廃墟での裏取引_2

「ヂュフフフフフフ、お前さん、訳アリ品を売りに来たんだな。どんな品を持ってきた」


 廃墟の奥から現れたのは、マントで姿を隠した怪しげな人物。声色からして男だと思われる。

 ヴィスは臆することもなく平然に答える。


「俺たちは西の街道に住み着く盗賊を討伐した。そこで奪った……じゃなくてもらい受けた盗賊の宝を売りに来た」


「ほう、あの盗賊を……。あそこにはぜひとも欲しい宝がありまして、それを売っていただけるのでしたら大歓迎です」


「ほう、それはなんだ?」


「そ・れ・は……秘密です」


 かわいらしく言っているようだが、マントの男の声はそこそこ低いのでとても気持ち悪く見える。ヴィスは特に気にした様子を見せないが、セーラとアティーラは精神的なダメージを負ったようだ。とても険しい表情を浮かべている。


「よし、セーラはアティーラをその辺に立てかけてこっちを手伝え。あいつに鑑定してもらうために宝を広げるぞ」


「了解です、師匠!」


「ねえちょっと待って、私いつまでこのままなの、ねえちょっとまってよぉぉぉぉ」


 アティーラはがれきの近くに立てかけられた。何やら慌てた表情をしながらもじもじと動いている。どうやら縄抜け的なことをしようとしているらしい。ヴィスは、無駄な努力だなと鼻で笑う。

 ヴィスとセーラは、アティーラを無視して盗賊から奪ったものを並べた。

 ふと、正義っこのセーラが盗賊の宝を奪ったことについて何も言ってこないことが気になっヴィスは、さりげなく聞いてみた。


「なあ、どうして俺に文句を言わないんだ?」


「何がですか?」


「いや、盗賊の宝をこうして売りさばいていることについてだよ」


「私は別にいいと思いますけど。それがルールに反した違法的なことであれば師匠であっても文句は言いますが、そもそも盗賊の宝の所有権は盗賊を討伐したものって国際法で決まっているじゃないですか。法に反していない限り、それはグレーかホワイトであってブラックではないので、私個人としての粛清対象に入りませんよ!」


(なるほど、法に触れてさえいなければいいのか……)


 さりげない会話の中でセーラの取り扱いを学んだヴィスは、できるだけ怒らせないようにしようと心掛けた。

 なにせセーラは便利なお手伝いであり、そして金づるだ。皇女様という大金持ちが貢いでくれればそれだけである程度人生が豊かになる。ヴィスは「くっくっく」とゲスな笑みを浮かべた。


「どうしましたか師匠? 素敵な笑い方をして……」


 これを素敵な笑いと言うのであれば、セーラは一般的な感性から少しずれているのかもしれない。


 どうでもいい話はさておいて、お宝を広げたヴィスとセーラ。フードの男は待ちわびたかのように手をすり合わせながら宝に近づいて、一つ一つを観察していく。


「ふむ、どれもこれも質がいいですね。これならいい値が付けられそうですよ」


「ふむ、だろう?」


 ヴィスは何よりもお金が好きだ。物を売るときだって、いかにして高く売れるかを考える。

 一つ一つの商品を磨き、商品価値が落ちそうなところは修復する。光沢が出るぐらいに磨けばそれなりに高級感があるものに見えるだろう。

 盗賊が持っているお宝は、基本的に金目のものが多いのだが、保存が雑で、そのまま売っても大したお金にならない場合が多い。

 それは盗賊だから仕方がない。盗賊にしっかりとした宝の保管を求めるのも無理がある。あいつらは宝を奪って売りさばくのを生業にしているのであって、宝を丁重に扱うのが仕事じゃない。


 それに、盗賊にはガサツな奴らが多いため、どうしても傷がついたりなどが怒ってしまいがちだ。元々そう言った管理ができるのであれば、そもそも盗賊なんかに身を落とさないだろう。宝の管理はそれはそれで仕事になる。特にお偉いさんの宝物庫の管理とか、質が落ちてしまう歴史的建造物の管理だとか、まあ仕事は色々あるのだ。


