呪物を刹那に頼まれ破壊したことだ。それによりじゆかえしが起り、『かやりの風』と呼ばれる呪詛合戦に発展する恐れがあった。


 しかし、満留は悠輝に何もしては来なかった。理由は二つ、一つは呪詛返しにより彼女へのダメージが大きく回復に時間がかかったから、もう一つは悠輝が鬼多見法眼の息子だったからだ。彼女は法眼を恐れ悠輝に手を出さなかった。


 その代わり丹念に計画を練り、刹那に復讐を仕掛けた。ところがその時、アークから身を隠すため悠輝は刹那に朱理を預けていたのだ。彼女は刹那を守るために戦い、満留は焼かれた。怒りに我を忘れ満留は朱理に手を出すが、そこに悠輝が駆けつける。直前までアークと死闘してきた彼は万全ではなく、まともに戦っても勝てないと判断して満留と差し違えようとした。それを察した彼女は自ら負けを認め、その場を去ったのだ。もちろん差し違えを恐れただけではない。


 次に悠輝が満留と相見あいまみえたのは数ヶ月前、式神のぬえに噛まれ出血多量でフラついていた時だ。その状態で悠輝は満留と戦うつもりだったが、すでに決着は付いていた。彼の知らぬ間に法眼が彼女を屈服させ、メッセンジャーとして利用していたからだ。満留は遙香の居ぬ間に逃げるつもりだったが、そうは問屋が卸さなかった。狙ったようにいいタイミングで遙香は戻り、刹那の分の報復と称して満留に己の力を見せつけ完全に服従させたのだ。不遜な態度をしていた満留が、文字通り床に這いつくばり、許しを請い、忠誠を遙香に誓った。


 そして彼女は現在、無償で働く真藤家のメイドになっている。そのせいで悠輝は不完全燃焼だ。満留は悠輝を恐れて負けを認めたのではない、彼の背後にいる法眼を恐れたのだ。何よりもこのことが彼のプライドを深く傷つけた。もしあの場で、満留にボコボコにされてもここまでの屈辱は感じなかっただろう。


 だが、リベンジのチャンスは永遠に失われた。今の満留は彼を見ると「悠輝様」と呼び、うやうやしくこうべを下げる。そんな者と戦っても意味がない。


 他にも不完全燃焼の原因はある。三年前に紫織が魔物に取憑かれたとき、一昨年アークソサエティの教祖・ろくと戦ったとき、そして数ヶ月前に外法師の壷内尊と戦ったときも、最終的には遙香が決着をつけている。


  今回もそうなるのか……


 それで解決できるなら今回はそれでいいのかもしれない、相手が余りにも強大だ。求道会が抱えている異能者は今まで戦ったどの組織より多く、しかも法眼の弟である仏眼がいる。それだけでも手に余るのに、彼等は政府と通じている。事を起こせば政府を、日本という国家を敵に回すことになりかねない。


  まったく……どうして……こう……次々と……


 そんなことを考えていると眠気が襲い、うつらうつらし始めた。


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