抱き寄せろ!妹の森!! ②

その異世界は、恐ろしくシンプルな閉鎖空間だった。


不安そうにうろつく雪たち100人が所狭しと入れられた空間で、宙には見下ろすように水晶玉が浮かんでいる。


大衆からは空に浮かんだ二つの水晶玉からそれぞれの様子が見え、それぞれの行動を見ることができた。


セコンドとして現実世界に残された美花は、恐る恐るシリウスへ質問した。


「不正とか無しですよね?」


「貴様らの星で、正式な戦いで不正があるのかは知らんが、我らの世界では約束は命よりも尊い制約だ。一切の不正なし。我らの王子も真っ向勝負だ」


「・・・」


(頑張って、冬史朗、雪!)


美花は両手を合わせ、空に浮かぶ水晶玉を見上げ祈った。




異空間内ではお互いの様子を見ることはできない。だが、幼少期より培われた空よりも高く、海よりも深い自信は、デネブに余裕をもたらしていた。


「妹の森・・・ごとき、この俺様にかかれば造作もない。我がスター家の血の絆はは絶対なのだ」


100人のベガは、いつの間にか昔なじみのようにこそこそ話を始めている。


「血の絆ってなんでしょうかねー」「ほんまいやですわーお兄様のナルシストぶりには」「バカ王子とは言いえて妙どすなー」「バカ王子」「バカ王子」「バカ」


皆一様に袖で口を覆いながら眠そうな目で笑っている。


「バカ王子ならまだしも!バカとはなんだバカとはー!!!」


バカ王子は涙目だ。


「ええい! 勝負は一瞬だ!!」


どこからどうみても全員毛の一本一本まで同じだ。


兄をどこかいやらしく、小ばかにした動きまでシンクロしている。


幼少期より将来の国を背負う兄妹として育ち、国民の誰もが羨む美男美女。将来の王として英才教育を受け、日々勉学から鍛錬まで忙しくしていたデネブと違い、ベガは結構、暇、だった。


暇つぶしと言えば兄をからかい、いたずらをすること。そのため、デネブはどうにもベガに強気になれないでいるのだ。


「お兄様私ですー」「お兄様ならわかりますよねー」「私がベガですお兄様ー」


「スピードが命っ・・・! 俺の王の資質が言っている・・・、本物はこの3人の中にいる!!」


選ばれた3人のベガを兄に詰め寄り、三者三様の迫り方でアピールした。


「私が本物ですお兄様ー」「私ですお兄様ー」「お兄様、ベガは信じております」


圧迫面接に耐えられなくなり一歩下がると、選ばれなかった97人が後ろで嘘泣きをしている。


「くっ、これはこの俺様でも耐えられる空間ではない・・・。えーいままよ!」


デネブは3人並んだベガのセンターに指をさした。


「我が妹はお前だー!!」


静寂。


すると、選ばれたベガはにこり、とほほ笑んだ。


デネブは思わず自分の才能に涙し、天高く拳を突き上げようとしたが、どこからともなく木槌を取り出した99人のベガにリンチにあい、拳を上げたままベガの森に埋もれていった。


