第4話「砂の大地」

「へぇ……」


 サァ……!!


 このアルカディアの大地、どこまでも続く砂漠を臨む高台に建てられたアルカディアの地の麓に、武術会の会場が拓かれている。


「こんなに大きかったんだ……」


 あまり「街」から出ないリコラのせいでもあるが、それでも乾ききったこの風下にとそびえる武術会、それを覆う灰色の壁面は、それはかなりに立派なものだ。


「ここから、こんなに大きく見えるとなると……」


 恐らくは、この武術会の会場を囲む壁は人の背丈の何十倍はある、その会場の付近にちらほらと見える米粒のような小屋たちも、近くまで行けば先程までリコラが入っていた酒場と同じく、人が何人も入る事が出来るのであろう。


「さて、と……」


 ヒュウア……


 砂塵が混ざった強い風が吹く、その風に栗色の髪をなびかせながらリコラは、その脚を階段に。


「この階段、難儀なんだよね……」


 太陽の元、どこまでも下にと続く大階段、それに脚を乗せておっかなびっくりと眼下へ降りだす。下手をすると足を踏み外し、そのまま砂海の辺りまで我が身が吸い込まれそうだ。




――――――




「まだ、開催はしていないみたいね」


 焼き肉だか酒の匂いが屋台から漂うなか、リコラはその、遠く目の前にそびえ立つ武術会闘技場の壁を見上げながら、その壁の高さに呆れたような感の嘆息の声を出す。


「じゃ、どうしようかな……」


 まだ武術会が始まっていない事ぐらい、あのレイチェルさんもそう言ってくれればいいのに。彼女リコラは胸の内で呟きながら、そのまま闘技場の壁面沿いに立ち並ぶ店々、それらに興味深そうなその視線を巡らした。


「ん?」


 ウォオ……!!


 何処からともなく聴こえてくる歓声、その声と共に剣戟の音、そして銃声音等も彼女の耳に微かに聴こえてくる。


「まさか、喧嘩?」


 別にリコラは喧嘩を見物する趣味はない。が、何かその物音に興味が出てきたのかもしれない。そのまま彼女はその音が鳴っている方向にと自身の脚を弾ます。


「んー?」


 その方面には人だかりが出来ているようだ。そのまま人の波をかき分けようとするリコラ。


「ちょっと、すみません……」

「んあ……?」


 かなり酒が入っているように見える強面の男、その彼にリコラは声を掛け、何とか自分に注意を引かそうとする。


「おう、見物に割って入るなよ……」

「見物?」

「野良闘技だろ、決まってんじゃねえかよ……」


 それきり、その手に酒袋を持った男はリコラに構わず、その野良闘技とやら。


「この勝負、フェンサー選手の勝利です……!!」


 一際大きな歓声の上がった人だかり、それに向かって何か文句を言っているようだ。


「ちっ、掛け金が……」

「野良闘技、もしかして」


 その男の声を聞いて、何となくリコラにも言葉の意味が理解出来た、恐らくは武術会開始までの前座試合なのだ。


「へえ……」


 ゴォーン!!


 再び始まった野良闘技とやら、それが響かせる剣劇の音を聞いたリコラは。


「フフン……」


 何か自分の身体が疼くのを我が身に感じつつ、彼女はそのまま人だかりを離れて辺りを、砂煙にまみれた己れの周囲をグルリと見渡す。


「この野良闘技とやら、沢山あるみたいね」


 そのリコラのいう通り、人だかりに満ちている場所もあれば人影がまばらなリング、そして中には全く無人の、吹きっさらしの石造りリングらしきものも見える。


「参加しようかな……」


 とはいえ、どこの誰に聞けば良いものか、取り合えずリコラは先の闘技場、それの選手待合室にと向かう。だいたいの場所は、チラリと見ただけであるが見当が付いている。


 ドゥ!!


