No2は伊達じゃない_3

 開かずの扉を開くと、中にはベッドがあり、もっこりと膨らんでいた。まるで芋虫のようにうねうねとしていて、中からぐすぐすといった声が聞こえてくる。ずっと泣いているようだ。あれから一体どれだけの日数が経ったのだろうか。そこそこ立っているのだがいまだ立ち直れない。


「おーい、ラセルア。やってきたぞ」


 ヴィスが声をかけると、ガバッと布団から出てきたラセルアが出てくる。目元が少し腫れていていた。

 ラセルアはヴィスが戻ってきてくれたと嬉しそうな表情を一瞬だけ浮かべたが、セーラとアティーラを見て、表情が固まる。


「ヴィ、ヴィス? その後ろの女、誰?」


「ああ、紹介しておく。俺の弟子のセーラ。一応神聖セルーア帝国の皇女様だ。人を殴ることが好きでちょっと頭がおかしい子だがいい子だぞ」


「皇女様……。でも弟子、なんだよね。男女の関係じゃ、ないんだよね」


 ラセルアはプルプルと震えながら聞く。聞きたい、でも聞きたくないという表情を浮かべている。


「そうです。私は弟子になるために身も心も師匠に捧げましたっ! 私は、師匠のように人を殴りたい。人の苦しむ表情を見たい。悪人を……ぼこぼこにしたいのです。だから私は……師匠にすべてを捧げましたっ!」


「す、すべてっ! すべてって何! いったい何を捧げたのよっ!」


「えっと………………金? 体は拒絶されたのでそれ以外に渡したのは金と労力しか渡してないですね!」


 それを聞いたラセルアはちょっとだけ安心したような表情を浮かべる。金づるだと分かったけどまだ安心はできていないようだ。ラセルアの視線はアティーラに移る。

 ヴィスは少し考えた後、一番しっくりくる言葉を言った。


「借金」


「借金!? いったいどういうことよ。もしかして、その女に借金をしてヴィスがつらい目に……。いや、逆にヴィスがお金を貸して返済できないようにしていることもあり得る……。そんなに女に飢えているなら私を愛せばいいじゃない。戻ってきてよヴィスぅ」


 めそめそしだすラセルアに、ヴィスは大きなため息を吐いた後、アティーラがどういう存在なのかをちゃんと説明した。


「ラセルア、聞いてくれ。これはただの借金まみれで人生……いや女神生か? まあどっちでいいが、いろいろと詰んじまって後がないやばい女に付きまとわれているんだ。普通の女ならすぐにでも捨てていたが……」


「え、そうなのっ!?」


 ラセルアではではなく、アティーラが驚きの声を上げる。借金まみれの女は、自分が捨てられないのは自分が仲間に迎え入れられていたからだと思っていたらしい。本当に残念な女神である。


「私、ヴィスに捨てられたら生きていけない。この借金どうすればいいのよっ!」


「いや、普通に働いて返せよ」


「まともに働いたら負けだと思っているわ」


 間違った思考を持つアティーラに、ヴィスたちは冷たい視線を向ける。まずいことを言ったと思ったのか、アティーラは額から汗を出しつつ、ゆっくりと後ろに下がった。


「ごめんなさい、静かにしているから見捨てないでください」


 今見捨てられたら、アティーラは確実に大変なことになる。借金が少しではあるが返済ができているのもヴィスが仕事をくれるからだ。もしヴィスが仕事をくれなければ、アティーラは女を売るお店に売られてしまうことになる。女神のプライドがその仕事だけはやりたくないと言っているので、現状ヴィスにしがみつくしかなくなっているのだ。

 それを知っているからこそ、ヴィスはアティーラが嫌がることばかりして楽しんでいるところもある。


「でもよかった、ヴィスが戻ってきてくれて。私、ずっと寂しかった」


 布団から出たラセルアがゆっくりとヴィスに近づく。だけど今まで布団にくるまって泣いて板と言うことを思い出し、今一度自分の姿を確認した。少しぼさっとしている自分の姿に気が付いたラセルアは、困ったような表情を浮かべる。


