第5話:5502事件

「まずは5502事件について話さなければいけないな。学長のパッドを見たのなら知っているとは思うが、あの事件は三年前、惑星ルートリードにあったSF基地本部を狙った爆破事件だ」

ベルンハルトが静かに語る。

「爆破、というかだな……操られたダークマターたちが大量に発生し、そいつらが自爆したという方が正しいのだが……」


✳︎


宙暦5502年、都市惑星ルートリード。

この惑星にはいないはずの魔物・ダークマターが突如この都市惑星に大量発生した。

スターファイターたちがダークマターを討ち取っていく。倒しても倒しても、ダークマターたちは減らない。

もちろんベルンハルトもそこで戦ったうちの一人だった。パートナーウェポンのライフルをとにかく撃ち、群がるダークマターたちを次々と倒す。一体どれだけいるんだ、撃っても撃っても減る気配がしない。ライフルを連射しながらベルンハルトは進む。

仲間のファイターたちも少し離れたところで戦っているようだ。しかしそれでもダークマターは減らない。

特に強いわけでもないダークマターだが、こうも数が多いとやりづらい。ベルンハルトは相変わらずライフルを撃ちながら思った。これだけの数がいて、しかも統率がとれているということはどこかに指示を出してる奴がいるのか?

地道に敵を撃ちながら前進していくベルンハルトの前に、彼女にとっては見慣れた有尾族ダブルテールが着地した。

「ど、どこから飛んできたんだお前は……」

ベルンハルトが呆れたような声を漏らす。その人は長いツインテールをなびかせ、華麗にダークマターたちを長剣で切り裂いていく。

「どこって、そりゃ上から」

その人、もといベルンハルトの旧友であるクラエスが振り返る。上を見上げると二人乗りの乗り物ホバーカートに乗った、クラエスの双子の姉であるクラリスの姿が見えた。

「……本当に上からだった」

クラリスを見上げながらベルンハルトが呟く。

「お姉ちゃんは剣が折れちゃったから参戦しないってさ。まあパートナーウェポンだからそのうち治るとは思うけど」

じゃそういうことで、と去っていくクラリスを見送りながらクラエスが伝える。しばらく話していたうちにまたダークマターが増えている。

もし指示している奴がいるのならばそいつを叩かなければ。

「クラエス、空飛んでたんなら指示役みたいな奴見かけなかったか?」

「んー、あっちの方にそれっぽい奴はいたけど……まさか、行く気?」

訊ねたベルンハルトにクラエスが真顔で返す。

頷くベルンハルトを手で制しながらクラエスが周りの敵を斬る。

「ダメだよ、あたしたちはただのスターファイターなんだよ!?そんな偉いダークマターなんかと戦ったら死んじゃうよ!そういうのは強い人たちに任せればいいじゃない!」

クラエスが剣を回しながら叫ぶ。ベルンハルトもその後ろでライフルを撃ちながら答える。

「でもその強い人とやらが来るのにどれだけの時間がかかる!?それだけの時間でどれだけの人が死ぬと思うんだ!それに……英雄はもういない、死んだんだぞ!」

ベルンハルトの叫びに思わずクラエスが手を止める。

英雄エンデ。ファイター屈指の実力者であり、そしてベルンハルトやクラエスたちの学生時代の友人。

そして、21年前にある極秘任務に一人で挑み、死んでしまった男。

「それでも、あたしはハルトに死んで欲しくない。単機特攻なんて持っての他」

クラエスが意地の悪い笑顔でベルンハルトの方を向く。その顔で何かに気づいたのか、ベルンハルトも同じように笑う。

「ま、二人で行けば問題ないな」

その声を合図に、二人は指示役の元へと走っていった。


指示役がいたのはSF本部基地の近くだった。まるで人のような形をした、黒いドロドロの何か。

「……何?」

どこか気持ち悪い、二重に重なるような青年の声が響いた。二人が辺りを見回す。

「何か、用?」

同じ声が響く。二人はやっと誰が喋っているのかを理解した。あの指示役のダークマターだ。こちらを睨むように見ている。

『全ファイター、直ちに基地に戻れ。基地内部に強力なダークマターの反応あり。繰り返す、全ファイター……』

ルートリードの町中に備え付けられたスピーカーから上層部の人の声がする。二人は思わず基地本部の方を見た。何かが貼り付いている。あれは、ダークマターか?ダークマターが貼り付いているのか?

上空を旋回していたホバーカートからクラリスも飛び降りてくる。治った剣を構えつつ指示役に近づいていく。

「何か用、じゃないよ!あなたがこれをやったの!?」

クラリスが破壊された市街地を指して言う。指示役のダークマターはふらりとそっぽを向く。さらにクラリスが問い詰めるも指示役はそっぽを向き続けたままだ。

「ねえあなた、答えなさい……」

「やれ、ダークマター」

強い語気で詰め寄るクラリスをよそに指示役が沈んだ冷たい声で言い放つ。

何を、とベルンハルトが振り向いたその時。

轟音をたてて基地本部に貼り付いていたダークマターたちが爆発した。

基地本部が周りの建物を巻き込んで崩落していく。先ほどの放送のせいで基地に戻ったファイターたちもたくさんいただろう。ダークマターの爆発は無慈悲にも全てを巻き込んでいく。

とうとうベルンハルトたちの立つ地面も揺れ、崩れ始めた。

「乗って!」

クラリスが先ほどまで乗っていたホバーカートに飛び乗って叫ぶ。二人も急いでホバーカートに乗り込む。二人用のカートだからか、少し落ちそうになるもなんとか持ち堪える。

カートが地上を離れたその時、先ほどまで立っていた地面が崩れていくのが見えた。

指示役のダークマターはこちらを睨みつけながら、どこかへ転移していった。


「こ、これは……」

ベルンハルトたち三人は基地から少し離れたところに立っていた。基地の周りにあった無数の施設のうちの一つの跡地だ。ベルンハルトの目線の先には一人の人が倒れていた。黒い少し長い髪をしたその若者は、爆発に耐えきれなかったのかぐったりと崩れた床に横たわっている。

「まだ、生きてるよ」

腕を握って確かめたクラリスが言う。じゃあ連れて帰ったほうがいいね、とクラエスが答える。

そこまで話してから三人はふと気づいた。

連れて帰るといったって、基地が爆破された今どこに帰ればいいんだ?

周りを見回したベルンハルトが提案する。

「士官学校は崩れていない、そこに行こう」

ベルンハルトはぐったりした若者を担いで歩いた。その後ろからカートに乗った二人がゆっくりとベルンハルトの歩調に合わせてついてくる。

無言で歩いていたベルンハルトは何かに髪を引っ張られてバランスを崩した。

咄嗟に担いでいた若者を庇いながらなんとか姿勢を戻す。

「……どうした」

髪を引っ張ったその子供はベルンハルトを、というよりベルンハルトの担ぐ若者を見上げながら言った。

「どこ、つれてくの」

「士官学校だ。あそこなら安全だからな」

子供の問いにベルンハルトが答える。子供が少し安心したように息を吐く。

「ところであなたは誰なの?この子の知り合い?」

担がれた若者を指して訊ねたクラエスに向かってその子供が小さく呟いた。

「わたしは、そのひとのおとうと。または、いもうと」

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