No2は伊達じゃない_4

「いいわ、ヴィスにだったらなんだって教えちゃう」


「ちょっと待ってください、ラセルア様っ!」


 割り込んできたのは、あのメイドだった。ヴィスは邪魔だと思いながらも、成り行きを見守ることにする。ヴィスは知っていた。何も変わらないということを。


「ラセルア様、正気を取り戻してください。今のあなた様は正直何かおかしいですよ」


「何を言っているのですか、ヴィスの為ならなんだってします。それが惚れた女の務めなのよ」


 ラセルアは目がハートのままメイドに迫る。メイドは、目を覚ませと言っているが、ラセルアが正気に戻る気配は一切ない。


「ラセルア様、あなたはこの国の女神なのですよ。この国を導く立場であらせられます。そんなあなた様が一個人の為に大切な情報を漏洩する気ですかっ」


 メイドの言っていることは正しい。確かに正しいのだが、気の狂っているラセルアはそんな言葉に騙されない。きつめに目を吊り上げる。


「私はこの国の女神である前に一人の女よ。女神だから人を好きになることが許されないとでも? それこそ差別じゃない」


 確かに、誰が誰を好きになろうとそれは関係ない。だけどラセルアは国の指導者なのだ。個人の感情と国のことを分けて、キッチリとしなければならない立場なのだ。

 だけど恋は人を、いや女神すら盲目にしてしまうのだ。だからラセルアは、メイドの言葉を聞き入れない。

 ラセルアはヴィスの前ではダメな女になるようだ。しかもラセルアはどちらかというと、好きな男に貢ぎに貢いで、貢いでるのだからきっと愛してもらえるはずと勘違いしちゃう系のダメな女なのである。


「ラセルア。お願いだ。教えてくれ。これはお前のためでもあるんだ。な、いいだろう?」


 ヴィスはさりげなくラセルアの顎をくいっとして、真正面から見つめる。ぶっちゃけこの行動は好きでもなんでもない男にやられると生理的嫌悪感に見舞われるだけなのである。

 だけどラセルアはヴィスを心の底から愛していたのだ。もう、目がハートでヤバイ状態になっている。

 これはもう、完全に落ちていた。


「えっと、放浪の叡智の情報だっけ。今わかることは何でも答えてあげる」


「助かる。あいつらとちょっともめていてな。それに怪しいことをしているんだ。これ以上見過ごせない」


「ヴィス…………」


 なんか、俺、これから正義のために戦います的な雰囲気を出しているヴィスだが、実際は私利私欲のために動いている。そんなダメ男にコロッと騙されちゃうラセルアも、ダメな女なんだろう。


「騙されてはいけませんラセルア様。正気になってください」


「私は正気よっ! ヴィス、よく聞いて」


 ヴィスとラセルアがいい雰囲気を出す。セーラがこの空気に、なんだかおろおろとし始めた。きっとこういう雰囲気に慣れていないんだろう。アティーラは、まあ相変わらずなんというか……。


 ヴィスの仲間は特に慌てる様子もない。だけど先ほどからメイドがすごく慌てている。セーラもアティーラもそれだけは気になっていた。なのでセーラはいつでも動けるように準備をして、甘い空気から気を反らそうとする。


「放浪の叡智は特に犯罪を犯していない無害な団体よ。昔は人々の為に動いていた素晴らしい団体だったわ。今はよく分からない方向に進んでいるけど。最近の活動内容は変な骨董品とかを集めて研究しているって感じかな? 昔と比べて人のために行動するようなことはなくなったけど、別に危険なことをしているわけでもないので国としては放置しているわ。資料によると、集めた骨董品を媒体に魔法の研究をしているみたい。今も昔も魔法漬けなのね、あの組織」


「なるほどな。それで、そいつらの居場所は分かるか」


「ええ、私は詳しく分からないけど」


 ラセルアがゆっくりとメイドを指差す。


「そこのメイドさんが放浪の叡智の一員なので詳しく聞くといいわ」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴィス、セーラ、アティーラの視線が一斉にメイドに集まった。

 メイドも、くてくてを狙う集団がいることを知っており、さらにラジェリーがやられたという報告も入っていた。でもまさか城までやってくるとは想定していなかったのだ。

 故に、必死になって自分の正体を隠そうとした。正直、メイドはこう思っていたのだ。

 一般人にそんな情報を渡す女神なんていないと。

 だけど相手がヴィスだったのと、捨てられたショックで寝込んでいたせいでいつもより口が軽くなっていた。


 メイドにとっては予想外の出来事だったのである。当然メイドは……。


「ラセルア様……お暇をいただきます……」


 全力で逃げた。それはもう全力だった。


「すまないラセルア。俺はあいつを追うことにする。結構やばい案件なんだ」


 ほかの女を追いかけようとしたヴィスにちょっとだけ文句を言いたかったラセルアだが、ヴィスの必死な表情と、逃げたメイドへの不信感から、ヴィスの言葉を信じることにする。


 ヴィスたちは、見送ってくれるラセルアに軽く挨拶をした後、メイドを追いかけるために外に出た。メイドは意外と足が速く、アティーラがすぐに脱落しそうになる。


「セーラ、その借金を適当に拾って後から来てくれ。このメイドは俺が何とかする」


「わ、わかりました。という訳で、ていやっ!」


 セーラがヴィスに何かをする。ヴィスの腕に印のようなものが付いて、淡い光を放ち始める。


「それはマーキング魔法みたいなもので、一定時間の間であれば居場所を把握できる魔法でです。あれを拾って必ず追い付きます」


「分かった、アティーラのことは適当に取り扱っといてくれ」


「了解しましたっ!」


 ヴィスは走るスピードを上げてメイドをを追いかける。セーラとアティーラを置いていったヴィスのスピードはかなり早くなっており、メイドとの距離をグングン地締めていく。


「っち、なんでこんなすぐに……私のは奪われるわけにはいかないんだ」


 メイドだって負けてはいなかった。ヴィスに追いつきそうだと思ったとたんにスピードをさらに上げる。もはや人間業ではなかった。黒をイメージしたメイド服。戦闘メイド服みたいで光沢がある分、走るメイドの姿は台所に出現する主婦の敵と酷似しているようにみてた。多分触覚がうにょんうにょんしてたら全く同じに見えていただろう。


 メイドが城を出て下町に入った途端、道行く人が遠ざかる。早くて怪しいからではない。黒光りする怪しい奴に見えているからこそ、近づきたくないのだろう。

 ヴィスも本当なら近づきたくはなかった。一瞬でも黒光りするあいつのことを思ってしまうと、どうしても近づくのに嫌悪感を感じてしまうのだ。

 ある意味で仕方のないことかもしれないが、ヴィスにも目的がある。くてくてを手に入れて欲望に満ちた願いを叶えてもらうことだ。そのために、放浪の叡智のメンバーであるメイドを逃がすわけにはいかなかった。


 メイドも敵がくてくてを狙っていることを知っているので必死に逃げようとする。でもなかなかヴィスを引きはがせないことに悩んでいた。


 だからこそ、メイドは動き出すことにした。


 人が誰もいないし誰も入らないような森の中に逃げ込むメイド。ヴィスはそれを追いかける。

 生い茂った森の中を進むと、その先には古びた洋館があった。


 静かな雰囲気があり、とてもきれいな場所だった。神秘的で、幻想的で、物語の中に出てきそうな洋館。その入り口の前でメイドは振り返る。

 そして、覚悟をした目でおってきたヴィスを睨みつけた。


「ようこそおいでくださいました。せっかくですからお墓をたててみてはどうですか」

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