第5話 勇者が剣を握らない!

しばらくして、私は再び街の外へと出ていた。

街から追い出されたとかそういう訳ではない。街の人に迷惑をかけるようなことはしていないはずだ。まだ。


なら何故、町長に挨拶すらしていないというのにもう外に出ているのかといえば、それは……翔太郎にそう命じられたからだった。


そう、それは数分前のこと――







「なっ、なによこんなものって! しかも何その目!? 女神以前に人に対して向ける目じゃないんだけど!?」


「…………本っ当にこの駄女神は要らないことばかりしてくれる……」


武器屋で買った……というより貰った15万レピスもする剣を翔太郎へ見せつけると、翔太郎からはそんな返事が返ってきた。


な、なによぉ……この剣、この街の武器屋で一番すごい代物なのよ? 翔太郎が武器屋に行っても、同じもの買ったはずよ絶対!


……でも待って。そう言えば翔太郎って、この態度や口調で忘れがちだけど本当は凄い才能を持った勇者なのよね。


もしかして新しいスキルなんかに目覚めちゃって、この剣の悪い所を見抜いちゃってたりして……! この私ですら気付かなかったところに気づいたというの……!? やだ翔太郎ってばかっこ――





「俺、剣は嫌だ」





よくねえわ。


「………………は?」


「剣は嫌なんだ。嫌ったら嫌だ」


「……ッ、ワガママかっ!!」


翔太郎の言葉に一瞬言葉を忘れた私。


待ちなさいエリスティナ、この勇者今「剣は嫌」って言ったわよね。ええ言った。私の聞き間違いなんかじゃないハズ。


「あの……なんで剣が嫌なの?」


「俺が嫌と言ったら嫌なんだ。この剣は返品だ」


「はっ、はぁぁぁぁああ!?」


何よそれ、ただのワガママじゃない! 理由も教えてくれずに嫌ってことだけを貫いて、わざわざ剣を買ってきてくれた私に対して無能扱い!? 何なのこのクソ勇者!


というか剣が嫌って何。

確かに翔太郎までは行かないものの、私が今まで導いてきた勇者の中には偏屈な人もいたわ。でも彼らだって剣を一度でも握ればうひょーってなってたのに、うひょーって!


「どういうつもりか知らないけれど、あなたどうせいつかは剣を握る羽目になるの!! この魔王討伐の旅って大体途中で勇者の剣とか出てきたりするし、それ使わなきゃ魔王倒せないなんてザラよ!?」


「…………」


「翔太郎がいた世界でも、アニメやゲームで勇者は剣で戦っていたでしょう!? 勇者の武器と言えば剣! これ常識だから!」


「……それでも俺は、剣は嫌だ。どうしても」


「……ッ、あんのねぇ……!」


ムカチン。もうとうとう怒ったわよこの私も。今まで不遜な態度やらなんやらは許してきたけど、剣を握る握らないは今後の勇者活動にも問題が出てくる。


それに……結局この男、戦いたくないだけじゃない。

丸腰だと私に戦わせようとして、剣を買ってあげればそれも嫌だと言い張る。何それ、幼児でも言わないわよそんなワガママ。


あーあ、期待して損しちゃったわ。すんごいステータスだったもんだから私も調子に乗ってたかもしれないけど、翔太郎ってば強さはともかく心が弱いのよ。要するにビビリ。


確かにここはSランク世界。魔物だって他のランクの世界と比べ物にならないほど強い。でもこんな世界に追いやるに至ったのは結局のところ、五回も転生して五回とも魔物と戦おうとすらしなかったこの男の怠慢が原因。


そんな窮地に立たされた彼を導いてあげたと言うのに、なんなの?

魔物と戦わないのも、私が知らないような理由があるんだと思ってた。でもこの期に及んで出てきた言葉は『剣は嫌』。


つまりこいつは……ただただ魔物と戦うのが怖いだけなんだ。


「…………もういいわ、諦めましょう」


「何がだ?」


「魔王討伐の旅よ。今すぐ天界に帰って、私は禁忌を犯したことを精一杯謝罪してくる。元々は優秀だったこともあるし、そこまでしたら追放まではいかないでしょう。……あなたは……そうね。どうせどこのランクの世界でも魔物と戦いすらしようとしないんだから、ずっと精神体で彷徨ってればいいんじゃない? ああ、すんごくつまんない天国って場所にいくこともできるわね。良かったじゃない身の危険もそこではないわよ」


