廃墟での裏取引_4

「そしてあなたから、女神像の存在がビンビン感じられます。あなた、それを知っていて隠していますね。我々にはそれが必要なのです。くひひひひひひ」


 男はとても気持ち悪く笑ったと、纏っていたマントをバサッと放り投げた。そして男の近くのがれきがガタゴトと動き出し、そこから2体の可愛らしい女の子が飛び出してきた。だけど女の子の動きは不自然で、まるで人間では無いかのようだった。


「私は【傀儡子】ラジェリー・ドール。あなたが持っているその女神像、いえ……くてくては我々放浪の叡智が探し求めているモノなの。あなたにはそれを渡してもらう。もし抵抗するようなら…………力ずくで奪ってやる」


「…………放浪の叡智、だと」


 その言葉をヴィスは少しだけ知っていた。でもその認識は怪しい人達が怪しく集まって怪しいことをするぐらいだと思っていた。

 だけどその組織が何をしている組織なのかは全く知らなかった。


 変な組織が何か活動をしているのなら、それに対処しなければいけないのが国の責任だ。知っていて何も対処せずに国に被害が出てしまえば問題になってしまう。当たり前のことだ。

 当然ヴィスが言葉を知った経緯はラセルアからの報告であったが、怪しげな恰好をして怪しげな動きをするだけで特に変なことはしていなかったはずなので無害認定していた組織だった。

 ヴィスが知っている情報と言えばそれぐらいだが、まさか無害認定された組織がくてくてを狙っていたとは、ヴィスも考えていなかった。


「ランジェリーって……下着野郎の変態にやるもんなんてねぇよ」


「ラジェリーだ! その名で呼ぶな。気にしてるんだ!」


 【傀儡子】ラジェリー・ドールは少し怒り気味に言い返してきたので、ヴィスは「お、おう」と素直にうなずいてしまう。


「それは我々の、いや、私の崇高な目的にこそ使われるにふさわしい。さぁ、その女神像を私に渡すのだ」


「っけ、お前がどんな願いを持っているのかしらねぇが、そう簡単にやるかよ。これは俺のモノだ。ついでにお前が持っているくてくてをよこしやがれ」


 まるで盗賊のように剣を取り出して脅すヴィス。はたからみたら悪いのは絶対にヴィスの方だろう。でも残念なことに周りには誰もいなかった。ヴィスは堂々と恫喝する。


 だが相手は怖がっている様子も、怯えている様子も見えない。ただ不敵に笑うだけだ。


「貴様がどのようなものか知らんが、そのような言葉におびえる私ではない。私には、かなえなければならない願いがあるのだっ」


「どーせくだらねぇ願いだろう。だったら俺によこせ」


「くだらなくない。だったら貴様に聞かせてやろう。私の願いを。私の辛くて苦しい日々を……」


 唐突に語りだす敵を目の前に、ヴィスはただ茫然とした。この隙を狙って相手を倒し、くてくてを奪ってもいいのだが、ラジェリーの語りだしに興味を持ち、そのまま話を聞くことにした。


 【傀儡子】ラジェリー・ドールはとあるドール用衣服専門店の家系に生まれた。職業がちょっと特殊なだけで、割と普通の家庭だった。だけどこと人形の、特に下着のことになると、頭のおかしい両親に、天啓がひらめいた。


