第16話「ヒーローかストーカーか」
崩れた壁の隙間から、煌々と光を放つ夜月が見える。
グレン一行は、塔型ダンジョンの上層で野営していた。
支援役のアヤメが食材を持ち込んでくれたため、野菜スープの鍋を囲みながら三人で食事を取って疲れを癒す。
戦闘のため少しでも身軽でいたいグレンはいつも携帯食だったため、具がたっぷりの温かいスープが飲めてご満悦だった。無意識に「ぷはーっ」と息をつく。
しかしソフィアの表情は優れないものだった。湯気が立ち上る野菜スープにもほとんど口をつけていない。
「ソフィア、あんたなんで食べないの? 苦手な野菜でも入ってた?」
アヤメがキツい口調で優しく声を掛けていた。
「……こうしてのんびり休んでいていいのでしょうか。ホーリーナイツに先を越されてしまうかもしれないのに……」
「そんなことを気にしていたのか」とグレンはまるで気にしていないように肩をすくめてみせる。
「今日中に塔の上層まで来れたんだ、充分だよ。最奥の頂上にいるガーディアンとの戦いに備えて、蓄積した疲労を回復しておく必要がある。ソフィアだって分かってるだろ?」
「ですが……グレンくんの目的はヴァンの聖剣ですよね? 取られちゃってもいいんですか?」
「もちろん良くないさ、喉から手が出るほど欲しい。だが、死んだらそれまでだ。宝物に目が眩んで、命を落とすわけにはいかない。一回、この塔で死にかけてるんだ。同じ轍は踏まないよ」
グレンがソフィアに向かって自嘲気味に笑いかける。意味は通じたはずだが、ソフィアは静かに目を落としただけだった。代わりにアヤメが話に喰いつく。
「なに? なんか意味深なんだけど。グレン、何があったの?」
グレンはアヤメに掻い摘んで説明する。自分が焦って攻略を進めたために大ピンチに陥ったところ、ソフィアがダンジョンの壁をぶち破ってまで助けに現れたときのことを。
「嘘でしょ……そこまでしたの……!?」
「俺もたまげたぞ。一瞬、ボスクラスの魔物が襲ってきたのかと思ったもんだ。実際はヒーローが助けに来てくれたわけだけどな」
グレンがあまりにも楽しそうに話すので、アヤメは少し嫉妬した。前回の攻略ではご活躍だったみたいだけど、ホーリーナイツの件はソフィアのせいじゃないか。
「ふーん……まあ、今はソフィアのせいで大ピンチだけどね。毎回偶然ピンチを救ってるだけだからストーカーじゃないとか言ってたけど、グレンに迷惑を掛けるようになったら、本物のストーカーじゃん」
あ、やば、とアヤメは言ってしまってから後悔した。明らかに言い過ぎた。
「……すみません。先に寝ますね」
ソフィアが席を立つ。中身が入ったままの皿を置いて。その表情は暗く沈んでいた。
「な、なによ。本気で落ち込まないでよ。いつもみたいに掛かってきなさいよ」
アヤメが挑発するも、ソフィアは俯いたままテントの中へと入っていった。
罪悪感でいっぱいになったアヤメが、涙目になりながらグレンのほうを向く。
「どうしよう、グレン……。わたし、やっちゃったよね……?」
「そうかもな。ホーリーナイツの問題も、ソフィアが悪いわけじゃない。リーダーが暴走しているだけだ」
「謝りに行ったほうがいいかな……?」
「そうだな。飯食ったら行ってこい」
「うん、そうする……」
夕食後、アヤメはテントの前で右往左往していた。
恋のライバルといってもいいソフィアに頭を下げるなど癪な話だが、傷つけてしまったのなら謝るべきだった。
覚悟を決めて、テントの中へと足を踏み入れる。
「さ、さっきはごめんね、ソフィア。ちょっと言い過ぎたかもしんない……」
そう言いながらアヤメは顔を上げてソフィアのほうを見ようとした。
……が、そこにソフィアの姿は無かった。
よく見れば、ソフィアの剣や鎧の装備一式もない。
代わりにテントの中央にあったのは、一枚の置手紙だった。
アヤメが拾い上げて目を通す。
《先んじて聖剣を取りに行きます。朝までに帰ってこなかったら、私のことは気にせずお二人で脱出してください ソフィア》
アヤメが慌ててテントを飛び出す。
「グレン、大変! ソフィアが一人で行っちゃった!」
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