第17話「ピンチに現れるヒーロー」
ソフィアは独り、ダンジョンの中を駆けていた。
時折ペガサスの翼を使用することで、最奥までの道のりを一気に高速移動していく。
道中、魔物との戦闘は皆無だった。ホーリーナイツが駆逐したのだろう。魔物がリポップしていないことから考えると、彼らが通過してからあまり時間は経っていない。この分なら、充分追いつける。ヴァンの聖剣を手に入れるチャンスはあるはずだ。
「一方的に贈り物をしても、グレンくんの性格なら喜ばないと思いますが……それでも、他に人に奪われるよりはいいですよね……?」
「ソフィアさん!?」
そのとき、誰かが前方から走って来た。ホーリーナイツのお飾り団長、チャールズだった。
ソフィアが足を止めると、チャールズが息を切らしながら慌てて駆け寄ってくる。
「ソフィアさん、助けてください! このままだと、マーガレットが……!」
チャールズはパニックに陥っていた。ソフィアは彼を落ち着かせるように穏やかな口調で話しかける。
「落ち着いてください、団長。一体何があったのですか?」
「僕たち、最奥のボスまで辿り着いたんだけど、そいつがとんでもなく強くて……頼みの綱だったメドゥーサの石化攻撃も一切通用しなくて、パーティは壊滅状態。負傷した仲間を逃すために、マーガレットは少数の仲間と残って、今もボスと戦ってる」
チャールズの後ろには、負傷したホーリーナイツの面々の姿があった。皆傷だらけで、よろよろと重い足取りで歩いてくる。他の団員に肩を貸してもらわなければならないほど重症の冒険者もいた。
「このまま放っておいたら、囮になったマーガレットたちが殺されてしまう! だから救援を頼めないかと思って、ソフィアさんを探していたんだ。ソフィアさんの力があれば、マーガレットを助けられるはずだよね!?」
「……最善を尽くします。ボスへの道を案内してください」
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最奥のダンジョンボスは、巨大な鷲の化け物【グリフォン】だった。
五メートルを超える体躯から繰り出される鉤爪や嘴の脅威もさることながら、翼を広げて空を飛び回ることができ、その間、近距離武器は通用しない。さらに、上空から急降下しての強襲は一撃必殺に等しい攻撃力だった。
――そして、今まさに、マーガレットもその凶爪に命を奪われようとしていた。
遥か上空から、凄まじいスピードでグリフォンが急降下してくる。
マーガレットは頭上を仰ぎ、立ち尽くしていた。疲労と恐怖で咄嗟に体が動かなかった。
もう回避は間に合わない。死ぬ、と悟った。
だが、そのとき――
ペガサスの翼を広げて、ソフィアが飛び出してきた。
マーガレットの体を抱きかかえ、グリフォンの攻撃から強引に回避させる。飛び込んだ勢いで二人一緒に地面をゴロゴロと転がりながらも、間一髪でマーガレットを救い出した。
「お、お姉さま……!」
マーガレットはソフィアの腕に抱かれて、涙を浮かべるほど感激していた。
しかしソフィアは冷静だった。戦闘中なのだから当然ともいえたが。
「無事なら早く離れてください。次の攻撃が来ます」
マーガレットはすっくと立ち上がり、敵にフェンサーの切っ先を向けながら余裕の笑みを浮かべた。
「天下無双のお姉さまが来たなら、百人力ですわ! 覚悟しなさい、デカブツ!」
「マーガレット。私が敵を引きつけます。その間に逃げて」
「お言葉ですがそれはできませんわ。怪我をして動けない団員もいますの」
見れば、負傷した冒険者が数名、フロアの隅でうずくまっていた。
今動けるのはソフィアとマーガレットのみ。二人だけで要救助者全員を運び出すなど到底できることではないだろう。しかも助け出している最中に襲われたらお仕舞いだ。
「……分かりました。倒しましょう」
「はい! わたくしが囮になります! あんな鳥ごとき、お姉さまのお力でちゃっちゃとやっつけちゃってくださいまし!」
「待ってください、マーガレット。そんな簡単に倒せる相手では――」
ソフィアの制止も聞かず、マーガレットがグリフォンに突撃していく。
やむなくソフィアはグリフォンの後方に回り込み、機会を窺うことに。
しかしマーガレットはこれまでの強行軍やボス戦で疲弊していた。囮役を全うできないまま、グリフォンの猛攻にじりじりと圧倒されていく。
ついには、鉤爪と嘴の連続攻撃をいなしきれず、フェンサーを弾き飛ばされてしまった。
――ダメだ。やるしかない。
ソフィアはユニコーンの槍を召喚。さらに同時にペガサスの翼を使うことで、最大速度でのランス突進攻撃を繰り出した。