「うわ!?」

「きゃ!?」


 その時、リコラと身体がぶつかってしまった少年、彼に軽く頭を下げつつ、彼女はそのまま先の闘技場にと脚を運ぶ。


「ん?」


 何か妙な違和感、それを感じながらもリコラはやや足を早め、そのまま闘技場、それの待合室と思われる建物に顔を覗かせる。石造りの雑風景な建物、しかし頑丈そうではある。


「ここね……」


 薄暗い建物、その開かれたままの大きな布扉の前にはマシンリム化が進んでいると思われる男の姿。


「すみませーん?」


 その時、リコラの背後から。


「あれ?」

「すみませーん?」


 建物の番をしていると思われる巨漢、いかつい手に大振りのハンマーを持っている男を目の前にして僅かに怯み、一つ呼吸を整えていたリコラ。その彼女の後ろから幼い。


「すみませーん?」


 少女と思わしき、澄んだ声が響く。


「この闘技場の、参加条件って何ですか?」


 リコラが振り向いたその先、金色の髪を靡かせた少女は、見るからに厳つい大男を前にしてもたじろぐ気配を見せず、そのままハンマー男にと声をかけ続ける。


「……」


 そのハンマー男もマシンリム化がかなり進んでいるが、少女の方もその身体は機械にまみれている。じっと彼女の顔を注視しているリコラ。


 ピィ……


 その時、その彼女の額にあるセンサーアイが音を立ててリコラの方にと向かれた。


「第四世代かしら……?」


 第四世代、リコラ達第三世代よりもマシン化が進み、この世に産まれ出た時よりその身体は機械の、天からの「恩恵」であるマシンリム、それとほぼ同一の存在であると定められた者。


「ありがとう、おじちゃん」

「オウ……」


 スゥ……


 軋む声を上げるハンマー男から案内を受けた少女は、そのスカートから見える「カカト」の車輪をもって、そのまま何処かへと去っていく。


「あの?」

「ナンだ?」

「私もこの闘技場に参加したいのですが……」

「ウム」


 そのリコラの声を受けたハンマー男は、己の油圧式の顎を大きく開きながら手を、鋼で出来たその手をある方向にと差し向けた。


「ありがとうございます」


 建物の番人が示した先、アリジゴクにでも吸い込まれたかのようなすり鉢状をした砂地の底には、所々を金糸で縁取られた大型のテントが数戸立ちそびえている。


「Cランク、ノエル選手の入場です!!」


 ウォウ……!!


 そのナレーターの声を聴きながしながら、リコラはそのままテントの辺りまで向かう。天の日差しは強く、よく日に焼けたリコラの肌をなお一層焼くようだ。


「えーと」


 少しの間キョロキョロと、そのテントの群を見渡したリコラではあったが、すぐさまそのテントの内の一つ、大きく「闘技場参加申し込み所」と描かれている場所を見つけ出した。


「ごめんください……」

「ニャ?」


 その光の届かないテントの中には一匹の猫、ペットだろうか、それとも機械猫であろうか。


「どうかいたしましてだニャ?」

「あ、あの……」

「闘技場参加の方、かニャ?」

「は、はい」


 どうやらマシン猫であるようだ、声からすると「彼女」と言えるその猫は、一つ大きな伸びをしてみせると、その長い尻尾を使って器用に一枚のボードをリコラの前と差し出す。


「これに記入、あとお金もだニャよ」

「お金?」

「参加費よ、参加費ニャ」

「はい、ええと……」


 そう猫に言われて、リコラは自らの腰にぶら下げてあった巾着へと手を伸ばそうとしたが。


「あれ?」


 金目のもの、まとめて銀貨やら宝石やらを入れた巾着がない。よく見るとその財布を支えていた紐が、何かに切られたような痕がある。


「あっ、まさか!!」


――うわ!?――

――きゃ!?――


 先程ぶつかった少年、あのときかもしれないとリコラは想像する。


「あーもう!!」


 ボフゥ……


 腹立たしさによって、その場で地団駄を踏んでしまうリコラ。ほぼ全財産が入っていたのだ。


「参加費が無くても、参加は出来るけどニャ?」

「はい?」

「借金だニャよ」

「うっ……」


 借金、その言葉を聞いてリコラは己の顔を険しくするが。


「勝てば良いのよね、勝てば……」


 しばらく考えてみた後に。


「良いわ、その条件で」

「じゃ、これにサインだニャ」

「はいはい……」


 と、言葉に出す。例えばレイチェル辺りにでも借りられる事は借りられるが、これ以上あまり彼女に頼りたくない。ただでさえ色々と支援をしてもらっている身なのだ。


「では、ニャ」

「はい?」

「早速、だニャ」

「え、もう?」

「ちょうど会場が空く、お客さんが待っているニャ」

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