第5話「ノエル少年との戦い」

「赤コーナー、Cランクのリコラ選手!!」


 ワァ……!!


 そのバニーガール姿をした審判の声に応じて巻き上がる声援、それを発した観客達に対してぎこちない笑顔を見せながらリコラは自らの右手、剣を構えているその手を挙げてみせる。


「青コーナー、同じくCランクのノエル選手!!」


 そのリコラと対峙する形で別の建物から出てきた少年、短く刈った黒髪が太陽の光を吸い込み、その髪に隠れた細い目がリコラの姿をそっと覗き見る。


「あぁー、あんた!?」

「……ちっ」

「あの泥棒!!」


 驚きと怒りに満ちた声を砂が舞う闘技場リングの上にと滑らすリコラ、そのまま彼女は自らの得物である長剣ロングソードを握る手に力を込め、そのまま重く一つ振る。


「このヤロウ、メチャギタにしてやる!!」

「……フン」

「いざ!!」


 その言葉と共にリコラのマシンリム、自己診断により「Aランク」とされた万能兵装ウィングは。


 シャア……


 軋むような、それでいて涼やかな音を立てつつ展開をし、その形状変化による痛みとこの「盗っ人」へと怒りによってその小さな唇から軽い呻き声をあげるリコラ。そのまま彼女は展開されたウィングを一つ羽ばたかせ。


「レディ……」


 その彼女のマシンリム起動に呼応してか、少年もその己の「腕」から銃器のような物を押し出し、その照準をリコラにと向ける。


「ゴー!!」


 カァン……


 その鐘の音と共に少年、ノエルという名らしき選手から鉛の弾がリコラに飛び出す。自動生成であるらしいその鉛弾は渦を巻いてリコラに襲い掛かるが、その弾丸をリコラは羽根、多目的ウィングの力である《防御壁フィールド》をもって撥ね飛ばし、そのまま彼女は翼を微調整させつつ。


「一気に仕留める!!」


 僅かに宙を浮き、その勢いに任せたまま剣を振り上げる。その彼女に応えるように少年は弾丸を放ち続けたが、リコラのAランクマシンリム「ウィング」には効果が無い事を悟るとそのまま。


「連射の《銃器腕ガン・アーム》が効かないか、ならば!!」


 もう片方の腕からもマシンリム・ガンの銃口をリコラに向ける、そちらはやや大口径であるようだ。


「食らえ!!」

「なめるな、泥棒!!」


 その大口径の銃、発射された弾丸が煙を引きながら飛翔し、その弾がリコラの目の前で爆発する。


「あぅ!!」


 そのまま炸裂した弾の衝撃で、彼女リコラは宙にと投げ出されてしまった。


「リコラ選手、リングアウトかー!?」


 しかしリコラはウィングの《姿勢制御バランサー》の力を駆使してその衝撃をどうにか受け流す、が。


「くそ!!」


 それはいいのだが、《防御壁フィールド》の方が僅かにバーストしてしまったようだ。彼女の左目の奥に復帰中の文字が映る。


「生意気に!!」


 兵装ウィングの常動能力「浮揚レビテート」の力を使い空中に停止したままのリコラは、右手の剣を慎重に保持しつつ、その腰からハンドガンをスッと取り出す。


 ガゥ!!


 オートマチックのその銃は上空からノエルを狙うのだが、そうそう当たるものではない。リコラの場馴れのなさが現れているのだ。


「上から目線の、女!!」

「上からの目線で悪いって!?」

「腹が立つ!!」


 どうやら飛び道具の腕前はこの少年ノエルの方が勝っているらしい、連射された弾丸が彼女の羽根をかすめ、《姿勢制御バランサー》の安定を僅かに乱す。未だにリコラの《防御壁フィールド》は復帰していない。


「だったら、こうして!!」


 このままでは宙に浮いている自分は良い的になると思ったのであろう、彼女は銃を納めつつ翼をはためかせて、《浮揚レビテート》と同じく常動の能力である「滑空グライド」の力を借りて大きく勢いをつける。それと同時に長剣ロングソードをもろ手で大上段にと構え直す。あくまで主導権はこちらにある。


――防御壁フィールド復帰――

「よし!!」


 半ば本能的に照りつける太陽を背にした彼女リコラはその身を滑空させながらノエル少年に迫り来る。再び発射された炸裂弾をリコラは《防御壁フィールド》の角度を調整しつつ受け流し、その勢いでノエルにと剣を降り下ろした。


 ギィン!!


「接近戦武器、あるとは思っていたけどね!!」

「くっ!!」


 だが、少年がその「手のひら」から取り出したナイフではリコラの剣を防ぎきれない。二合も合わせない内にジリジリと、ノエル少年の足が後ずさる。


「覚悟してね、泥棒さん!!」

「なめやがって!!」


 彼は己れの銃口を、連射弾の銃口をリコラにと向ける、しかしリコラはそうはさせじと。


「《倍速ラッシュ》!!」

「なに!?」


 ウィングの三つ目の機能である《倍速ラッシュ》をもって仕掛ける。


「なっ、くそ……!?」


 目にも見えぬ速さで剣により脚を払われた少年、彼はそのまま無様に尻餅をつき、そして瞬く間にその目の先に剣を突き付けられた。


「ちくしょう!!」


 それでもノエル少年は自らの腕に装着されている銃器をリコラにと向けたが、その動きは彼女の剣によって遮られる。


「まだやる気?」

「……」


 未だに《倍速ラッシュ》が生きているリコラの挙動、それには対応が出来ていない、その彼女の機敏な剣の動きの前に、ノエルは尻餅をついたままだ。


「……十!!」


 その、固まったままの二人に対してナレーターの声が鋭く降り注ぐ。


「リコラ選手の勝利です!!」




――――――




「使っちまったって、あんたねえ!!」

「しかたねえだろ、腹が減ってたんだから」

「どんだけ食べれば、あのお金を使えるのよ!!」


 普段では、マシンリムというものは意識しない限り体外に顕現しない物、そうではあるのだが、今のリコラの翼のように、ときおり怒りなどの感情によって自然に顕れてしまう事がある。


「返しなさい、今すぐ!!」

「俺に勝ったファイトマネーがあるじゃねえか……」

「そういう問題じゃないわ!!」


 リコラがその顔を真っ赤に染める理由、それはギラギラと照りつける太陽が為している訳ではない。大体ノエルが言うファイトマネーも、闘技場の参加費によってかなりの額が取られてしまっているのだ。


「だったら、そのマシンリムを売り払ってでも!!」

「これは俺の生まれつきだって……」

「知るか、知るもんですか!!」

「大声上げるな、うるさい……」

「この……!!」


 思わずその手が振り上げられるリコラ、その彼女の様子にノエル少年はピクリとその身を震わせたが。


「止めろ、リコラ」

「何よ、あんた!?」

「俺の顔を忘れたか?」

「あ……」


 その手はコートを、陽射しと砂避けのそれに覆われている男の手によって抑えられる。


「ガラフさん……」

「久しぶりだな、リコラ」

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