「ざんねん外れですお兄様ー!!」「最低お兄様ー」「最低ー」「バカ王子最低ー」「最低バカ王子ー!!」「バカー」




一方の冬史朗。


開始のゴングが鳴った後も動かず、ただ顎に手をあて唸っていた。


「うーん・・・」


沿道にて、水晶玉を見つめるギャラリーの中で、悩む冬史朗を見て美花は気が気ではない。


「どうしちゃったの冬史朗・・・!」


「みーちゃん、おいなりさん作ってきたの、食べる?」


「おばさん・・・」


呑気な丘野下家の両親の雰囲気に、美花は思わずため息をついた。




「おにいちゃんこれスカート短すぎ・・・」「おにーちゃん!」「おにいちゃん恥ずかしよう!」「おにーちゃん」


「これはどうしたものか・・・」


皆一応にスカートの端、丈の短いセーラー服を抑える雪たち100人に、冬史朗の頬を涙が伝った。


「なんて・・・、なんて最高な空間なんだっ・・・!!」


本物を当てる当てないの前に、冬史朗はこの夢にまで見た妹の大群の世界に感動し、恍惚の表情を浮かべたまま動く気を失っていたのだ。


「眼福眼福・・・」


こんな幸せな状況を自ら壊せというのか!?丘野下家の女装は完璧、


「上下きちんと女性ものの下着も着ている・・・。100人の雪に埋もれたい!」




「こらー!!声に出てるぞ変態ロリコンあにきー!!!」




水晶玉の向こうから美花が叫ぶが、もちろん届くことはない。


「こいつも雪! こいつも雪! こいつも!こいつも!」


とっかえひっかえ、次々と雪を抱いては寄せ、抱いては無き、冬史朗は異空間を縦横無尽に走り回る。時には生足に抱きつき頬ずりをした。




ギャラリーでは絶世の美少女の雪に見とれながら、その異常なまでの兄妹愛にところどころで声が上がった。


「あんだけ可愛い妹ならああなるのしかたないよなー」「うちにも妹がいるが、絶対にあんなことできないぜ? 興味もわかん」「いやーベガちゃんもいいけど俺は雪ちゃんだなー」


盛り上がるギャラリーの声に冷や汗を流しながら、美花は呟いた。


「お、弟なんですけど・・・」




何人もの雪を抱き寄せ、埋もれながら雪の匂いを嗅いでいた変態は、宙に浮かぶ水晶玉を見てようやく我に返った。


「どわわわっ! 危ない危ないなんて凶悪なお題なんだ妹の森・・・。危なく妹欲に負け、世界の命運を忘れるところだった・・・」


「おにいちゃんスカート!スカート!」


下着をはぎ取ろうとスカートを引っ張る冬史朗。口と行動がまるで合っていない。


とはいえ、この世界がいくら幸せでも、こと戦いに負ければ二度と雪に会うことはできない。冬史朗は天に向かって答え合わせを行った。


「名残惜しいが仕方ない・・・、本物の雪、見破ったり!」


沿道が今日一番の盛り上がりを見せる。もう一つの水晶玉では、6回目の答え合わせも間違い、ベガの群れに雨のようにビンタを食らうデネブが映っている。


『ほう・・・、この裏切りの森、そう、裏切りの森を見破ったと申すか・・・。言ってみろ』


老婆の声は、どうやらお題のタイトルにこだわりが強いようだ。


「ああ、この妹の森、本当の雪は・・・」


『裏切りの森だっつってんだろクソガキ!!』


「この中にはいない!!!」


『・・・ほう?』


老婆は声だけもわかる、卑しくにやついた声を出した。


『それでよいのか? 言ったはずだ・・・、貴様らの妹はこの異空間の中にいるとな・・・?』


「まぁまてよ」


『!?』


冬史朗は無駄に整った顔つきを十二分に生かした笑みを浮かべ、無論、両手には数人の雪を抱きしめたまま言い放つ。


「宙に浮かぶ水晶玉・・・、あれが本物の雪だ!!」


言い終わると同時に、宙に浮く水晶玉が光り輝き、姿かたちを人間の、雪の姿に変えた。ゆっくりと、眠らされた本物の雪が宙から舞い降り、それを腕にしっかりと受け止めると、100人の雪が消え、同時に現実世界へそれぞれ戻された。


「あ、ありゃ?」


次はなにで殴られていたのか、両手で頭を押さえたデネブと、それを見て笑うベガも同じく現実世界に戻ってきた。


「あら、負けたみたいどすえお兄様ー」


「なんだと!?」


『なぜわかった・・・!』


「お・・・、おにいちゃん?」


目を覚ました雪に軽く微笑みかけると、泣きながら駆け寄ってきた美花のタオルを受け取り、冬史朗は異世界の面々に言いはなった。


「バカめ!! 宙に浮く水晶玉と目が合ったときに直感したのさ! ・・・なんでかって? それは俺が兄だからだ!雪が生まれたその日から、俺はこいつの兄で、24時間36日愛があふれているからだ!!!!!」


意味は、まったくわからないが、ともかく地球の命運をかけた3番勝負初日は、こうしてあっけなく地球人の勝利を幕を閉じた。


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