廃墟での裏取引_5

 ラジェリーの怒りの言葉と共に現れた人形たち。どれも見た目は可愛らしい女の子で背中にはうっすらとした羽根が映えている。まるで妖精のようだ。

 羽根よりも薄く、そして細いものがラジェリーに続いており、この人形たちがラジェリーの力によって現れたのだと分かった。

 だけどヴィスはそれよりも気になることがあった。

 いや、ヴィスだけではない。関節技をきめられて泣いていたアティーラも、そして人を殴るのが大好きアティーラに関節技を決めていたセーラも、目の前の光景にただ茫然とするしかなかった。


 ヴィス達が気になり、ただ茫然と見つめるしかない状況に陥っているのをビビったのだと勘違いしたラジェリーは高らかに笑う。


「ふふふふふ、あーはっはっはっ、驚いたか、恐怖したか、己の無力さを知ったかっ、これが私の人形、私の魔法、私のスキル、私の力ぁぁぁぁぁぁぁ。大丈夫だ。お前らを全員苦しまずにあの世に送ってやろう」


 大層なことをラジェリーは高らかに叫ぶが、誰一人として聞いちゃいなかった。

 そんなことよりも、もっとヤバいものがそこにはあったのだ。


 困惑する中、ヴィスが代表としてそれを指摘する。ゆっくりと指を上げて人形をさした。


「なぁ、なんでその人形たち、下着姿なんだ? ランジェリー……まさかお前の名前に合わせて着せてるんじゃないだろうな」


「それは違うっ」


「違うっつってもよぉ……これは……」


 ラジェリーの操る人形は、幼い女の子の姿をしているのに来ているものがエロ可愛い下着姿だったのだ。これはゴールデンなタイムに放送できない内容だった。割と普通なモノもあれば、ちょっとモザイクがかかっちゃうぐらいに過激な奴、なんかよく分からないけど美しいと思えるものや、デザインにとても凝ったものまでさまざまなものがある。

 多くの人形がいるのに、そのすべてが違う下着を身に着けていた。

 そこから感じられるのはまさに愛っ。ヴィスたちは、ランジェリーの下着愛を見せられているのだっ。


「やっぱりお前……ただの変態じゃん。セーラもそう思うだろう?」


「はい、私もこれはないと思っています。うわぁ、最低。こんな変態、この世からいなくなればいいのに」


 ごみを見るような目になったセーラ。結構な迫力があったのか、ラジェリーは胸のあたりを掴んで苦しそうにする。


「うわぁ、私より駄目な変態じゃん。私は女神だから下着姿でも何でも輝いちゃうけど……女の子の相手がいないからって人形に下着着せて慰めようって……うわぁ……」


「がはぁっ」


 まさかのアティーラからの追撃。人形に下着着せて慰めようという言葉にラジェリーは精神的大ダメージを受けた。


「私は変態ではない。この人形も、私の趣味でやっているモノではないっ」


「だったらなんでだよ」


「私の実家が人形の下着専門店だからだっ! こんなこと、好き好んでやるわけないだろうっ。少しでも実家の商品が宣伝できればと思ってやってるんだっ」


「それで人に不快な思いをさせちゃダメだろう……この変態」


「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 闘いは一切起こっていないが、精神的なダメージを食らい続けたラジェリーは膝をついて苦しむ。その姿を見てチャンスだと思ったヴィスとセーラがラジェリーを殴るために前に出た。


