第2話

 転校してから早一週間。

 閑丘で過ごす始めての休日である。

 課題も終わらせてしまって、特別何かやらなければいけないこともない。

 それならば家でぼんやりゲームをしたりして過ごせばいいか────そう思っていた僕に父が言った。

 じゃあ一緒に一緒にショッピングモールにでも行くか、と。

 

 

 

 *

 

 

 

 SION閑丘店。閑丘駅前に創設されている超巨大ショッピングモール。幼児から老人までが楽しめるよう、幼児用玩具の店から果てはシルバーカー専門店まで様々な年代に合わせたジャンルの店が内設している。

 駅前にあり交通の便も良い事から週末には沢山の人が──特に学生が──この場所に訪れる。

 もしかしたら僕のクラスメイトも来ているかもしれない。でもどうでもよかった。どうせ僕は彼らの顔を覚えてないので会ったところで分からないし、彼らも僕の顔なんて覚えてないだろう。

 父と二人きりでどこかに出掛けるなんて久し振りで、僕はなんだか緊張した。それは父も同じようで「まずどこに行こうか」なんて言いながら、父は照れくさそうに笑った。

 父は嬉しそうだった。こんな簡単なことで父が笑ってくれるのなら、藤恭でももっと色んな所に出掛ければ良かった。

 思えば藤恭にいた頃、僕と父の間には何だか変な距離感があった気がする。喧嘩などもなく、適度に会話もする、傍目から見れば"良い家族"ではあったのかもしれないけれど。

 だけど、それは父も僕もお互いに気を使って踏み込んだことを言えなかった弊害だったのだと今になって思う。家族なのだから時にはぶつかり合って意見を交わして、たまには喧嘩の一度や二度するべきだったのかもしれない。

 結局のところ、僕も父さんもとんでもなく寂しがりで臆病者だった。ただそれだけのことだ。

 もう誰かを失いたくなかった。一人になりたくなかった。そのくせ気軽に誰にも心を許すことは出来ず、外では一人になりたがる。

 僕達はそういう面倒くさい人間だ。自分でも嫌になる。

 ……父さんも、僕と同じ年齢の時はこんな風に悩んだんだろうか。もしくは、今でも悩んでる?

 それとも、いつかは僕も、そんな僕を受け入れれるんだろうか。

 

「父さん」

 

 目的地を決めず、ぶらぶらと色んな店を周りながらふと思ったので父に聞いてみる。普段はきっとこんな質問絶対に出来ない。だけど今の気楽さならきっと許される、そんな気がした。


「友達ってどうすれば出来るのかな」

 

 父さんは僕の質問に面食らっているようだ。

 

「……うーん」

「友達って、どこから友達なんだろう。……僕、分からなくて……」

「……千隼も、思春期だからなあ……」

 

 しみじみとした調子で父さんはぽつぽつとそう呟く。思春期だから。そう言われてしまえばそれまでだけど、僕が欲しい答えはそうじゃない。解決策が欲しいのだ。

 納得いかず僕が不満げな顔をしていると、父さんは何故かニコニコ笑ってこう言った。

 

「やっぱり千隼は俺に似てるよ」

「……僕も、そう思う」

「……父さんもな、千隼くらいの頃、そうだったんだ。……誰にも心を許せなくて。だけど一人は嫌で。多分寂しかったんだと思うけど……その頃は素直になれなくてな」

 

 そう話しながら父さんの目が懐かしそうに細まる。懐かしさの中に混じる寂寥感。それを見て僕は直感的にこれから父さんが誰の話をするか分かってしまった。

 

「その時に出会ったのが、母さんだったんだ」

「…………」

「……父さんのいた中学校に母さんが転校してきて、俺がどれだけ意地張ってたって、母さんはそんなのお構い無しに、俺に話しかけてきてさ……俺の人生ぐちゃぐちゃだよ、もう」

 

 母さんのことを話す父さんを見て、僕はまた父さんが泣いてしまうのではないかと思って怖くなった。

 けれども、父さんはただ笑うだけだった。笑いながら話し続けるだけだった。

 

「……閑丘は父さんの故郷って、話は前したよな?」

 

 僕はゆっくりと頷いた。

 巫士見の名前は、閑丘にそびえ立つ仁幡(にほん)一高い山である巫士山(ふじさん)が由来なのだと、父さんの住んでた家は巫士山が凄く綺麗に見えるのだと、そう言ってたのは随分前のことだった。

 

「……運命を感じるんだ」

「運命?」

「……本当は閑丘になんて戻ってくるつもりなかったんだ。嫌なことも、楽しかったことも思い出して、辛くなるだけだから…………だけど、結局、ここに来ることになった。……母さんが、導いてるのかもしれない」

 

 そこで父さんは僕の肩をがしりと掴んだ。

 

「……千隼。今は誰も信用できなくて、苦しいかもしれない。辛いかもしれない。……だけど、いつか、会えるはずだ。自分を変えてくれる誰かに。親友でも、恋人でも」

「……恋人」

 

 父さんの"恋人"という言葉を聞いて、何故か望月星菜の顔が浮かぶ。

 違う。

 彼女はそうじゃない。気が安らぐ存在で、心が許せて、好ましいとは思ってるけど…………あくまで友情としての感情だ。それに、僕が一方的に好ましく思ってるだけで、彼女が内心何を思ってるのかは全く予想がつかないのだ。……それなのに、恋人だなんて彼女に失礼だ。

 

「…………ん?顔赤いぞ」

「…………」

「…………ははーん……さては、いるんだな?気になってる子が?女の子だな?その顔は?誰だ?いや、嫌なら教えなくてもいいけど……そうか、千隼も、思春期だもんなあ……ふふふ、そうか、そうか……」

「だ、だから!!!違───」

 

 慌てて訂正しようと父の方に向いて叫ぶ。けれども、その言葉は最後まで発せられることはなかった。想定外のものを見てしまって、僕の頭は、正しい言葉の発し方を忘れてしまった。

 

「……も、もももももも、もち、もち……」

 

 正に、彼女のことを話してる今正に、丁度目の前の店に彼女はいた。

 確かに、確かにクラスメイトの誰かに会うかもしれない。そうは思っていた。だけど、まさか彼女に会うだなんて。しかも、こんなタイミングで。

 

「……もち、もち、もち…………」

 

 運命。父さんの言ったそんな言葉が頭を過った。

 

 

 

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