 そう言うことが出来ないからこそ盗賊に身を落としているわけだ。

 だけど、商品価値が落ちて、手元に残るお金が減っても、そもそも計算ができないのだから仕方がない。

 所詮盗賊、犯罪者なので仕方のないことではある。だからこそヴィスは盗賊たちとは違うんだなというところを見せたかったのかもしれない。

 何より、お金は正義なので高く売れて悪いことにはならないだろうと思っていた。


「さて、少し時間ができてしまうが、どうするか?」


「師匠、私に稽古をつけてください。そこにちょうどいいサンドバックがありますので」


 セーラがアティーラを指差すと、「サンドバックって私のことっ! 私、女神なんですけどっ」という悲しい叫びが響く。

 アティーラのことなど、誰も助けようとはしなかった。借金女神なので、この扱いは仕方のないことだと言えるだろう。

 ヴィスは少しだけやる気になったので、セーラの面倒を見ることにした。


「よし、じゃあ少しだけ面倒を見てやる。にしても何からやるかな……セーラは何が知りたい?」


「私は、とにかく人を気持ちよく殴る方法が知りたいです。あの豪快に吹き飛ばした感じのアレです」


「なるほどな。ならまずセーラがどれだけ力が出せるのかを把握しなきゃな。とりあえずアティーラを……」


「え、本当に待って、本当にお願いだから、私を殴らないでっ!」


「さすがに可哀そうだな」


「ですね」


 惨めに懇願するアティーラの姿に、さすがのヴィスとセーラも冷めてしまう。どうしようもない駄女神まアティーラを更生するさせて、余計なものを取っ払うチャンスとも内心思っていたのだが、暴力的なことをしてアティーラには響かないだろうなとヴィスは思った。アティーラに教育をしても無駄なのだ。

 それに、毎度のことながらちょっと脅し過ぎた感じがして、ヴィスも罪悪感を感じてしまった。

 アティーラに付きまとわれ、お金をせびられて、そこでふと思う。今までの自分はどうだったのかを。

 ラセルアに金をもらい、日々ぐうたらする毎日。ラセルアのお金で賭け事をして、ラセルアのお金でうまいものを食べ、ラセルアのお金でいいものを買う。ラセルアもちょっと優しくするだけでぽいぽい貢いでくれた。

 だが現在のヴィスは、どちらかと言えばラセルアの位置に立っている。稼いだお金の分け前を渡し、勝手に家のものをあさられ、優しくしろと言われる毎日。


 これを思い返すと、なんだろうか、アティーラの扱いってこんなものでもいいのではと思えてしまう。ロクデナシの人権は貢いでくれる側が持っているのだ。ヴィスの場合はラセルアに捨てられてもどうにかできる自信があったので自ら出て行ったが、アティーラの場合は違う。ヴィスに捨てられたら行く当てもなく夜の街で女神のあれやこれが売られるようなことになる。

 アティーラはヴィスにすがる以外に生き残る道はないのだ。


「暴力的なことは置いておくとして、アティーラを使っていくつかダメージを与える方法を教えてやるぜ、うぃ」


「了解です師匠、うぃ!」


 痛いことをしなけりゃとりあえずいいだろう。アティーラだし、別に触っても問題ない、と問題を自己完結しヴィスは、アティーラを見本にセーラに技を教えようと決めた。


「ちょ、痛いのは嫌だぁぁぁぁぁ」


「大丈夫、痛いのは最初だけだ、だんだん気持ちよくなってくる」


「え、私何されるの! いったい何をされるの!」


「なるほど、そう言うことですね師匠!」


 セーラが自信満々にヴィスにこたえる。


「相手の嫌がる感情、特に痛みを快感に変えてあげればいつまでも殴れるって寸法ですね」


「どんなサディストだよっ!」


 セーラの考えに、ヴィスは少しだけ恐怖を感じた。この子を本当に育ててしまっていいのだろうかと。セーラの将来がちょっとだけ心配になったが、別に金をくれればいいだろうという結論に至ったので、何も気にしないことにした。


「私、一体何をされるんだろう、はは、はははは」


 セーラとヴィスのやり取りをまじかで見ていたアティーラは、もはや乾いた笑みを浮かべることしかできない。

 アティーラの運命はいかに。

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