第7話:スピアテール

「実は前にもロディは何人かのファイターをスピアテールの調査に送ってるのよ。でも帰ってきた人は一人もいない。だからどうなってるかは全くわからないわ」

そもそも調査目的の集落跡に辿り着けたのかどうかすらわからないもの、と付け加えるとクラリスは準備を終えた自身のアイテムパックを腰に提げる。

四人は第6艦隊の休憩所ラウンジから離れ、任務専用の小型船でペルペリアへと向かっていた。

「そ、それだけ危険なのに第6艦隊が出るのか……?第1、とまではいかなくても第3か第4ぐらいが出るやつじゃないのか?」

パワードスーツを調節しつつアックスが訊ねる。それに対してアックスに背を向けて同じく自分のパワードスーツを調節していたウェンティが静かに答える。

「ロディ隊長は、つい最近第6艦隊に降りてきた、上層部の人。多分、上にいる時調べすぎた。だから、一番弱い第6艦隊の所属にされた」

「つまり……第6艦隊の長という出撃しづらい立場に降ろされたから仕方なしに自分の部下である第6艦隊の一部にこの任務を言い渡した、ということですか」

ウェンティの言葉を引き継いでサティが言う。多分そう、と返したウェンティにクラリスが歩み寄る。

「でもさすがに新人だらけの第6艦隊だけじゃ危険だからってあたしが出張してきたのよ」

第1艦隊所属なら実力も申し分ないと考えたのだろう。

でも、そこまでしてロディがスピアテールを調べたい理由は?

余計に疑問が増えた三人は用意を終えて上陸態勢に入った。今は任務に集中しなければ。


✳︎


冷え切った風が、四人の髪を揺らした。

「さっむ……!」

有角族デミデーモンであるアックスの角に冷気が吹き付け、凍る。同じように前髪の先なども凍っていく。

銀世界の広がる氷の惑星ペルペリアに上陸した四人は寒さに身を震わせた。ツインテールについた氷を砕きながらクラリスが言う。

「マップを見る限り、集落跡はあっちかしら」

クラリスの指差した方を向く。しかしそこには何も見えない。ひどい吹雪がまた四人に吹き付け、視界を奪った。

前が見えないまま、四人はクラリスを先頭にしてなんとか歩く。艦隊の他のみんなは大丈夫だろうか?自分たちはスピアテールの調査をするだけだが、他の人たちはこの吹雪の中ダークマターを討伐しなければならない。

そんな考え事をしながら歩いていたサティは突然立ち止まったクラリスにぶつかりそうになった。

「えっと、クラリスさん……?」

「ダメ、囲まれたわ」

小さく声をかけたサティにクラリスが厳しい声で返す。囲まれた?ダークマターに?でもこれはダークマターの気配じゃない。

ウェンティが心配そうにあたりを見回す。サティも同じように顔を上げて気配のする方向……全方向を警戒する。アックスも気配を感じ取ったのか手に力を込めていつでも武器を出せるようにする。

クラリスが一歩前に出た。そして、剣を構えることもせずに声を張り上げた。

「出てきなさい!あなた達は一体誰なの!?」

銀世界にクラリスの凛とした声が響き渡る。その声に包囲していた者達がざわつく。「あいつは誰だ」「SFの奴らだろう」「じゃあ……」などの声があたりからかすかに聞こえてきた。

「そうよ、私たちはSFスターファイターよ。貴方達の敵じゃないわ!」

クラリスがさらに声を張り上げる。サティ達も武器を召喚することなくただ黙ってクラリスの言葉を聞いていた。

じゃきん、と武器を構える荒っぽい音が吹雪の向こう側から響いた。包囲網は驚くべき速さで四人に近づいた。サティはやっとその姿を認識できた自分たちを囲む人々を見た。スピアのように鋭利なテールを持つ者達。恐らくこの人々こそが自分たちの調査対象である有尾族スピアテールなのだろう。

