六 カラオケ声量館 弐

「結局、呪術を使われても揺るがないほど、俺たち野党が国民から信用されるようになるのが一番ってことだな」


 一喜は大きな溜息を吐いて頭を抱えた。


「済まない、役に立てなくて」


 悠輝が謝ると一喜は視線を彼に向けた。


「オレが無理な頼みをしてるんだ、お前はなにも悪くない。こっちの方こそ呼び出して済まなかったな。仕事の途中だったんだろ?」


「大丈夫、後は警察に任せたから」


「おいおい、物騒だな。本当に問題ないのか?」


 ここに来る前に受けた依頼の内容をまんで伝えた。


「まったくお前はいつも事件に巻き込まれているな」


「いつもじゃないよ、せいぜい年に数回だ」


「多いだろッ?」


 思わず二人で吹き出した。


「ところで、少しはお袋さんのことを思い出したのか?」


 口調を改めて一喜は尋ねた。悠輝はある理由から最近まで彼女の記憶を封じており、現在もほとんど母に関することは思い出せないままだ。


「兄さんも知っていたのか……」


 今度は悠輝が溜息を吐く番だ。


「お前の伯父さんから聞かされた、お母さんについて覚えていることを話してやれってな」


「そうか、姉貴のことも?」


 頷くと一喜は済まなそうな顔をした。


「お前たちの前で母親の話をするなって言うのは、うちの暗黙の了解だったんだ。ただ、遙香のことは俺も初めて知ったよ」


 悠輝は視線を落とした。彼が幼い頃、姉の遙香は験力に飲まれ暴走し、止めようとした母の静香は命を失った。幼い頃より修行を通して験力の制御を学んでいたが、その時何が起ったのか彼女は話そうとしない。いや、姉自身にもわからないのだろう。


 暴走した事は無いものの、悠輝も験力が制御不能になりかけたことが何度かある。原因はハッキリ判らない、験力に意識的に触れていたことは一緒だが、感情や場所、状況など共通しているものはなかった。朱理は怒りにより暴走しかけたと勘違いしたが、単に怒りに我を忘れかけて無茶な使い方をしただけだ。悠輝に関しては、遙香より弱いためか験力に飲み込まれそうになっても、抗い抑えることが出来た。高校生以降は、験力が悪さをするようなことは無い。


「正直、お袋のことはほとんど思い出そうとしていない。その前に考えなければならない事が山ほどあるから」


「お前の姪たちのことだな」


 悠輝の姪である朱理は彼と同等の験力を持ち、さらに妹の紫織に至っては遙香に匹敵する。静香の死については話していないが、験力に飲まれる危険性は教えてある。真面目な朱理は必要以上に神経質になっているが、問題は紫織だ。まだ小学五年生というのもあるが、彼女は験力の強さを自覚していない。


「悠輝、お前らしいが、もっと自分のことも考えろ。仕事だってそこまで忙しくないんだろ? だったら姪の心配だけじゃなく、お母さんのことも思い出してやれ」


 一喜は静香の思い出を話し始めた。法眼と遙香は、母のことを今でもまったくと言っていいほど口にしない。


「少なくてすまないな、俺が覚えているお母さんの思い出はこれぐらいだ。記憶を取り戻す切掛になればいいんだが」


 彼の話を聴き、いくつか母の記憶が蘇った。悠輝の中で母と姉が入れ替わっている記憶が多くあるのだが、そのいくつかを修正することができた。改めて母の存在を悠輝は感じる。


「ありがとう。これだけお袋の話を聴いたのは初めてだよ」


「そうか……。やっぱり遙香と叔父さんも話したくはないんだろうな」


 哀れむような眼差しを向けられ、悠輝は苦笑を返した。


「じゃあ、そろそろ出ようか」


 一喜が腰を上げる。


「待ってくれ、言い忘れがあるんじゃないか?」


 一瞬、驚いたような顔をしたものの一喜はすぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「いいや、話したいことは全部話したよ」


