アルカディアの大地
第3話「リコラの翼」
「レイチェルさん、いるかしら?」
「あら、リコラ?」
レイチェルと呼ばれた、擦りきれた革鎧にと身を包んだ女性から振り向かれたその小柄な娘は、褐色の顔と大きな瞳を窓から入る太陽の光に輝かせつつ、混雑としている酒場の中をキョロキョロと見渡した。
「どうしたの、そんな格好しちゃって?」
「あの、ハンター登録……」
「止めときなさい、そう言ったでしょ?」
「しちゃったの、もうすでに」
「……」
その少女の言葉にレイチェルはその目を丸くし、そのまま無言で己れのタバコの火を灰皿にと押し付ける。
「何の目的があって、冒険者に?」
「そりゃあ、あたしの価値を証明するためよ」
「だから、そんな動機では止めときなさいって……」
「レイチェルさんだって、昔はそうだったんでしょ?」
それを言われるとレイチェルには返す言葉がない。彼女リコラが幼い頃に、散々自慢した話である。
「フゥ……」
一つため息をついたレイチェル、彼女がぐるりと見渡した酒場では、なにやらいざこざが発生しているようだ。怒声と、その声を仲裁している声が酒場の空気を響かす。
「確かあなた、第三世代だっけ?」
「そうよ、レイチェルさん」
そう言いながら彼女、リコラはその自らの背にと軽く手を伸ばし、一つ叩いた後に。
「誕生マシンリム係数二十パーセント、適応率が五十パーセント」
「悪い数字ではないわね、リコラ」
「何とか自前のマシンリム、扱えるようになったわ」
その顔を覆う栗色のショートカットを揺らしながら、自慢げにそう胸を張る。
「剣も銃もあつかえるんだから、レイチェルさん」
「言ってくれるじゃないの」
「試してみる?」
「どうしようかしらねぇ?」
勿論、古強者であるレイチェルが彼女、素人同然であるリコラに負ける気はしないが、ここで彼女を痛め付ける程、レイチェルの意地は悪くない。
「冒険者になって、何をするつもり?」
「それは勿論、ミッドヘイムの迷宮」
ミッドヘイム、その言葉を聞いたとたん、雌豹を思わせるレイチェルのその顔に微かな翳りが差す。そのまま彼女レイチェルはその長い黒髪を振り払うと、静かな口調でリコラの耳にフッと声を吹き掛ける。
「あたし達の話、聴いてなかった?」
「五年前の話でしょう、レイチェルさん?」
「あの事件から、迷宮に挑んでは帰ってこなかった人間は数知れず」
「だったら、このあたしが最初の一人に……」
「やれやれ……」
レイチェルが自らが得た金によって、孤児院に対して金銭的な支援しているその時、その時に出会って意気投合したこの「リコラ」という少女であるが、正直に言って身の上の話をし過ぎたのかもしれない、そうレイチェルは思ってしまう。
「まさか、一人で行くつもりじゃないでしょうね、リコラ」
「う……」
「仲間、いないの?」
「い、いや今探している所、かな?」
「……」
「そんな怖い顔しないでよ、レイチェルさん」
怖い顔は生まれつきだ、そう喉の辺りまで言葉が出たレイチェルであるが、そのまま息をグッと飲み込み。
「こら、表へ出ろ!!」
「おう!!」
本格的に喧嘩が始まった酒場の様子をよそに、レイチェルはリコラのその細い腕を軽く撫で。
「少し、あたしと手合わせしてみようか?」
「え?」
「そうすれば、どのくらいの仲間が必要か解るかもしれないし」
「うーん……」
喧嘩がいよいよ増し、埃と酒瓶が辺りを舞うなか、リコラはそのレイチェルの言葉に己の首を軽く傾げる。
――――――
「リコラ、あんたのそのマシンリムって」
黒い革鎧を付けただけの軽装のレイチェル、背の高い彼女を見上げるようにしているリコラは、直立の姿勢でその手に持つ剣、
「一体、何なの?」
「それはね、レイチェルさん……」
そのレイチェルの言葉にリコラはニヤリと笑うと、自らの細い身体を覆っている革の鎧、背の辺りにチャックが付いているその革鎧の背を開くと共に、その顔を薄く引き締め。
「はぁ!!」
砂ぼこりが舞う酒場裏で、己れのマシンリムを起動させる。
シャア……!!
「へえ……」
感嘆の声を上げるレイチェルの視線の先には純白の翼、機械で出来た伸縮式の背骨から拡がるその「羽毛」は微かに風になびきながら淡く発光し、どこかしら神々しい雰囲気を醸し出している。
「綺麗なものね」
「マシンリムランクA、万能兵装ウィングっていうのよ、レイチェルさん」
「なるほど……」
「
だとしたらかなりのものだ、もっともレイチェルの懸念としては。
「どう、レイチェルさん」
「それ、使ったことがあるの?」
「……訓練で」
「どんなもんかしらねぇ……」
やや、訓練と実戦が同じだと思ってしまう彼女リコラの気質、それが心配なのだ。
「まあ、いいわ」
少しため息混じりに言葉を吐くレイチェルは、その右手をブラリと下げ。
「試してあげる」
そして、そのままその手に光によって形成された刃を作り出す。
「疾!!」
突然放たれた衝撃波、それにリコラは対応出来ず、そのままレイチェルの「剣」を受けてしまう。
「手加減したわよ、リコラ」
「は、はい……」
「では、次」
今度は連続して放たれる衝撃波、それに対してリコラはその背から生やしている「翼」を折り畳み、迫り来る衝撃の前にと「
「ふむ……」
そのレイチェルが二連続して放った青い衝撃波は、太陽の光を浴びて輝く翼「ウィング」によって防がれ、そのまま粒子となって四散する。
「確かにやるようね」
「へへ……」
「だとしたら……」
顔を引き締めながらレイチェルはその手に持つ刃を消滅させ、そのまま彼女リコラの側にとその脚を運ぶ。そしてそのまま彼女の肩にと自身の手のひらを軽く乗せた。
「最初に武術会、どうかしら?」
「武術会、例の闘技場でしょうか?」
「まあ、そうね」
リコラとてその「武術会」の名前は聴いたことかあるが、あまり興味はもてなかったのだ。何しろ四年に一回だけ開催される戦いの場、見世物だ。
「私も昔は、その大会に出ていたから」
「ミッドヘイムに挑むまえ?」
「挑んでからも、時々」
そう言われても、どうにもリコラにはその武術会に出る気が起きない。彼女にはそれが単なる遊戯であると感じてしまうのである。
「ま、行ってみなさいって」
「でも……」
「優勝でもすれば、お金も名声も得られる」
名声、それは若いリコラにとっては欲しいものであるが、やはり迷宮踏破でそれを成したいという気持ちが強い。
「良いマシンリムも買えるかもしれないし」
「は、はあ……」
「探索に必要な仲間も、見つかるかもよ」
「うーん……」
そこまで言って、レイチェルは軽くその顔をイタズラっぽく綻ばせてみせると。
「良い人も見つかるかも」
「それはいらない」
「あらあら」
彼女に気を使ってその言葉を放ったのだが、素っ気なくリコラに袖にされる。
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