「ごめんなさい。こんな格好で。今身だしなみを整えてくるから少し待ってもらえるかしら?」


 ラセルアが部屋の奥に行ってカーテンを閉める。シルエットが丸わかりだったので逆にエロい演出になっていたが、ヴィスはいつもの光景にしか見えなかったので、特に同様することもなかった。だけど周りが違った。


「師匠、アレ、いろいろとやばいと思うんですけど。女神ってこんなものなんでしょうか?」


 セーラの言うアレとは、もちろんラセルアのことである。セーラは口元を抑えて小さく体を震わせていた。ほんのりと顔が赤く見え、目を大きく開いている。はたから見ても動揺していますという雰囲気をひしひしと感じた。


「女神って、あんなものだろう?」


「そう言える師匠がすごいです。普通女神様にお近づきになれる機会なんてそうそうないのに。こんな光景、一般人はおろか国の重鎮ですら見ませんよ。見せたら女としてちょっと終わってますから」


「まああいつも俺と二人の時以外は見せなかったけどな。今はあれだろう。色々と忘れている的な感じか。ちょっと注意してやるか。おーい、ラセルア。お前シルエットがかなりエロいことになってるぞ」


 女神であるラセルアに気兼ねなく言うヴィスに、一同は驚いた。だけど、ラセルアの言葉でヴィス以外はさらに驚くことになった。


「ほかに異性がいたら気になるけど、今いるのってヴィスだけでしょう。ヴィスなら大丈夫だって私、信じてるから」


 ラセルアの言葉を聞いたセーラとメイドは唖然としている。アティーラは何か頷いていたが、何を理解したのだろうか。おそらくも考えていないだろう。

 それよりも、大国の女神がこれだけ信用を向けるヴィスという男、こいつはいったい何者だろうかということがセーラとメイドを悩ませる。セーラはすぐに「師匠だから」と納得したが、メイドはラセルアの世話も行っているために、その疑問がなかなか払拭できなかった。


 そんなほかのメンバーを置いておいて、ヴィスとラセルアの話は進む。


「ヴィス……戻ってきてくれたの?」


「いや、俺には、やることがあるんだ。だから今すぐには戻れない」


 まるでこれから戦場にでも行く戦士の顔でラセルアを見つめるヴィス。ある意味で詐欺みたいな程かっこよく見えてしまったラセルアは、ぽっと頬を染める。


「私を捨てたんじゃないのなら、うれしい。それだけで私は頑張れるわ」


「すまないな。こんなのばっかで」


「私は大丈夫。惚れた男が何か大切なことをやろうとしているんですもの。支えるのが私の役目だわ」


「いつも悪いな。お前ばっかりに支えさせて。本当なら互いに支えあうのが正しい姿なのに」


「それはしょうがないわよ。わたしには私の、ビスにはヴィスの役割があるんだから。互いにそれを理解したうえで支え合うのが家族ってものでしょう」


「ああ、そうだな」


 別にヴィスとラセルアは家族でも何でもない。それどころか付き合ってすらいない。もうラセルアとヴィスの関係は破局を迎えたのだ。だけどヴィスが戻ってきたという嬉しさから、ラセルアは思考が暴走していた。

 彼女の頭の中は、すでに二人が夫婦だったという感じになってると思える。ヴィスはその話に乗っかることにした。理由はただ一つ。面白そうだからだ。

 面白いのは面白いのだが、そろそろ本題に入らなければならない。ヴィスは、いたって真面目な顔つきで、ラセルアにお願いした。


「ラセルア。もしわかるなら教えてほしい。放浪の叡智という組織のことを……」


 その言葉を来たラセルアの目は、ハートでいっぱいだった。この女神、割とポンコツかもしれない。

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