廃墟での裏取引_3
「さて、暇な時間で軽く修行をつける。準備はいいか!」
「はい師匠!」
準備は完璧だというように元気よく返事をするセーラ。ヴィスは、「元気がよろしい」とうなずく。
ヴィスはアティーラを括り付けていた板から解放する。すぐさま逃げようとするアティーラをヴィスは再び捕まえた。
必死で逃げようと考えるアティーラだったが、よくよく考えればヴィスのもとを逃げると借金取りに終われることになるのだ。
ヴィスがいるからアティーラはお金を稼げる。稼げるということは、借金を返済する見込みができたということであり、だからこそアティーラ自由でいられる。
もしヴィスのもとを逃げ出して、返済できるかわからない状態になった時、借金取りの監視下のもとで強制的に働かされることになるだろう。
もちろん、働かされる場所は借金取りが別で運営している風俗だったりなんだったりといういかがわしい夜のお店だ。
女神なアティーラはきっと夜のお店で大人気になるだろう。本人は性格こそあれだが女神としての美貌を持っている。だけど本人がそんな働き方を望んでいるかどうかは別の話。
夜のお店で働くのが絶対に嫌だったアティーラは、ヴィスから逃げるのをあきらめた。
「さて、今日は査定の時間もあるからそこまで時間はかけられない。軽く寝技を教えようと思う」
「はい、師匠!」
「ちょっと待って、寝技っ! 夜の技なんていらないわよ、私に何させるきよ!」
アティーラが何かを勘違いしながらヴィスに文句を言ってくる。
それを華麗に無視したヴィスは、とりあえず十の字固めをアティーラに決めた。
「いたたたたたたたたっ!」
「いいかセーラ、これが十の字固めだ。とても簡単な技だが決まると相手の表情が苦痛で歪むぞ!」
「なんて素晴らしい技なんでしょう! 借金の顔がすごいことになってます」
息を「はぁはぁ」と荒げて少し興奮気味にセーラはいった。ちょっとだけ怪しい人になってしまっている。それにしても、いつの間にかアティーラのことを借金といいはじめるとは、なかなか見どころがあるじゃないか!
「よし、俺がこいつが暴れないように押さえておいてやる、だから思う存分技をかけるんだ」
「でも師匠、私は人を殴りたいんです。寝技なんて……」
「馬鹿野郎っ! サブミッションは王者の技。って異世界漫画オタクで有名なシュティア様が『同人誌』なるモノにかいていた」
あれは異世界、日本と言う国のとある漫画だったような……ということを思い出しながら、ヴィスは適当な説明をする。
セーラは「なるほど」とヴィスの言葉に納得して、アティーラに向かって技をかけた。アティーラは泣いて苦しむが、ヴィスのある言葉で喜んだ。
「アティーラ、これに耐えたら後でお小遣いをやろう」
「私、まじめに頑張るわ、あたたたたたたたた」
苦痛に顔をゆがめながら浮かべる笑顔がとても気持ち悪かった。どう見ても痛いのを喜んでいる変態さんにしか見えない。
それにしてもとヴィスは思う。アティーラの存在は人は欲望のためになんでもするという言葉を体現しているかのように見えた。実際アティーラは体を売る行為以外は何でもする。血なまぐさいところの掃除も、いやいやと言いながらもお金のためにせっせと働く。まるで欲望の化身だ。
今だって、アティーラはお金のためにセーラに関節をきめられて非常に痛そうにしている。実際にいたいのだろう。
それでも笑顔でいられるのは、きっとお金というのどから手が出るほど欲しいものがもらえるということがわかっているからだろう。
もはや理性のかけらもない、女神(笑)なアティーラはお金のためにいろんなものを捨てていた。
もはや女神ではなく欲望の化身だった。
(正直言って、こいつ気持ち悪いな)
欲望のままに動く人間を、人はあまり好ましく思わない。理性のかけらもないまるで本能だけで動く動物のような人間に、人はなぜか嫌な気持ちがわいてくるという。
アティーラのことをセーラに任せて、俺は怪しげな男のところに向かう。
「鑑定はどんな感じだ」
「くひひひひひ、こりゃいい。いいものがたくさんありますね。これならそこそこいい値が付くはずですよ、くひひひひひひ」
(こいつ、さっきまでこんな笑い方していたか?)
