魔法少女

「箒と大釜ならどちらがいいかな?」


 夢見る少女に魔法の力を与えるマスコットを自称した黒猫さんはそんなことを言いました。

 箒と大釜。確かにどちらも魔法使いらしいと思います。

 でもそれは「魔法使い」らしいのであって「魔法少女」とはちょっと違うような気もします。


「では魔法少女らしい道具とは?」


 そう聞かれると困ってしまいます。

 コンパクトというのは時代遅れな気がしますし、やはり杖が無難でしょうか。


「トネリコの箒は杖にならないかな?」


 それはちょっと渋すぎる気がします。

 魔法少女の杖というのはもっとこう、可愛い感じの物のはずです。


「では箒に可愛い色を塗ろう。リボンも好きに付けたらいい。君はやはりピンクが好きかね?」


 ピンクより白の方がいいですね。白い箒に茶色のリボンをつけましょう。


「では箒と杖は決まったね。服はどんなローブがいいかな?」


 ローブなのは決まっているのでしょうか。

 ゴシックなドレスというのもあるのではないでしょうか。


「勿論あるとも。うんと裾の長いドレスがある。帽子もとても大きいのがある」


 そこは私の体の大きさに合わせるべきだと思います。

 小さいよりは大きい方がいいのかもしれませんが。


「ああ、大きい方がいい」


 ぼふっ、と本当に大きな帽子を被せられてしまいました。

 黒猫さんがぐいぐい下に引っ張ります。

 これでは前が見えません。


「確かに少し早かったかもしれないね」


 力が緩んでまた前が見えるようになりました。

 黒猫さんはぐんにゃりとしっぽを曲げて俯いています。


「ドレスも帽子もちょうどいい大きさにしよう。きつくなったらすぐ言うんだよ。新しい服はすぐ用意できるから」


 はい。それは、ありがとうございます。


「あとは何を決めようか。どんな魔法が使いたい? どんな魔法でも使えるけれど」


 使いたい魔法ですか。そういえば考えていませんでしたね。というよりは。


「あなたが私に魔法少女になってほしがったのではないですか?」

「確かにそうだけど」

「なにか魔法でしてほしいことがあったのではないですか?」

「実はそうなんだ」

「何をすればいいんですか?」

「簡単なことなんだ」


 それからちょっと間を空けて。


「やっぱり難しいことかもしれない」

「聞いてみなければわかりません」


 はっきり言ってくれれば私も考えようがあるのですけど。


「前の魔法少女はね、仕方なくやっていたんだ」


 黒猫さんの昔語りはそんな言葉から始まりました。

 要約すると。

 前の魔法少女という人は世界の平和を守ったそうです。

 知らない内にこの世界が滅びかけていたそうで、放っておくと自分も暮らしていけなくなるから、仕方なく魔法少女をやっていたそうです。

 魔法少女という者自体はとても恥ずかしいと思っていたそうです。

 だから世界を救った後はさっさと魔法少女をやめてしまったそうなのです。

 でも、黒猫さんは前の魔法少女という人がとてもとても好きでした。

 前の魔法少女と別れてからはずっとずっと寂しい思いをしていたそうです。


「だから、君にしてほしいことはね。できる限り長く、大人になっても魔法少女を続けてほしいってことなんだ」


 なるほど。

 だからやたらと渋い物を持たせようとしたり、大きな服を用意したのですか。

 大人になってもいいように。


「でも、それは本当にしてほしいことじゃないでしょう?」


 私はどんな魔法を使うか決めました。


「行きましょう?」


 私は魔法少女になりました。

 少し大人っぽいドレスを着て、真っ白な箒に乗りました。

 誰にも見つからない魔法と誰かを見つける魔法をかけて、黒猫さんと一緒にずっとずっと遠くへ飛んでいきました。


「さあ行ってらっしゃい」


 私たちは魔法で見つけた小さな家の裏に降りました。

 黒猫さんにかかっていた魔法だけを解きました。

 黒猫さんは普通の黒猫のように、その家の庭へ入っていきました。


「お母さん、黒猫さん!」


 しばらくするとそんな声が聞こえてきました。

 私よりもずっと小さな子供の声です。


「あらほんと、どこの猫かしら」

「どこのでもないよ、首輪がないもの。ねえ、うちで飼っていい?」

「猫を飼うのは大変なのよ。でも、そうね、お父さんがいいって言ったらね」

「お父さんは猫は嫌い?」

「さあ、どうかしらね」

「お母さんは?」

「ええ、猫は好きよ。黒猫は特に」


 私は家に帰ることにしました。

 魔法を使って帰ります。

 明日も魔法を使うかも。

 きっと大人になったとしても。

 きっと私はいつまでも、魔法少女が恥ずかしいものだとは思いません。

 私はそんな気がするのです。

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