七 戌亥寺・茶の間
壁を覆い尽くさんばかりの御堂永遠のポスター、棚にビッシリ並べられた御堂永遠出演アニメやイベントのBlu-rayとDVD、さらに御堂永遠のグラビアやインタビューが掲載された雑誌やムック本、茶の間中が自分ばかりだ。一般商品はもちろん、限定品や中には非売品まである。恐らく宇宙一御堂永遠グッズが
「おじいさん、コレ、どうやって集めたの?」
前回、戌亥寺を訪れたのは数ヶ月前だが、その時の二倍近く増えている。
「ネット通販がほとんどかな? あとは色々やったのもあるよ」
好々爺といった感じで祖父は答えるが、色々というのは験力で人の心を操り入手したのだろう。
それって、やっちゃダメなことじゃん……
そう思っても、嬉しそうな祖父を前に注意することも出来ない。
「まったく、お金と験力をムダに使って……。ジジバカもいい加減にしたら?」
朱理の気持ちを全く無視し、
「可愛い孫のためだし、誰にも迷惑をかけておらん! お前にとやかく言われる筋合いは無いッ」
「孫じゃなくて自分のためでしょッ。それに験力を人に対して使うな、特に自分の利益のために使うなって言ってたのはダレッ?」
「緊急の場合は別だッ」
「どこに緊急性があるのよッ?」
「価値の判らんスタッフが非売品を処分したらどうするッ?」
「別にいいじゃない」
「いいわけ無かろう!」
「もうッ、おねぇちゃんのことばっかり!」
声に振り向くと、障子を開け放って紫織が政宗と立っていた、プンスカという表情がビッタリの顔をして。
「あら、紫織ちゃん、お久しぶり」
刹那が明るく声をかける。
「せっちゃん、おひさしぶり……」
ふくれっ面のままで紫織がちょっとだけ頭を下げる。
「お祖父ちゃんは、紫織ちゃんの事を忘れてなんかいないぞ」
法眼が頭を撫でようとしたが紫織がサッと避ける。
あれ? これ、どこかで見たような……
朱理はデジャブを感じた。
「紫織、爺ちゃんにチヤホヤされたいの?」
呆れたように遙香が聞く。
「ちがうよ!」
「あんたも声優になる? せっちゃんがマネジメントしてくれるわよ。稼ぐのが三人になったら、お母さんも嬉しいわ」
「だからならないよッ。アタシ、おねーちゃんみたいに目立ちたがり屋じゃないモン!」
わたし、目立ちたいわけじゃないんだけどな……
どちらかというと朱理は人目につくのが苦手だ。でも、御堂永遠としてステージに立っていると注目されるのが快感になる。それに演技をして別の誰かになるのは大好きだ。真藤朱理以外の誰かの時は心が軽い。演じる役によっても差があるが、それでも現実の罪の意識が消える。だから声優をしているのだろうか。
「何故、お前がマネジメントをせんのだ?」
「だから刹那が一人前になったら、あたしは退職するんだって。来週、免許皆伝するから退職届けを出してあるのよ」
「えッ?」
「うそッ?」
朱理と刹那が同時に叫んだ。
「まぁ、受理されてないんだけどね」
確かに好恵が遙香の退職を認めるとは思えない。彼女は言わばブレーブの最終兵器だ。どうしても取りたい仕事が来たときは、声優部門ではなくても遙香が付き添ってオーディションに行く。事務所内でも噂になると困るので、そういった時は遙香は完全に気配を消し周りの記憶に残らないようにしている。
「もう、ビックリさせないでよ」
「ホント、聞いてなかったし」
「言っても仕方ないでしょ? まだ辞められないんだから」
担当している声優二人の苦言もどこ吹く風だ。
その時、玄関を開ける音がして「ただいま」という声が聞こえた。
梵天丸と政宗が部屋から出ようと障子を前脚で触る。破られるとエアコンの効きが悪くなるので紫織がすぐに開けると、二匹は勢いよく飛び出して行った。