不安そうに辺りを見回すアックス、相変わらずの無表情でサティの横に佇むウェンティ。その前で三人を守るようにしてクラリスが包囲網を牽制する。クラリスの二本の尾が苛立たしげに揺れる。

「何、敵じゃないって言ってるでしょう!武器を下ろしなさい!」

先程よりもはるかに苛立ったクラリスの声に包囲網が一瞬怯む。その隙にクラリスは包囲網のリーダー格と思しき人物を素手で組み伏せた。

「何をするんだ!」

「先に武器を構えたのは貴方達よ。それに私は武器も何も使ってないじゃない」

突然の行動に驚く人々をクラリスが睨み付ける。彼女はそのままリーダーの胸ぐらを掴み立たせた。

「さて、何があったのかしら?私が何か悪いことでもしたの?」

リーダーが俯く。他の包囲網の人々も俯いた。

「……私達が恨んでいるのはお前ではない」

ゆっくりと顔を上げ、リーダーが呟く。目を合わせられたクラリスが僅かに首を傾げる。

「どういうこと?」

クラリスのこの気持ちは他の三人も同じだっただろう。クラリスに恨みがないならなぜクラリスを攻撃しようとする?

いや、彼らが攻撃しようとしたのはクラリスではない。

サティは何かに気づいたかのように顔を上げた。彼らは『クラリスを』攻撃しようとしたのではなく『私達を』攻撃しようとした。しかも明確に攻撃の意思を見せたのは__


「私達が、SFだからですか?」


サティのその呟きにクラリスが振り向く。アックスも弾かれたようにサティの方を向き、ウェンティも静かにサティを見上げた。

「……その通りだ」

リーダーが苦々しげに言い放つ。彼に攻撃の意思はないと見てクラリスが掴んでいた手を離す。

私達スピアテールも昔はSFに守られる側の種族だった。しかし私達の住むこの星ペルペリアに貴重な鉱石があると知った途端、あいつらはここを荒らしに来た。私達はここを守るためSFと戦ったが……当たり前だな、あいつらの方が圧倒的に強い。私達は弾圧され故郷の辺境に押し込められる始末……!」

握られたリーダーの拳が震える。その憤りに満ちた表情を見てクラリスが俯く。

「……そう。そうだったのね」

クラリスは三人に合図を送る。帰還の合図だ。

「帰るわよ」

そういうとクラリスはリーダー達に背を向けて歩き出す。

心配そうな目を向けるリーダーに気づいたのかクラリスがふと振り向く。

「大丈夫よ、貴方達のことは本部には報告しない」

それだけ言い放つとクラリスは今度こそ背を向けて歩き出した。


✳︎


「報告、しないんですか」

帰還する船の中、サティが小さく訊ねる。

「本部にはしないわ」

操縦桿を握るクラリスが静かに答えた。

「ただ、ロディには報告させてもらうわ……あの人は本部とは違うから」

きっとなんとかしようとしてくれるはずよ、と続ける。桿を握る手が僅かに震えているように見えた。

「どうしたんだ?クラリスさん、そんな心配そうな顔して」

アックスがそんなクラリスを見て訊ねる。クラリスはゆるゆると頭を振ると自動操縦を有効にして振り向いた。

「昔ね、まだ私が学生だった頃。エンデっていう一人の優秀な人がいたの。英雄とも呼ばれた人でね、友人だったの。SFになった後もよく話したりしてたわ。でも、彼は何年前になるかしらね……任務中に突然死んだの。なんで死んだのか、いくら本部に問い合わせても『不慮の事故だ』と取り合ってくれなかったわ。それにティーナちゃん……ハルトちゃんの妹ね、彼女も不自然に死んで理由を教えてもらえなかったわ」

一息でそこまで言うとクラリスは深呼吸をして乱れた息を整えた。三人が不安げに顔を見合わせる。


「ねぇ、SF本部って本当に信用できるの?」

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ディストピアスターファイター 巡屋 明日奈 @mirror-canon27

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