大気を唸らせ切り裂くほどの高速の一撃だったが、グリフォンの目はその脅威を見逃さなかった。
危機を察知し、翼をはためかせて上空へ回避。
必殺の一撃だが一直線なソフィアの突進攻撃は、空振りに終わった。
しかも突進の勢いでソフィアはすぐに体勢を整えることができない。
足で急ブレーキを掛け続け、振り返ったときには、グリフォンは急降下攻撃のモーションに入っていた。
回避は無理だ。防ぐしかない。
ソフィアはグリフォンの急降下攻撃を剣で防御した。
鋼よりも堅いとされるミスリルですら悲鳴を上げるほどの威力だった。
鉤爪による致命傷こそ避けられたものの、グリフォンの巨体から加わえられたその衝撃は、到底相殺できるものではない。
ソフィアはまるで放り投げられた人形のように宙に舞い……落ちた。
「お姉さま!!」
マーガレットが目の前の光景に愕然と立ち尽くす。
その隙を突き、グリフォンが片翼を振り払う一撃で呆気なくマーガレットを打ちのめす。
今トドメを刺す必要はないとばかりに、マーガレットのことは相手にせず、ソフィアに向かって滑空して空を駆けてくる。
ソフィアは全身を強く打ちつけたダメージのせいでうまく立ち上がることができない。剣を支えに片膝をつくのが精一杯だった。
グリフォンが自分に向かって迫ってくるのが見える。その嵐のような勢いのまま、鋭い嘴でソフィアの体を貫くつもりだろう。
――殺される。
ソフィアは死を覚悟した。
絶体絶命のピンチ。一体いつ振りだろうか、こんな絶望的な状況を味わうのは。
そう思って脳裏をよぎったのは、十年前のあの光景――
同じ道場の子供たちにいじめられていたときのことだ。
最早顔も思い出せない子供たちの影に囲まれて、自分は恐怖と痛みで地面にうずくまっていた。
今思い返せば笑ってしまうけれど、当時はこのまま竹刀で殴られ続けて殺されてしまうのではないかと、本気でそう思っていた。
怖かった。誰か助けて、と心の中でずっと叫んでいた。
子供ながらに、そんな都合の良い話はないと諦めながら。
新しく村に来たばかりで、人見知りの性格だから、友達なんていなかった。
誰も助けに来なくて、当然だった。
それなのに。
それなのに、その男の子は、助けに来た。
「だいじょうぶか、おまえ」
いじめっこの子供たちを、持っていた竹刀で打ち払い、その男の子は手を差し伸べてくれた。
颯爽と現れ、絶体絶命のピンチを、救ってくれたのだ。
「大丈夫か、ソフィア」
「――え?」
一瞬、ソフィアは何が起こったのか分からなかった。
ソフィアが我に帰ったとき、目の前には、グリフォンに立ち向かっていくグレンの背中があって、そして、
「はあああああああああ!!!」
グレンがすれ違いざまにグリフォンの首筋を鋼の剣で斬りつけていた。
攻撃しか考えていなかったグリフォンはその一撃で怯み、体勢を崩して墜落。地面をバタバタと転がった。
「何を呆けている、ソフィア。怪我はないのか?」
グレンがソフィアのほうへ歩いてくる。大人になったグレンが。
「グ、グレンくん……来てくれたんですね」
「放っておけるわけないだろ。いくらソフィアが超一流でも、ソロでAA級はさすがに重荷だ」
「そうですね……すみません、無茶をして」
「気にするな。おかげで貴重な経験ができた。まさか俺のほうがソフィアのピンチを救うことになるなんてな」
「最初に救ってくれたのは、グレンくんのほうじゃないですか」
「え……? なんのことだ?」
「いえ……なんでもないです。今は戦闘に集中するべきでした」
ソフィアは嬉しくて泣きそうになって、慌てて感情を切り替える。
地面でのびていたグリフォンが体勢を立て直していた。
「動けるのか、ソフィア。ふらついてるが」
ソフィアはポーションを呑み干し、口を拭う。
「ご心配には及びません。軽傷です。二人でボスを倒しましょう」
ソフィアの目が力強く輝いているのを見て、グレンは頷いた。
「上空からの急襲が厄介だ。サラマンダーの最大出力で羽根を焼く。ソフィア、囮を頼めるか?」
「了解です! お任せください!」
ソフィアはグレンと肩を並べ、剣を構えた。
そして、強大な敵に向かって疾走しながら、ソフィアは思う――
最初のきっかけは、単なる恩返しのつもりだった。
だが、いつの頃からか、こうして一緒に戦うことを夢見ていたのだ。
――憧れの、あの人と。
二人で力を合わせたなら、どんな敵が相手でも、恐れはしない、負けはしない。
AA級ダンジョン【カ・ディンギル】……踏破。
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