「ほう、悪くない」


「……ッ!!」


抑えるのよエリスティナ。こんな男怒るだけ無駄。


翔太郎は強い。こんなステータス少なくとも私は初めて見たし、おまけについさっき分かったことだけど頭もいいと来た。それに高身長イケメンなんて、要素要素は凄いのだ。


でも、人に対してのこの失礼な態度もそうだけど、性格だけはダメダメ。

臆病なのは悪いことじゃないけど、それを無理に隠そうと言い訳する姿なんて、見苦しいにも程があるわ。


だから、もういいのよ。

大女神グランマ様にお願いしてこの男との契約は切ってもらおう。私はきっと学園へと戻されて一から勉強し直さなければならなくなるだろうけど、この男と離れられるのならそれはそれで構わない。今そう思えたもの。


あーもうやめやめ。こんな男のこと考えてばっかじゃ頭が痛くな――



「だが、勘違いされたままじゃ俺も帰れんな」



私が天界への門を開こうとした時、翔太郎がそんなことを呟いた。


「……勘違いって何かしら。ああ、あなたが臆病者なこと? もういいわよ隠さなくて。あなたのことはよーくわかったもの」


「違う、俺は魔物と戦うことを恐れてるわけじゃない」


「どうだか。じゃあなんなの? 理由を説明してみなさいよ。……ほら、出来ないでしょう? もういいの、もう翔太郎に期待なんてしていないんだから、無理しなくても――」


「なら、今から証明してやろう」


「…………証明?」


思わず眉を顰める私。

証明って、戦えることの証明よね? 売り言葉に買い言葉とは言うけど、もしかして私の言葉が挑発だと思って無理しちゃってる感じかしら?


「……だから、もういいのよ無理しなくて」


「いや、これは単純に俺の気が収まらん。街の外に出ていろ。俺も準備が整い次第そこに向かおう」


「街の外って……ここは始まりの街だから弱いとはいえ、外に出たら魔物がわんさかいるのよ?」


「だから、その魔物を俺が倒してやると言っている」


何を言ってるのこいつ。

……もしかして、魔物と戦わない理由は本当に怖いからじゃないってこと? いいえ、期待するだけ無駄よエリスティナ。きっとまた裏切られるに決まっているもの。


そんなことを考えていると、いつもは私から距離を置きがちな翔太郎が私の方へにじりよってきた。

うぅ、やっぱり翔太郎ってばイケメン……ってそんな場合じゃなくて。


「……どういうつもり。やっぱり剣を貸してくださいとでも言いたいの?」


「いや……魔物はその剣無しで倒す。剣なぞなくても俺は戦えるということをお前に証明してやろう。……だから」


「……だから?」


もう一歩にじり寄ってくる翔太郎。


翔太郎の整った顔がより一層私へ近づいた。

やばい、やっぱりイケメンよねこの男……。すっと通った鼻梁も薄い唇もシャープな顎も、その綺麗な宝石のような瞳も。


私は思わず後退りをするが、その分翔太郎に距離を詰められる。


何、なんなの。翔太郎からこんなに距離を詰められるなんて……もしかしてとうとう私に惚れちゃった!?


さっき態度を冷たくしたのが効いたのかしら。イケメンってみんなに甘やかされるから、周りとは違う態度をとる人間に興味を持つって聞いたことがあるけど……そういうことなの!?


こつん、と私のかかとが壁についた。

なおも迫ってくる翔太郎。


え〜ちょっと待ってぇ〜このタイミング? このタイミングで壁ドンしちゃいますか翔太郎さん! 


そんなことを考えていると、翔太郎の手が私の胸の方へ伸びてきた。


えっうそ、まさかのソッチ!? 待ちなさい翔太郎、ここは外よ!? 野外なんて私興味は……いやでも翔太郎が相手だったら満更でも……。で、でもとにかく、するにしても路地裏にくらい連れてってくれると嬉しいというか……。

だってここって本通りじゃない、人めちゃくちゃいるわよ翔太郎。


男はケダモノと誰かが言っていたけど本当だったのね……! なんだか獣欲に塗れているように見える翔太郎の瞳を見つめながら、私は頬を紅潮させた。


なるほど、この公衆の面前で私たちの愛を見せびらかそうというのね! よし、バッチコイよ翔太郎!!





「だから、金を寄越せ」





伸びてきた手は、私の懐をまさぐってお金の入った皮袋を奪い取って行った。



「……は?」


「準備には金がいる。当たり前だろう。…………? 何をそんな気持ちの悪い顔をしているんだ……?」


「あ……お、お金……ね?」



さっき以上に、顔に血が集まっていくのを感じる。

何よもう、私こんなのばっかじゃない!



「じゃあ、先に街の外へ出ていろ。俺は準備を済ませてくる」


「〜〜〜ッ!! さっさと行ってこいクソ野郎ッ!!!」



訂正、やっぱりこいつはクソだ。








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勇者が世界を救わない! 〜スライムからでいいですから〜 9喇嘛 @chihiro0708

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