「そうだ、可愛い女の子のお人形の下着のようにかわいい子に育ってほしいから、ランジェリーってどうだろうか」


「でも流石にランジェリー・ドールは可哀そうだよ。ランジェリーからンを抜いてラジェリーにしよう。ほら可愛くなった」


 とまあこんな感じで適当に名を付けられたラジェリー。この時、この瞬間に、彼は地獄のような人生を歩むことが決定した。


 家の仕事と名前から、彼の名前、ラジェリーはランジェリーから取ったものだとすぐに分かった。そして周りの、特に同年代の女子から名前のせいで言われるのだ。


「下着男が来たわ。早く隠れないと私たちの下着を脱がしに来るわよ」


「うわぁ、下着野郎、この変態っ!」


「変態下着男が来たわ。警察に電話しなくちゃ」


 さんざんだった。特に何もしていないのに、さんざんな対応だった。名前がラジェリーと言うだけで変態扱いされる日々。

 下着が盗まれるという事件が起こった時、名前がラジェリーと言うだけで疑われて、「お前、下着が大好きだもんな」と犯行を押し付けられたこともあった。

 名前を選ぶことはできないのに、その名前で人々に差別される。

 名前で人を評価され、名前ですべてを判断され、ラジェリー本人の人間性は評価されない。

 名前を聞くたびに人は言った。「ラジェリー……、もしかしてランジェリー的な? うわ、下着やろうじゃん」と。


「ある時、我々は知ったのだ。全ての願いが叶う願望器、くてくてというものがあることを」


 ヴィスは、「くてくてって願望器じゃなくて願いの女神様のところに行くためのアイテムみたいなものなんだが……」と小さくツッコミを入れたが、語りに熱が入るラジェリーにその言葉は届かない。


「私には叶えてもらいたい願いがある。この名前を、ラジェリーという変態チックな名前を、どうにかして変えたいのだ!」


 どの国にも改名の制度はない。一度親につけられた名前とは一緒付き合っていかなければならないというのは、どこの国でも一緒だった。故にラジェリーは一生下着野郎のレッテルを張りながら生きて行かなければいけないことが生まれた瞬間に義務付けられた可哀そうな男だった。

 その熱意に、さすがのヴィスも少し狼狽えてしまう。


「下着野郎と言われ続け、それから逃げるように改名しよとしてもできず、懸命に戦ってきたっていうのか……かっこいいじゃん、お前」


「ふん、別にお前に褒められても……」


 ヴィスとラジェリーの間で、危ない友情が芽生えそうになる。


「だが安心しろ、ラジェリーと言ったな。お前は女神像……いや、くてくてがなくてもその願いは叶えられる。このおれなら叶えられる」


「な、なんだとっ。それは本当か!」


 ラジェリーはヴィスに詰め寄る。それほどまでに自分の名前を変えたいようだ。


「本当に、本当に名前を変えることが出来るのかっ! この国には改名の制度がないんだぞ、どうやって変えることができる」


「俺はラセルアとこれだった」


 ヴィスはそっと小指をたてる。その意味はつまりアレである。


「あいつに頼んで改名の制度を入れてもらおう」


「ほほほほほほ、本当かっ! そうだな、女神様がいいって言えばそれが叶うな」


「あ、やっぱ駄目かもしれない。この前捨てたばかりだから、今は多分寝込んでいる。あいつ寝込むとなかなか復活しないからな。今は多分死んだような生活してるわ」


 まるで一度同じようなことをしたことがある口ぶりでヴィスは語る。


「あいつ、ちょっとしたこと言うとすぐふさぎ込んで公務を怠るからな。今回はかなりやらかしてるから数か月は引きこもるんじゃねぇ? まあ俺が行けば顔出しはするだろうけどさ」


 語る言葉一つ一つが屑のそれだった。そんなヴィスの言葉にラジェリーは肩を震わせる。


「まあすぐには無理だけど、あいつが復活したらいけるから、それまで待ってくれ。もしかしたら無理かもしれないけどな。この前捨ててやったからかなりふさぎ込んでいるみたいだし。はっはっは。まあしょうがないよな。あいつ、俺に働けって言ったんだぞ。理不尽だろう。まあでも、俺はラジェリーって名前、良い名前だと思うぞ。たくましく生きろ。という訳でお前が持っているくてくてを寄越せ」


 自分勝手なことばかり言うヴィス。関節技をきめられていたアティーラも、この言葉には絶句した。セーラはかっこいいとよろこんでいたみたいだが。そしていろいろと言われたラジェリー本人はと言うと……。


「ぶっ殺す……」


 それはそれは激おこだった。

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