入学シーズン含め、始業式の時から大体一か月が経過しようとしていた。


 満開だった桜も微妙に散り始めて、すでに落ちてしまった花弁は通行人に踏まれてしまって汚い色になっていたり破れていたりしてみっともない。


 掃除だ! 掃除! 清掃員は何をやっているんだ。と言いたいが、俺は高校二年生になったばかり、そのうえ素行もよろしくなかった去年。なんてのはどうでもいいか。


 そんなことよりも足元ばかり見ていると、どうしても変な所までに目がいってしまう癖が出来てしまう。理由は色々とある。色々というのは本当にいろいろとあったのだ。誰かに説明するまでもないと言ってしまえば、大概、かなりくだらない内容の話である傾向があるらしいが、俺は断じて違うと思っている。


 例として、その色々あった一つだけを挙げるとすれば中でも特に症状が酷かった厨二病。しかも去年。


「そりゃ、下向きたくなるよ。うん」


 口に出して自問自答の自答をしてしまうほど酷かった。


 声を出した拍子に顔をあげると、目の前には見慣れた奴が立っていた。

 彼女は望月夏美。しっかりと手入れをしていそうな艶のある腰まである黒色の長髪。サファイアブルーのような宝石……とまではいかないが、それに比喩することが出来るぐらい綺麗な色をした瞳を持っている。学校の女子達に合わせるように、制服をほんの少しだけ着崩している。すなわち、スカートが短いということだ。


「なーに、また独り言ほざいているの? やっぱ、病って付くぐらいだもんね。病院連れて行ってあげるから一回うちに戻る?」

「ふん。やはりおまえだったか……これこそ、運命への渡り橋のフラグ……!」

「……病院、行こっか」

「調子乗りました。許してください。望月夏美サマ」


 俺の過去を知っている二人のうちの一人。なんせ気が緩んでしまい、たまにぼろが出てしまうことがあるのは望月も承知である……らしい。


 わざわざ、こんな妙にこじらせてしまった中二病に話しかけたのかを未だに教えてもらっていない。望月なりの理由があるはずだろうから、詮索するような真似はしたくない。


「んじゃ、今日のパンツの色を……」

「ちょっと、七瀬。捕まりたいの?」

「いやいや、これも運命への渡り橋のフラ──」

「またそれなの? だとしてもそんなものはね、所詮、二次元だけな……のッ……!」


 軸足を左脚にして蹴り上げられた右脚を華麗に避ける。

 したがって、スカートの中が見えるのはこの世界の掟。風に抗うことは不可能。

 そうして見えたものは、極限までに折り曲げられた短パンだった。

 俺は一週間ほど前にスカートの中身を確認したことがある。本当にたまたま見えただけで、俺から確認したわけではない。偶然だ。不可抗力だ。その時は短パンなんて履いていなかった。ということは、今回は意図的な行動であったということなのだろうか。


「嘘だろ……」


 頭の中では色々と考えたがめぐったものの、とっさに出た言葉は起きたことに対しての落胆の一言だった。

 ちょっとした幸福を掴むのには一苦労。

 ちょっとした悪巧みや悪ふざけをするのには一息。

 足が地面に着くなり、すぐに歩行に戻るかと思いきや、


「もう付き合ってあげないんだからね──って、何回も言ってるからほとんど信用ならないわよね。話なんか聞いてあげないんだからね?」

「いや、俺に言われてもだな。強いて言うならば、ツンデレ風は流行ってない」

「ちがっ、そんなつもりで言ってないわよ!」


 頬をほんの少しだけ桜色に染めて、絶対に違うと言わんばかりに首を横に振る。


「大体、あんたが「今日も一日パンツ拝んで頑張るか~」なんて言うからいけないのよ! やめろやめろ! 変態キャラは絶対に似合わない!」

「似合う奴なんて奴はいないから安心しろ。そもそも一言もそんなことを言った覚えがない上に、変態キャラ扱いをするな」

「実際に変態じゃない! 特に去年とか」


 それを言われしまえば終わりだ。

 この世の終わりだ。世界の終わりだ。滅んじまえ。


「い、今は大丈夫じゃねーか? さっきはただ口が滑っただけだ……」

「世界はオレである故、オレが世界なのだ。よって、オレは世界の中心ということになるのは必然である──! とか、全ての物事において必ずと言っていいほど原因という物がある。原因は、個人が行動を起こしそれに影響され、世界に関わりが無かろうと物事は起き、変化する。変化し、変化し続け、無限の選択を超えたその先に──」

「ほんと……やめてくれ……」


 恥ずかしさのおかげで足音にかき消されそうなほどに小さくなった声は誰の耳にも届かなかった。

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