第3話 勇者が武器屋へ赴かない!

ぜぇ、はぁ、と荒い息をつきながら私達が行き着いたのは、スライムと遭遇する前、遥か遠方に見えていたあの小さな街だった。


その入口前に翔太郎はスンッとした様子で立っており、膝に手を付きながら睨みつける私を物凄く鬱陶しそうな顔で見つめている。


「……よ、よくも……よくも私を捨てて……はぁ、はぁ……逃げてくれたわねっ……!」


「戦略的撤退だ。あれは俺には倒せん」


倒せるわ! 何が戦力的撤退よ!! 普通スライムからあんな全力ダッシュで逃げる勇者いる!? しかも女神を置いていくなんて信じられない! 私あの後二、三発スライムから体当たりを食らったんだからね!!


……なんてつっこんで説教してやりたいところではあるけれど……まあ言ってしまえばあのスライムは雑魚キャラ。倒したところで倒したところで貰える経験値も少ないし、こうして逃げ切れたのだから仕方がないわ、良しとしてあげましょう。


私はじろりと翔太郎を睨む。翔太郎は全く効いていない様子で、私の息が整うのすら待たずに街の入口へ向かっていった。


「ちょ、ちょぉっ!? 待ちなさいよ!」


「うるさい早く来い」


そんなこんなで……私たちは始まりの街、ウェルドへ辿り着いたのだった。








Sランク世界と言えど始まりの街は始まりの街。街の周囲には私達が先程遭遇したあのスライム一体くらいしかおらず、街の人達の人相も良さそうで、とても穏やかな空気が流れる良い感じの街だった。


……さて。やっと街に辿り着いたのだから、行く場所は一つ。もちろんそれは――


「女神。わかってると思うが、まず最初はコインランドリーに行くぞ」


「そうそうっ、街に着いてまず行く場所といえばコインランドリー…………ってなんでじゃぁぁぁああああ!!」


街に入ってすぐのところ、人の多い大通りの中心で私は叫んだ。女神に到底あるまじき行為ではあるけど、これつっこむのはしかたなくない!?


普通異世界の始まりの街に着いたら、行く場所なんて武器屋か冒険者ギルドあたりじゃね!? しかもなんでこいつ異世界にコインランドリーあると思ってんの!?


「ちょ、ちょっと待ちなさい翔太郎? なぜ一番最初に行くべき場所がコインランドリーなの? そんなさも当然って感じで言われても私ちょっとついていけないっていうか……」


「……呆れたぞ女神。お前本当に女なのか?」


「んなっ!? ここにきて性別疑います!? 女に決まってるでしょう、私は列記とした女神よ!」


「なら本当に失望した。……お前、その服を着たままこの街を闊歩するつもりか」


「は、はぁ? その服って、私が着てるこの服は天使達に作らせた一級品の羽衣よ? 魔法攻撃は大抵のものなら防げるし、何よりも見た目からしてThe女神って感じのとりあえず凄い服で――」


「そうじゃない。その服に付いてるスライム汁をどうにかしろと言っているんだ」


そう言われて、私はハッとした。そう言えば何回かスライムからの体当たりを食らったお陰で、私の纏う純白の法衣はべとべとした粘液に包まれていた。


そのせいで一級品法衣としての輝きは損なわれているし、何よりこの粘液をつけたまま街を歩くのは女神と言うより人としても嫌すぎる。


「……そうね、これに関しては翔太郎が合っていたわ。粘液の付いた女神なんて格好がつかないもの」


私は光魔法を発動すると、そのスライム粘液に光線を当てて蒸発・除菌をした。ふふ、これで女神としての尊厳は守られたわ!


「さて、粘液は無くなったわ。次はどこに行こうかしら?」


「…………今ので本当に無くなったんだろうな」


「な、何よ慎重っていうか臆病って言うか……女神の魔法を信じていないって言うの?」


「いや……なんか残ってる感じがする。粘液が付いていた部分を触れた手で、絶対に俺に触るなよ」


「の、残ってるって失礼ねッ! あんたはもっと私を信用して……って、どこ行くの!?」


「図書館だ。この世界のことをもっと知る必要がある。俺一人で十分だ……お前はやかましいしついてくる必要はない」


んなっ……! ほんっと何なのこいつぅ! 女神に対して失礼すぎだと思うんだけど!