「っく、人形たちよ」


 ラジェリーはとっさに人形を操り、ヴィスとセーラのこぶしを回避しようとする。

 見た目がかわいい人形だ。きっと躊躇するはずだと思っていたラジェリーは、こぶしを回避した後に体制を立て直して反撃を……そう思っていたのだ。


 ラジェリーはわかっていなかった。むさ苦しい男のヴィスはさておき、セーラは躊躇するだろうと思っていたけど、そんなことするわけがない。


 ヴィスもセーラも、ぱっと見普通でも中身がちょっとおかしな人間。特にセーラは人を殴りたいという願望を持った病的なほど暴力的な狂犬だった。


 当然、ヴィスとセーラのこぶしが人形ごとラジェリーを襲う。

 人形というクッションがあったけど、狂人的な肉体を持つヴィスと、今まで人を殴りまくってきたセーラのこぶしだ。クッションがあってもそれなりの衝撃がラジェリーを襲う。


 地面を転げまわり、壁にぶつかったラジェリーは、そのままずるずると地面に倒れる。苦しそうなうめき声を上げながら、キリッとヴィスたちを睨みつけた。

 力が弱まり、ラジェリーの目の前に、操っていた人形が力なく落ちる。


 ヴィスはそのまま真っすぐラジェリーに近づいてそのまま人形を踏み壊した。


「なあ、変態。さっさとお前が持っているくてくてをよこしやがれ。でないとお前の大事な人形たちがこうやって粉々になっていくぞ」


「やめろっ! やめてくれぇぇぇえ、それは私の両親が作った大事なモノなのだぁぁぁぁあ」


「俺はその顔が見たかった。いいぞ。もっと見せろ。そして俺にくてくてを献上しやがれェ」


「うわぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ」


 高らかに笑うヴィスと泣き叫ぶラジェリー。どう見ても悪党の所業にしか見えない。

 そんなヴィスを見たセーラはというと……。


「さすが師匠っ! そこにしびれるあこがれるっ」


 目を輝かせていた。もしかしたらこの子は精神的にゆがんでいるのかもしれない。そう察したアティーラは、ゆっくりと距離を取ろうとするが、セーラにつかまってしまい、もう逃げられなくなった。女神アティーラ大ピンチっ!


「んで、てめぇが持っているくてくてはどこにあるんだよ。さっさとだせぇこの野郎っ」


「うぐ、だが、くてくては……渡さんっ」


 ラジェリーはきりっとにらみつける。そのたびに人形が一体、また一体と壊されていく。

 そんなやり取りが続き、人形が最後の一体になった時、ラジェリーは顔を見せないようにしながらにやりと笑った。それをヴィスが逃すはずもなく……。


「なんだ、この人形に何かあるのか?」


「ちょ、まっ」


 ひょいっと拾って人形を見始めた。その行動が予想外だったラジェリーは慌てふためくがもう遅い。

 ヴィスは人形のお尻部分に変なマークがあるのを見つけた。人形に着せている下着で巧妙に隠されている。

 そのマークはハート形になっており、中央に文字が刻まれていた。


 くてくて……と。


「ひゃっほーい。くてくてゲットだぜぇ!」


「ちくしょおおおおおおおお。放浪の賢者の野郎どもがくてくてを集めた時、横から簒奪するために隠し持っていたくてくてがぁぁぁぁぁぁ」


「お、お前、そんなことをしようとしていたのかっ」


 敵であるが割とせこいことをするラジェリーに、ヴィスは驚愕の表情を浮かべた。

 まあでも、よくよく考えれば納得のできることだった。くてくてで願いをかなえられるのは1度だけ。ラジェリーは放浪の叡智という組織の一員としてくてくてをあつめていた。

 ラジェリーと組織でかなえたい願いが違えば、当然裏をかいてやろうと思うのが人間というものだ。

 だからこそ、ラジェリーの行動はまっとうなものであったが、相手が悪かった。


「まあ、裏をかこうとしたのは褒めてやるが、それなら俺にもそうするべきだったなっ!」


「くっそぉぉぉぉ、あんなダメな女連れてる奴だから大したことないと思ったのに……くそぉぉぉぉぉ」


 すべてはアティーラのせいだった。アティーラのせいでラジェリーに襲われ、そしてくてくてを手に入れられたのだ。そう思うとヴィスはなんかむかついた。


 ヴィスはラジェリーの頭を蹴り、気絶させた後、ゆっくりとアティーラの前に近づく。


「よくやった、お前のおかげでいいものが手に入ったぞ。宝は一銭にもならなかったがなっ!」


「そうなのっ! だったらボーナス頂戴よ。私のおかげなんでしょっ! お金、お金っ!」


「よし、いいものをくれてやろう」


 その言葉にアティーラは無邪気に喜んだ。お金がもらえる、生活が豊かになる、何よりギャンブルができることがアティーラにとってとにかくうれしいことだった。

 そんな喜んでいるアティーラを目の前に、ヴィスはあくどい顔を浮かべながらセーラを呼ぶ。


「セーラっ! 師匠命令だ。こいつにご褒美という名のこぶしを食らわせてやれ」


「うっへぇ! どういうことよ。お金くれるんじゃなかったのっ」


「了解しました師匠。では借金。楽しませてもあろうかっ」


「ちょ、ま、いやぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ」


 アティーラはセーラのサンドバックになった。これで憂さを晴らしたというのも一つの理由だが、偶然だけでお金をあげるのもヴィスはなんだか嫌だと思った。なので仕事をさせようと、セーラに殴らせたのだ。


(殴られ屋……これは新しいビジネスが生まれるかもしれないっ)


 またあくどいことを考えて、そしてにんまりと笑うヴィスであった。

 ちなみにアティーラは、殴られた後にそれに見合うお金をもらって、青あざを作りながら不気味にニタニタ笑っていたらしい。

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