「いよいよご対面ね」
遙香が意味ありげな笑みを刹那に向ける。
それに対し刹那はぎこちなく視線を落とした。
朱理は複雑な気持ちで見ていると、犬たちにまとわりつかれながら叔父が部屋に入ってきた。
「朱理、来てたのか」
悠輝は最初に朱理の顔を見つめた。
「うん、ただいま……」
叔父に会うのも数週間ぶりだ。春の事件で負った怪我のこともあり、四月末ぐらいまでは稲本団地の自宅で大人しくしていたが、再び郡山と八千代を行ったり来たりしている。とは言え、朱理はマネージャーでもある遙香と一緒のことが多いが、紫織は祖父が留守にすると政宗と二人になってしまう。そのため悠輝は実家にいることが多い。
「姉貴も来てたんだ」
遙香は溜息を吐いた。
「あんたねぇ……あたしや朱理より先に、声を掛けるべき相手がいるでしょ?」
悠輝は露骨に嫌そうな顔をした。
「なんで爺さんに挨拶しなきゃならないんだ?」
遙香は弟の鈍感力に呆れ返り、さらに大きな溜息を吐く。
「そんなことあたしが言うわけないでしょッ? って紫織でもなから!」
視線を紫織に向けた悠輝が何か言うのを遮る。
「あ、御堂か……」
やっと刹那と顔を合わせた。
「べ、別にいいわよ、あたしのことは放っておいて」
と、
「まったく、少しはフィアンセを大切にしなさい」
ブホッと刹那が麦茶を噴き出した。
「何やってるの? いい加減、なれなさいよ」
言うだけで何もしない母を尻目に朱理は慌てて台拭きでちゃぶ台を拭き、紫織が
「ねぇ、『ふぃあんせ』ってナニ?」
無邪気に紫織が尋ねる。
「叔父ちゃんとせっちゃんが結婚するってことよ」
「違うッ!」
必死に咳を止めて刹那が叫んだ。
「ちがうの?」
キョトンとして紫織が刹那の顔を覗き込む。
「そ、そう、違うの。せっちゃんのおばちゃんが勝手に言っただけで、せっちゃんはまだOKしてないから……」
「ふ~ん、
遙香は「まだ」を強調してニヤリと微笑む。
「だから、しないって! ってか、師匠はなんであたしとおじさんをくっつけたがるのッ?」
遙香は弟子じゃないと言っているが、マネジメント業務をするようになってから刹那は彼女を師匠と呼んでいる。自分もマネージャーなので「マネージャー」ではおかしいし、「先輩」も何だかシックリこなかったのだろう。かと言って今更「真藤さん」や「遙香さん」も何だか余所余所しい。
「そりゃ、社長と早紀ちゃんに頼まれているから」
「あの二人ぃ~」
ガクッと刹那がうな垂れた。
「まぁ、今晩二人で心ゆくまで話なさい、同じ部屋で寝るんだから」
「えッ? ちょっと待ってッ、なにそれッ?」
刹那の顔が真っ赤になり、さすがに朱理も顔が火照った。紫織だけは相変わらず話に付いていけず、ポーッとしている。
「いいじゃない、事務所公認なんだし」
「だからッ、あたしの気持ちは……」
「姉貴、おれが寝てるのは本堂だぞ、そこに御堂を泊めるのか?」
冷静に割り込んで悠輝が指摘した。
「いいんじゃない?」
「いいわけなかろう!」
いい加減な母を祖父が
朱理の体温はさらに上がった。
「御堂は姉貴たちと、茶の間に泊まってくれ」
そこで悠輝は言葉を切って少し考え込むような顔をした。
「みんなに伝えておきたいことがある。
「台所だ」
法眼の言葉に悠輝は頷いた。
「じゃあ夕飯の時に話す」
叔父と祖父のこれだけのやり取りで、空気が重くなった。良くない報せであることは間違いない。やはり嫌な予感はよく当たる。
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