ていうかこの世界のことなら私が教えてあげられるし、それよりなんでもっと戦いへの意欲を示さないわけ、こいつは!? 普通の勇者は何より先に武器を手に入れようとするはずなのに……! ぐぬ、ぐぬぬ……。


で、でもまあ知識欲があるってことは別段悪いことではないわ。私にも忘れてしまってるようなことが図書館の文献の中にあるかもしれないし、何もずっと二人で行動する必要も無い。


翔太郎が図書館でこの世界についてのことを学んでいる間、私は買い出しやらなんやらを済ませることにしましょうか……。





「いようそこの美人なねえちゃん! オレっちの店に寄ってかねぇか?」


大通りを歩いていると、大柄で頭にバンダナを巻いた男にそう声をかけられた。看板を見てみればどうやらここは武器屋らしい。


うふふ、この男よくわかってるじゃない。きっと信仰心の熱い素晴らしい人間なのね。この私のそこらの人間とは圧倒的に違う神々しいまでの輝き、そして美しさに気が付くなんて!


そうそう、私はやっぱりこうやって崇め奉られるような存在なのよ。ああやってぞんざいに扱ってくる翔太郎がおかしいわけであって!


少し気分が良くなった私は、呼び止めてきた大男に不必要なまでの笑顔を振りまいた。


「あら、武器屋なのね。私も用事があったの……少し寄っていこうかしら」


「おうよっ! 品揃えに関しちゃ、皇都の老舗にも劣らねえ自信があるぜ!」


そうして案内されて入った彼の店は、なんとも殺風景で辺り一面武器や防具しか飾られていない、THE武器屋と言った感じの内装だった。


しかし品揃えに自信があるとは本当のようで、剣や槍はもちろん、バトルアックスや鉈、ナックル系の武器やウォーハンマー、モーニングスターのような変わり種の武器まで置いてある。


ふむふむ、小さい街だからった侮っていたけれど、まずここで武器や防具を揃えておくのは悪くはなさそうね。あいつ、丸腰って理由をつけてずっと戦わなそうだし、自分から武器屋に行くのかすらも怪しいし……仕方がないわ、私が装備品を揃えてあげることにしましょうか!


「そういやねえちゃん、さっき連れてたあの男前は彼氏かなんかかい? いやぁ、オレっち女房に愛想つかされて出ていかれちまったからよォ、羨ましい限りだぜ」


「ッ!? かっ、か、かれっ……!?」


彼氏ですって!? う、嘘……私と翔太郎、並んでたら恋人同士に見えるってことかしら……。でも確かにあいつ、顔だけ見ればなかなかのイケメンだし、なんならそこらへんの男神よりも……ってダメダメ! 神と人間の恋は禁忌なのよっ!


私は紅潮した顔をなんとか冷ましてから、武器の整備をしている店主に訂正する。


「こ、こほん。いいえ違うわ、彼は勇者なの。そして私は………ええっと、そうね。彼のパーティの一員である魔導師よ。今魔王を倒すための旅に出ていて、それで……」


「ゆ、勇者様だったのかよあのあんちゃん! いやぁ……こりゃたまげたな。オレっち色んな冒険者に武器や防具を売ってきたが、流石に勇者の仲間ってのにゃ初めてだぜ」


あら、意外とすんなり受け入れられるのね。そんなわけあるかーなんて反応も予想してないといえば嘘になるんだけど。


「疑わないの? それにいきなり勇者一行が現れるなんて、もっと驚くものだと思っていたのだけれど」


「おう。いやそれがな、実はこのウェルドの街にゃ二年前くらいに旅で訪れた予言者様がいらっしゃってな。今は町長も兼任してるんだが、その方が近々この街に勇者様がいらっしゃるってんで、オレっち達も身構えてたってワケよ」


