NEW WORLD②

明朝9時。

空が降ってきたと錯覚するほどに、分厚い雲がすぐそこまで押し寄せていた。

どこの世界でもお祭り騒ぎというのは人々を駆り立てるようで、まるで今日地球が誰かのもになる可能性があるとは思えないくらい、国、というか世界の壁を越えて盛り上がっている。

最終戦の内容はこうだ。この町のどこかで眠る自らの妹を見つけ出す、ただそれだけ。先に見つけてタッチするだけだ。

丘野下家の前に引かれたスタートライン。

「今日で最後か・・・。正直、名残惜しいぜバカ王子・・・」

「ようやく怖気づいたか! 名残惜しかろうが、今日で貴様らはこの星とお別れだ。せいぜい最後によーく目に焼き付けておくんだな!! ・・・あとバカ王子ではない今すぐ切り刻むぞゴミクズ」

「いや、こんなに楽しいのは初めてだったって事だよ。負けたら元の世界に帰ってしまうんだろ?」

「楽しいだと?」

「シスコン同士しのぎを削れて、しかも合法的に妹の可愛い姿を見れて、お前のおかげだぜバカ王子」

「・・・能天気なやつだな貴様。状況が分かってないのか? ・・・まぁ貴様の妹くらいは、俺様の奴隷として生かしてやらんこともないが」

「俺が言うのもなんだけど、変態だなお前」

「なぜそうなる!!」

「変態バカ王子」

「殺すぞド変態ゴミクズ!」

『無駄口叩いていないで始めるぞクソガキども!!!』

水晶玉に怒られ、最終日の火ぶたは切って落とされた。

スタートと同時に、デネブは宙に浮くと町を見渡せる高さまで上がっていった。

「くそ! めちゃくちゃだなあいつら」


セコンドの美花がスクーターに乗って現れた。どこに行っていたのかと思えば、異世界人の能力に対抗するべく、家からスクーターを持ってきたのだ。

「お前、免許は!?」

「明日世界が終わるかもしれないって時に道路交通法もなにも関係ないでしょ!」

「確かに。で、これ二人乗り行けるんか!?」

「なんとか乗り込んで! 冬史朗なら雪の匂いとかで終えるでしょ? カーナビだけして!」

「お前俺をなんだと思ってるんだ・・・!? ま、その通りだが。よっしゃ、行くぞ!!」

美花が思い切りアクセルをふかすと、どす黒い煙が仲間を求めて宙に消えていった。

「正直ここまで離れてしまうといくら俺でも雪の匂いを嗅ぎ分けるのは難しい」

「・・・どの距離ならわかるのよ・・・」

冬史朗は風に揺られながら縦横無尽に首を振るが、排気ガスの匂いしかしなかった。それどころか、スニーカーから振り落されそうになる。

「ちょっと、バカ! しっかり掴まって! ・・・きゃっ! バカ!抱きつかないで!!」

「どうしろってんだよ・・・」

これだから本物の女性は、と冬史朗は思った。

「いいか美花!」

「なにー?聞こえない!」

風で声がかき消される。冬史朗は声を張り上げる。

「てかお前! まだどこ行けとも言ってないのにどこ向かって走ってんだよ!!」

「わからないー!とりあえず風になってるだけ!ひゃほーう!!」

「美花ー! お前まで冷静さを失ったら、うおっ、バカっ、スピード出しすぎだろー!!」

幼馴染の新たな一面に驚きつつ、冬史朗は話を続けた。

「俺の直感が言ってる! 妹は、あの一本杉の下だ!!」

一本杉とは、丘野下兄妹、そして美花の母校である小学校のグラウンドに生えた杉の木だ。幼いころ、3人でよく遊んだ思い出の場所でもある。

見た目が女だったため、よく同級生にからかわれた雪は、幼いころ冬史朗、美花と居ることが多かった。顔もよく、運動神経も抜群、地元のヒーローだった冬史朗は、雪の自慢の兄だったのだ。とはいえ、幼少期より女の子の格好をさせられたことが、雪の女らしさに磨きをかけたことは言うまでもない。

母校は、人の気配もなく、恐ろしい静けさだった。町中の人は世界の命運を見にお祭り騒ぎに出ているため、丘野下家の周りに集まっているからだ。

「バカ止まれ止まれ止まれー!!!」

勢いそのままにグラウンドに乗り付けたスクーターは、華麗にドリフトを決めて停止した。飛び降りると、二人は木の下に駆け寄る。

豪華なベッドだ。小学校のグラウンドにはどう足掻いても似合わない、キングサイズお豪華なベッドが置いてある。装飾品が光り、曇り空の下でも直視できないほど輝いている。

薄いカーテンを開けると、そこには健やかに、ベガが寝ていた。

「冬史朗・・・、妹違いじゃない・・・?」

「とはいえ、全世界の兄代表として、このまま放っておくこともできないよな・・・」

「なんでそうなるのよ!」

「頭も悪い人ですなー」

「ほんとに、バカなんだから! そうこうしてる間に雪が弟だってバレたらどうすんのよ!」

「バカ! 雪は弟であり、妹だ!!」

「あらあら、男の子だったんどすかー」

大分序盤から、ベガが起き上がって会話に混ぜっていることに、今更二人は気が付いた。

「きゃー! いつの間に起きてたんですか!!」

「きゃー! 最初から寝たふりどすー」

「・・・バカにしてます?」

「ちょっぴり」

ベガはクスクスと笑った。

「まいった、先にお前のほうを見つけてしまうとは」

「お前じゃありません、ベガといいますー」

「・・・とにかく、お前、雪は妹だからな! 俺たち兄妹は世界の救うのだ!!」

「ベガ」

「いや、だから」

「ベ・ガ」

「・・・ベガ、だから、俺たち」

「わかっとりますー。ウチは勝負に興味もないどすからなー。おたくの妹さんが弟さんなのは黙っておきますー」

「なんか雑なエセ京都弁使うのねこの子・・・」

いつの間にか三人はベッドに座りこみ座談会になっていた。

「それにあなたたち、面白いから、このまま平和に遊び続ければいいなーと思っとりますー」

「えええっ!? 全然おにいさんと意気込みが違うじゃないですか!!」

ベガの発言に、美花は大きく目を見開いた。

「ああみえてバカあ・・・、お兄様も楽しくなってきとるんちゃいますかねー。ただ、立場上後に引けなくなって」

「ほーう、なるほどな。まぁぶっちゃけ俺にはどっちでもいんだけどね」

「よよよ良くないわよ!! 負けたらみんな消されちゃうんだよ!?」

「言い方が悪かった。どうせ俺が勝つからどっちでもいいんだよねってこと! それにこんな大々的に自分の妹を自慢できて、しかも妹への愛で戦えるなんて一生の思い出だぜ」

「冬史朗、あんたほんっとに能天気なんだから・・・」

「おもしろい方ですなほんとに冬史朗さん」

初めて自分の名前を呼んだベガに、流石の冬史朗も驚いた表情を浮かべた。

「でも、うちが黙ってないとあかんちゅーこと忘れないでおいてなー。貸し1、やでー」

「貸、か。ま、りょーかい。とにかく急ごう美花!」

冬史朗は立ち上がり、美花はソレに合わせてバイクを立て直すと、エンジンをかけた。

「冬史朗さん」

「あんだ」

「きーつけてくださいませ。また遊べることを信じてます」

「・・・?」

「いくわよー冬史朗ー!」

美花の呼ぶ声に、冬史朗はベッドを後にするとバイクの後ろへ跨った。校庭の去り際、見送るベガを見ると眠そうな顔で手を振っていた。

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