第6艦隊編

「何をそうして話すんですか」

第4話:5502年の秘密

宙暦5505年、SF第6艦隊。

「おいサティ、どこをそんなにぼーっと見てるんだ?」

もう随分と聞き慣れた、アックスの明るい声で、サティは我に返った。

卒業試験トライアルから三日後。第6艦隊隊長のロディという男から「合格だ」と伝えられてから二日後。

第6艦隊の中で一番優秀な部隊、アジュアに配属された三人はこの数日間艦の中で初任務の司令を待っていた。学生だった時とは違う、紺色のフライトスーツと一人一人に合わせて設定された専用のパワードスーツを纏っている。

「……外を、見てました」

少し高い位置から外を見ていたサティが視線を移さず答える。

「外?なんか珍しいもんでもあるのか?」

一向に窓の外から視線を外そうとしないサティにアックスが訊ねる。サティの視線の先にはSFの船団と星々があるだけだ。特に物珍しいものはないはず、とアックスは思った。こんな空なら俺の暮らしてた惑星ダンゲロスでも見れる。そんなのをなんでサティはこんなに真剣に眺めてるんだ?

そんなアックスの困惑に気づいたのか、サティがアックスの方を振り向く。サティの不思議な虹色の瞳がアックスの姿をはっきりと捉えた。

「私は、三年前からしか記憶がないんです。その前はもっと色々なところにいたのかもしれませんが、私が覚えている一番古い記憶は病室のベッドで、その後も士官学校から出たことがなかったので……こんな景色を見るのは、この間が初めてだったんです」

サティは視線をまた窓の外に戻した。基本的に士官学生は学校から出ない。だから空を見る機会なんてない。

だから、デュナスの自然も宇宙の景色も、私にとってはすごく新鮮なものだった。

「もしかして、変でしたか?」

サティの若干心配そうな声にアックスが弾かれたように顔を上げる。

「い、いや、そういうわけじゃなくてな、嫌なこと聞いちゃったんじゃないかって思って」

慌てたようなアックスの声にサティが少し笑う。確かにみんなが知っているはずのことを自分だけが知らないというのは辛かった。でもウェンティやベルンハルトはそんな自分を受け入れてくれている。不自由したり、それが嫌だと思ったことはない。

「大丈夫、サティは悩まない。気にしてない」

後ろからウェンティが言う。驚いた拍子にアックスが段差から落ちそうになる。

「気には、してますけど……不自由はしてませんし、問題ありません」

いきなり現れたウェンティにも全く動じずにサティが返す。

「サティの記憶、外傷的に失くなった。無理して思い出させるの、ダメ」

その時のことまで思い出しちゃうから、とウェンティが言う。アックスはこのそっくりな兄弟……兄妹?それとも姉弟、姉妹?を見る。ただの兄弟にしては似すぎている二人。肩につくかつかないか程度の長さの黒髪に、不思議な虹色の瞳。もしかして、この二人は。

「……どうしましたか、アックス」

サティが首を傾げてみせる。アックスは少し迷った後、口を開く。

「あの、嫌だったら答えなくていいんだけどさ。二人は5502事件って知ってるか?」

その言葉にサティがさらに首を傾げる。

「5502事件……ですか?聞いたことならありますけど」

「……サティ」

やっぱり。アックスは思った。5502事件、それは三年前に都市惑星ルートリードで起こった事件。しかし、その情報は厳重に管理されている。その事件を見聞きした人は記憶を消されているという噂さえあるほどだ。

アックス自身も学生時代にこっそり学長のデータパッドに書かれていたそのレポートを読んで知っただけで、詳しいことは知らない。ルートリードにあったSF本部基地が爆破されたということぐらいしか知らないのだ。

ウェンティが咎めるような目つきでサティを睨む。

「……ごめんなさい」

サティが顔を背ける。

「ベルンハルトさんから、説教かも」

ウェンティが小さく呟く。その声に考え事を再開していたアックスが顔を上げる。

「ベルンハルト大佐も関わってんのか?」

アックスの驚いたような声にウェンティがびくりと体を震わせる。いつも無表情なウェンティの顔に、焦りが浮かんでいた。これはあまり突っ込まない方がいいかもしれない。

「まあ、最初にも言ったけど傷つけるつもりはないから嫌なら答えなくていいんだけどね」

アックスが真面目な顔から一転して屈託なく笑う。サティもそれを見て何事もなかったかのように窓の外に目を戻し、ウェンティも大人しくサティの隣で外を見つめた。


✳︎


数時間後。

「ベルンハルト大佐、話があるのですが」

艦の奥にある、特別に作られた大佐の部屋の扉がノックされた。

「入れ、何の用だ……アックス」

扉の向こうでは赤髪のハーピィが椅子に深く腰掛けていた。鋭い目がアックスを射抜く。アックスは気圧されつつも口を開いた。

「大佐、あの二人は何者なのですか」

「……さて、どこで気づいた?あの二人は至極普通の『優秀なスターファイター』のはずなんだが」

やっと声を出したアックスに向かってベルンハルトが厳しい声を投げかける。ベルンハルトの背中の羽が少し逆立つ。警戒している証拠だ。

「そうですね、5502事件とでも答えればあなたは満足しますか」

負けじとアックスが答える。ここで引いてはいけない。気になるじゃないか。

それに、秘密を抱えたままの仲間と任務になんて行きたくない。

アックスの強い目線にベルンハルトが呆れたようにため息をつく。机の上に積まれたデータパッドから一枚を取ると、彼女はアックスからデータパッドへと目線を移した。

「お前こそそれをどこで知った、と訊きたいが。大方学長のパッドを盗み見でもしたんだろうな。あいつはセキュリティが緩い」

ベルンハルトが視線をアックスに戻す。

「いいか、今から言うことは他言無用だ。漏らした時点で命はないと思え」

アックスが息を飲む。ベルンハルトの右手がライフルに変形する。

「それは、特命令ですか?」

「その通りだ。話した時点で、相手もろとも私が殺しに行く。この先の話を聞きたいのなら、その覚悟で聞け」

アックスは突きつけられたライフルを見ると、ベルンハルトに視線を戻し、頷く。

「お前はあの二人の『仲間』なのだからな、知る権利がある。私とて仲間に隠し事をされるのは腹が立つ」

座れ、とベルンハルトが向かいの椅子を指す。

アックスが座ったのを確認すると、ベルンハルトは静かに語り始めた。

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