「おれのお袋の思い出話と、求道会のマインドコントロールについてだけなら、こんなに急いで郡山に来るはずがない。十年以上、会ってなかったんだからね」


 そう、もっと緊急を要する話があるはずなのだ。


「お前、探偵に向いているよ」


「冗談じゃない、変人探偵のせいでロクな目に遭ってないんだ。それなのに自分がやるなんて死んでもイヤだよ。

 それで何があったんだ?」


「知り合いのフリージャーナリストと連絡が取れなくなった」


 観念したように椅子に座り直して一喜は再び話し始めた。そのジャーナリストの名前は市川昭典、求道会と民自党のスキャンダルを探っていた。芦屋首相と弓削会長代理の密会も彼のスクープだ。市川は仏眼がらみで一喜の所にも取材に来ていた。


 市川が得た求道会の情報を彼と共有するという条件付きで、包み隠さず仏眼との関係を話すことにした。そこで市川と定期的に連絡を取るようになっていたのだ。


「あいつは自分が追っている獲物がいかに危険かを理解していた。だから保険をかけていたんだ」


 一喜はビジネスバッグからタブレットPCを取り出すと、いくつかのファイルを開いて悠輝に見せた。


「求道会を取材したデータか」


 信者やその家族などのインタビュー内容や幹部の動き、本人のスケジュールなどが記録されている。


「市川と連絡が取れなくなったのは、この笈田龍男って幹部と会ってからだ」


 ファイルに書かれている笈田のデータに目を通す。彼は求道会の経理部長で、複数の企業を経営している資産家だ。


「寄付金で求道会の経理部長の地位を買ったってことか……」


 悠輝の意見に一喜も同意を示した。


「経理部長ってところがポイントだな、恐らく宗教ビジネス目的でパトロンになったんだろう。エビでタイを釣ろうってわけさ」


「コイツとの接触が罠だった?」


「その可能性は高いな。もしくは、面会しているところを他の信者に見つかったか……」


「まずは笈田の消息を……」


「そいつは無事だ」


 不満そうに一喜が言った。


「確認できたのか?」


「コイツの経営している企業関係者から確認できた」


 露骨に怪しい。


「兄さん、深入りしないほうがいい。国会議員が消息不明になれば大騒ぎになるから、仏眼はきっと精神を支配する」


 一喜は深刻な面持ちで頷いた。


「ああ、だから笈田の消息を確認した時点でお前に相談した」


 なるほど、まともな人間が関わっていい相手ではない。かといって一喜の立場上、見逃すことも出来ないだろう。そのために悠輝の験力ちからが必要だったのだ。しかし、


「それでもおれは協力できない、ごめん……」


 悠輝にとってもリスクが大きすぎる相手だ。


「いいさ、それも想定内だ。ま、俺だけの問題じゃないからな。党としても、一応やれることはやっておかなけりゃならない」


「遙香と法眼には頼まないのか?」


 一喜は首を左右に振った。


「お前がダメだって言うんだ、向こうはもっとダメだろ? それに、お前の親父さんにこんなことを相談するのは、もっとリスクが高い。俺もそこまで冒険はしないさ」


 その答えに思わず悠輝は苦笑した、従兄の言う通りだ。


「代わりと言っちゃ何だけど、カルト関係に詳しい変人探偵を紹介するよ」


「さっき言っていた奴か?」


 いぶかしげに眉を寄せる。


「ああ、アークの事件にも関わっていた。そいつの父親がヤツらに殺されていて……まぁ、復讐したかったんだろうが、最近は勝手におれを担ぎ出してカルト信者の奪還をしていた」


 納得したように一喜は頷いた。


「その過程でカルト教団を潰しているのか」


 今度は悠輝が顔をしかめた。


「素直に信者を引き渡しくれれば、おれは何もしないよ」


 この言葉を聞いて一喜は頭を抱えた。


「………お前な、それは脅し文句だ」


「……………………………………」


 一喜は呆れたように溜息を吐いた。


「『カルト潰しの幽鬼』は、言い得て妙というわけだな」


 言い返す言葉が無い。


「ただな、悠輝」


 再び一喜は真剣な面持ちに戻った。


「お前が何もしなくても、仏眼が放っておくとは限らない。実際にアイツはウチに来た。慧眼は異能ちからがなかったから寺を取られただけで済んだが、お前たちは違う。言うまでもないが、覚悟はしておけ」


 従兄の言葉が重く心にのしかかる。アークソサエティにしろ、智羅教にしろ、悠輝は好き好んで争ったわけではないのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る