惑星ペルペリア編

「私の知らない任務でした」

第6話:非公式任務

「じゃ、じゃあ、その時に拾ったのがサティとウェンティってことですか……?」

話し終えたベルンハルトにアックスが訊ねる。無言で頷いたベルンハルトを見て、アックスが考える。

「もしかして、サティに三年前の記憶がないのは……その時の怪我のせい?」

「そうだ、だからあまり思い出させないでやってくれ。その時の辛い記憶まで思い出させるのはかわいそうだ」

ベルンハルトが組んだ指を弄りながら答えた。

「じゃあ、ウェンティの方は……」

「私が、何?」

唐突な声に二人はばっと扉の方を振り向く。音もなく開いた扉の前に、ウェンティが静かに立っていた。

ウェンティはその不思議な虹色の瞳でアックスを見つめると軽く頷いた。

「さっきの話のこと、聞きに来てたのか」

合点がいった、というように頷くウェンティにアックスが訊ねた。

「あのさ、この際だから聞くんだけど……ウェンティは、三年前の記憶、あるのか?」

「ある」

即答。質問を予想していたのだろうか。真っ直ぐにこちらを見つめてくるウェンティに、アックスは少したじろいだ。

「くれぐれも、サティには、教えないであげて」

どんな言葉が来るのだろう、と身構えていたアックスは思わず拍子抜けした。もっと厳しい言葉、勝手に過去のことを知ろうとしないでくれ、みたいな言葉が来ると思ってた。

アックスは椅子から立ち上がった。

「もちろん、サティを傷つけるようなことはしないさ」

すっとベルンハルトに対し一礼すると開きっぱなしの扉から出て行く。

アックスの姿が完全に見えなくなるまで待ってからウェンティが静かに口を開いた。

「どこまで、話したの」

静かなその声にベルンハルトがウェンティの方を向く。

「そんなに大したことは話していない。5502事件の真相……といっても私も大したことは知らないんだが、そのこととあとはそこでお前たち二人を拾った、ということだけだ」

ベルンハルトが肩をすくめてみせる。ウェンティが安堵の表情を浮かべた。

「まあ、本当のことは話したのだから嘘はついていない。ただ、一部話さなかったことがあるだけだ」

「ベルンハルトさんって、やっぱり、お茶目」

この間の職権濫用も、と言うウェンティに向かってベルンハルトは苦い顔をしてみせた。


✳︎


「なあ、お前は5502事件のことどこまで知ってるんだ?」

第6艦隊の休憩所ラウンジ。聴き慣れた声にサティは振り返った。案の定そこではアックスが片手をひらひらと振りながら立っていた。

サティは不思議そうな顔をしながらアックスの方へ歩く。

「どこまで、って……簡単なことしか知りませんが」

ことん、と首を傾げるサティに向かってアックスが笑う。

「どこまで知ってんのか気になるんだよ。よかったら教えてくれないか?」

「いいですけど……本当に簡単なことしか知りませんよ?」

傾げた首を戻しながらサティが言う。それでもいい、と食い下がるアックスに折れてサティがため息をつく。

「ルートリードにあった本部基地がダークマターに爆破された、ということしか知りません」

もちろんその時の記憶もないので人伝ひとづてに聞いただけですけど、と小さな声で付け足す。本当に基本的なことしか知らなかった。少し拍子抜けしたような驚いたような様子のアックスにサティが少し生温い視線を送る。

「だから、簡単なことしか知らないと言いました」

多少非難がましいその声にアックスが申し訳なさそうな顔をして謝る。そんなラウンジに二人もよく知った声が響いた。

『あー、マイクテスト、マイクテスト。私だ、ベルンハルト大佐だ。聞こえているか?第6艦隊の諸君、任務が入ったぞ。惑星ペルペリアのダークマター討伐任務だ。アジュアに配属された新人たちには初任務となるのか?健闘を祈る』

突然の放送に艦内の人々がざわつく。喧騒の中アックスがサティに訊ねた。

「なあ、ペルペリアってどんな星だっけ……」

困ったような顔で訊くアックスにサティが若干呆れたような顔をした。

「氷に閉ざされた惑星です。特殊な鉱石も採れ、主に私たちのようなファイターたちのパワードスーツの材料となっています。……学校で習いましたよね?」

呆れたサティの声にアックスが苦笑いを漏らす。ぞろぞろとラウンジから出ていくファイターたちに倣って二人もラウンジを出る。

ラウンジの出口で小柄な人影が壁にもたれて立っていた。

「話、終わった?」

先程のサティと寸分違わずことんと首を傾げたウェンティが出てきた二人に声をかけた。待ってたのですか、とサティが歩み寄る。

「ロディ隊長が、これを……と」

ウェンティが二人にデータパッドを差し出す。パッドを手に取ったサティが電源をつける。

その画面に惑星ペルペリアの情報とやるべき任務の詳細が表示される。

「今は絶滅したスピアテールの集落の調査、ですか。スピアテール……有尾族の一種ですね」

「そうそう、あたしたちとは別の有尾族スピアテールよ」

横から違う声が割り込んでくる。驚いた顔をしたアックスが振り向くとそこには銀色の長いツインテールをなびかせた有尾族ダブルテールの少女が立っていた。

「あ、あなたは……えっと、クラ……」

「クラリスの方よ。クラエスは今第1艦隊で任務中」

あのベルンハルトの話に出ていた人だ。アックスは一人納得した。

「クラリスさんは第1艦隊所属のスターファイターではなかったのですか?」

サティの問いにクラリスが笑って答える。

「うーん、確かにそうなんだけどね。でも今回の任務の主力ってアジュアのみんなでしょ。でも新人ばっかだと心配だからってハルトちゃんに言われて」

いや、ハルトちゃんって……。アックスは心の中で呟いた。あの厳しそうな大佐をそう呼べる人なんてそうそういないんじゃないのか?

アックスがそう思っていると、クラリスの顔が笑顔から厳しい顔に変わる。

「これ、もうきちんと読んだ?これ、実はSFとしての任務じゃないの。ロディからの任務よ」

「つまり、非公式の任務?」

訊ねたウェンティにクラリスが頷く。

非公式の任務自体はよくある。学者に地質調査を頼まれたり、新しい武器を手に入れたときに試し撃ちに行ったり。

しかしここまで厳しい顔で言うということはそういう任務とは違うのだろう。

しかも第6艦隊の隊長であるロディからの直々の任務だ。

三人は息を呑んだ。すっと真面目な顔つきになった三人にクラリスは密かに感心した。

大丈夫。この子たちならきっとやれるはず。

「これは、もしかしたらSFが隠していたことが暴かれるかもしれない任務なの。ロディの独断よ。気をつけて」

もちろんあたしもついて行くんだけど、と付け加えてクラリスが笑う。

一体ペルペリアには何があるのか。クラリスが慣れたように平然としている中三人は緊張を胸に任務への準備を始めた。

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