なんかとても気持ち悪い笑いをする男に、ヴィスはちょっとだけ引きつった笑みを浮かべる。
ヴィスは自分のことをロクデナシだという自覚を持っている。でもだからと言って気持ち悪いと思われたいとは思わない。
ロクデナシなりにかっこよくいきたいのだ。
でも目の前にいる男は……。ヴィスは引きつった笑みを浮かべながら一歩後ろに引いた。
「お客さん……それは流石に傷つくな……」
気持ち悪い怪しげな男も、ヴィスが何を思っているのか察して、残念そうな表情を浮かべる。小さく「一割減」と呟いたので、ヴィスは慌てて言い訳を言った。
商人であるだろう男も、気持ち悪いと思われたから適正価格で買い取らないなどはしないだろうが、売りて側からしたらそんなことは分からない。それにヴィスは商人ではないし、売っている者は訳アリ品だ。
「ところでお客さん。この訳アリ品、ウィレット魔導連邦国とギリティア王国の間の街道に出没していた盗賊の品……と言いましたよね?」
ヴィスに尋ねる男の瞳は濁っていた。先ほどとは違う狂気の色が宿っていた。わずかに漏れる殺気、ヴィスは思わず構える。
「お客さん、そんなに構えなくても大丈夫ですよ。ええ、大丈夫ですよ。あそこの盗賊には、ちょっと狙っていた品がありまして……もしかしてと思って探しているのですが、見当たらないのですよ。だから、念のために、ね」
ぞわぞわぞとする気奇妙な感覚をヴィスは感じた。こいつは敵だと本能が告げている。
構えを解きつつも、警戒心を緩めない。ヴィスはいつでも戦えるように神経を研ぎ澄ませる。
「確かに、ウィレット魔導連邦国とギリティア王国の間の街道に出没していた盗賊の品だよ。そして俺たちが必要としない宝を売りに出している。あんたの欲しいものがたかったんだったら、それは俺らが必要としているもんだったってことだ。諦めてくれ」
「くひ、それはそれは……。ちなみに、ちなみになんですがね?」
にんまりとした笑みを浮かべ、男は言う。
「その宝の中に、女神像はありませんでした」
「…………いや、なかったと思うぞ」
「くひひ、そうですかそうですか」
ヴィスはとっさに嘘をついた。理由な特にない。だけど男の言動が、とても嫌なことを連想させた。ヴィスの本能が告げている。こいつは敵だと告げている。
「それは、嘘ですねぇ」
濁った眼がヴィスを見つめる。セーラとアティーラは異変に気が付かず、いまだに関節技をきめていた。
「あなたが持っている女神像……それを譲ってほしいんですよねぇ。知ってるんですよ、ええ知ってるんですよ。その女神像はとっても、とーぉっても重要なもので、我々が集めているモノなんですよぉ」
(こいつら、アレがくてくてだということを知っている? というか、俺たちのほかにくてくてを集めている奴らがいたということか)
「知らないものは知らん。気のせいじゃないのか?」
「気のせいなわけないでしょぉ。あそこの盗賊団が持っていることは調査済みでしたから。我々が直接狩りに行く予定だったのに、あなたたちが横から入って来て……ああ、ぁぁぁぁ、ああぁぁぁぁぁ」
男は頭を掻き毟る。そして狂ったような叫びをあげた。
「いぎゃああああああああ、痛い、痛いから、ちょ、ま、ギブゥゥゥゥゥ」
「ほ、や、たー。これでどうだ!」
こんな、いかにもイベント発生時であっても、セーラとアティーラはこの状況の変化に気が付くことはなかった。
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