「ふーん……予言者」


こうやって私達が来るのを予言できている辺り、ペテンなんかじゃなく本物の予言者みたいね。


正直人間のそういった能力はあまり信用していない私ではあるけれど、この街の町長とあらばいずれ挨拶することになるかもしれない。


情報提供をしてくれた店主に感謝しつつ、私は壁に飾られた剣や防具の方へ近寄った。


「ねえ、初心者が持つ武器でオススメのものはあるかしら? 防具も選んでくれたら嬉しいわね」


「ふーむ、そりゃ勇者様が装備するやつかい? ここで武器選びを失敗しちゃ、武器屋の名折れってもんだ。オレっちに任せときな、この店で一番いい剣を持ってきてやるよ」


カウンターの方へ戻った店主は奥の工房らしき部屋に入っていった。


やっぱり勇者が街を訪れるというのは、それだけで村人にとって嬉しいことなのかしら。それもそうよね、だってこれから世界を救ってくれるということだもの。


……まあ、あの翔太郎が本当に世界を救ってくれるかどうかは怪しいところではあるけれど……。



しばらくして、店主は奥の部屋から、金色に装飾された鞘に収められた片手剣を持ってきた。

それを投げるように私に渡してくる。


「それが今んとこ、オレっちの店で一番強い武器だ」


私は鞘から剣を引き抜いた。そしてその刀身を見て、思わずおお……という呟き声を漏らしてしまう。


始まりの街の武器屋に置いてあるものにしては、なかなかに美しい剣だった。


青白く輝く刀身に、戦闘の邪魔にならない程度に施された、きめ細やかな装飾。


私はこの剣を翔太郎が握っているところを想像してみる。

……うん、似合う。めちゃくちゃ似合う。そんなかっこよさを持ち合わせておきながら、魔王なんて倒しちゃったら私抱き締めちゃう。


私はその片手剣を握り締めながら店主に向き直った。


「これ、いくらかしら?」


「ううん……15万レピス、と言いたいところだが、勇者様が持ってくださるんだ。商売上がったりだが、無料でプレゼントするぜ」


「む、無料!?」


なんて気前のいい店主なの。


天界からこの世界専用のお金、レピスを大量に持ってきているためお金が足りないということは無いが……この剣を無料で貰えるとなれば、これからの旅は食事も宿もそれなりの贅沢をしても許されるだろう。


「ああ、もちろんこっちの防具は払ってもらうぜ。オレっちの店は武器専門でな、防具はあんまし良いの揃えてるたァ言えねんだが……まあここらの魔物を相手にして壊れるってこたァないと思うぜ。この盾は1万レピス、防具は3万レピス、しめて4万レピスだ」


「わかったわ、ありがとう」


私は懐から誰だかよく分からない男性の横顔が描かれたコインを取り出し、店のカウンターに置いた。


異世界でものを買う時は値切りが必要不可欠だと本に記されていたけれど、剣を無料で貰った手前そんな小賢しいことはできない。


店主がコインを数え終えて、頷くと同時に私は少し安心する。

私自身異世界に転移するというのは初めてのことだし、天界にお店のようなものはあったとはいえ下界で買い物をするというのは初めての経験なのだ。女神でも初めてのことは緊張するってものよね。


「よし、ぴったし預かったぜ。その武器防具は返品不可、もし売りたくなったら道具屋へ行ってくれ」


「へぇ、この街は道具屋もあるのね」


「ああ。冒険をするんならポーションやらは必要不可欠だぜ、この店を出て角を曲がったところにあるから行ってみるといい」


「まぁ、丁寧にありがとう」


イカつい顔に似合わずなかなか親切な男性だ。顔や筋肉質な体型はまったく好みじゃないけれど、偉そうなだけでロクに役に立たない戦いの男神なんかよりはずっといいわね。


私は買い揃えた品物をアイテムボックスへとしまうと、もう一度礼を言って店の扉を開く。と、そこで奥の部屋に戻ろうとしていた店主が思い出したかのように呟いた。


「そうだ、勇者様に伝えておいてくれ魔導師の姉ちゃん」


魔導師? ……ああ、そう名乗ったんだったわね。私は外に出ようとしていた体を店主の方へ向ける。


「この街にゃ長居しない方がいい」


「……? どうしてかしら」


「理由は言えねえが……まあ、武器を無料で提供してくれた恩人の一言として覚えておいてくれ」


「そう言われるとね……。勇者への要件はそれだけかしら?」


店主が頷くのを確認して、私は今度こそ店の外へ出た。

そんなに長い時間武器屋の中にいたつもりはなかったが、この街に着いた時と比べると日が傾いている。


そういえば翔太郎と待ち合わせの時間も場所も約束していなかったな、と思いながら私はその足を道具屋へ向けた。





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る