第2話「見捨てる者」

倍速ラッシュ!!」


 そのガラフが放った剣撃は見事に続けて三匹の悪魔を斬り伏せ、そのまま彼は片手にレイチェルを抱えたまま、薄暗い通路の中を進む。


「マシンリム自己判断、出力四十パーセント低下、拒絶反応上昇……」


 いい数字ではない、それでも彼ガラフは地上へと向かって進まなくてはならない。このレイチェルという女の為に。


「しかし、この通路は本当に地上に続いているのか……?」


 もともとガラフのマシンリムは、彼の身体に装着された機械は戦闘用だ、死んだと思われる仲間のような探知系のマシンリムではない。


「道が下がっていっている、まずいな」


 もちろんガラフにとってレイチェル、己の恋人の容態も心配だ。彼女の顔や身体からは機械部分は出ていないように見えるが、その表皮は焦げついている、感覚や神経は苦痛を感じないように切ってあるようだ。


「むっ!?」


 慎重に歩を進めるガラフの目の前に再び、数匹の悪魔が姿を表す。人の背程の背丈に蝙蝠の翼、赤く染まった身体に塗料か何かで紋様みたいなものが描かれている。一般的に「レッサーデーモン」と呼ばれる魔物である。


倍速ラッシュのやつ、機能が限界に来ているな……」


 ガラフはその手に握るシャムシールを眺めながら軽く嘆息をする。しかし無論に相手はその彼の心境を待ってくれず、その牙の生えた口から炎の息を吐き出してきた。


「フン!!」


 レイチェルを片手に抱えたままの、不安定な状態での斬撃、しかしそれでもその剣波は相手の火炎を薙ぎ払い、そのまま悪魔レッサーデーモンの翼を削り取った。悪魔からは痛みを伝える悲鳴と同時に、ガラフを罵る声が迸る。


「くらえ、デーモンども!!」


 この狭い通路ではガラフの方に吉とでるようだ、レイチェルを抱いたその手の平から光弾、エネルギー発射機構からの光の玉をデーモン達に向かって連打するガラフ。その攻撃に威勢を削がれたデーモン達の隙を狙い、再びガラフは、己の脚部に仕込まれた「倍速ラッシュ」いや最終手段である「四倍速オーバー・ラッシュ」の機能を使用する。


「くっ、負荷が……!!」


 それでも強烈に加速されたガラフのシャムシール、それが術を唱えようとしていたレッサーデーモンの内の十二匹を、ガラフは突進しながら瞬時に切り払い、あわてふためいて逃げ出した残りの一匹も、振り下ろされた光輝く剣波によってその身体を両断される。デーモンの身体から吹き出る黒い液体が、暗い洞窟の壁面にと音を立ててへばりつく。


「フウ……」


 そのままガラフは己へ増強剤を差し込むとその身体を震わせながら、洞窟の先へと進む。何かその奥には淡く赤色に輝く空間があるようである。




――――――




「何だ、ここは……!!」


 ミッドヘイムの迷宮には未だに発見されていない場所があると評判であったが、それでも。


「ドラゴン……!?」


 このような巨大な竜、水晶だか氷だかに包まれたドラゴンなどは見たことがない。なにしろ遠くからでも一目見て、その大きさが図れないほど巨大なのだ。


「……」


 どこからともなく降り注ぐ赤い光に包まれた空間、その光は所々に小さな影を作りつつも、あたかも何かの鼓動のように蠢いている。


「う、ううん……」

「レイチェル……」


 そのレイチェルの呻き声に気がついたガラフは、彼女に三本目の鎮痛剤を差し込むと、その彼女の身体を強くその背中にと背負い込む。レイチェルの身体からは強い熱と、そして機械油の匂いがした。


「どこかに、抜け道はないだろうか……」


 赤い光に包まれる空間を見渡すガラフ、暫しの間この広間を眺めていたが、ちょうど彼らの斜め前に、陰りとなっているような部分に通路らしきものを見つける。


「地上に向かう道であってくれよ……」


 レイチェルを抱えながらその陰りにと視線を送るガラフ、慎重に近づいてみたが、それは通路ではなく。


「エレベーター、か?」


 エレベーター、時おり遺跡などで発見される連絡通路だ。


「背に腹は変えられんか……」


 このエレベーターとはいわゆる密室であり、本来なら何の調査もなく乗るのはタブーとされている。が、しかしこの状況下では仕方がないであろう。


――ギィア……!!――

「!?」


 突如、ガラフ達の後方から聴こえてきた何かの悲鳴、それを聴いたガラフは反射的にその脚を速め、扉が開いたままのエレベーターにと飛び込む。乱暴に飛び乗ったせいか、背のレイチェルが軽く苦痛の声を上げる。


「あっ……」


 閉まる扉、半透明の素材で出来たエレベーターの扉の、その閉じられた扉から見たのは。


「ゆ、許せみんな……」


 死んだと思われたはずであるガラフの仲間達、通路を潜り抜けたそれらが、背後から迫る数多くのレッサーデーモン達によって喰われている姿であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る