第15話「ソフィアのストーカー」

「ようやく追いつきましたわ。あなたが、諸悪の根源、グレン・エクシードですわね?」


 貴族らしき冒険者の少女が差し向けたフェンサーの剣先の前で、グレンは首を傾げた。


「確かに俺がグレンだが……諸悪の根源?」


 向こうはグレンのことを知っているようだが、グレンにはまるで心当たりがなかった。初対面のはずだし、悪だと糾弾される筋合いもない。

 なぜここまで敵視されているのだろうか?


「答えなさい。あなた、ソフィアお姉さまに何をしたの?」


「え? ソフィア?」とグレンが彼女のほうを向くと、ソフィアは毅然とした表情で貴族らしき少女に鋭い視線を浴びせた。


「マーガレット。今すぐ剣を収めなさい」


 マーガレットと呼ばれた貴族らしき少女が、一瞬怯む。しかしソフィアのほうを見ずグレンを睨み続けることで、ブレた剣先を整え直した。


「邪魔をしないでください、お姉さま。今はこの男と話しています。早く答えなさい、グレン・エクシード!」


「ソフィアに何をしたって言われてもな……」


 むしろ、されてたほうだろう。主にストーカー的なやつである。

 マーガレットの質問の意図が不明だった。


「とぼけるのはおよしなさい! これまでの調査によって、ソフィアお姉さまの退団にあなたが関与していることは分かっていますわ!」


「退団? ソフィアは、ホーリーナイツのギルドに在籍していたのか……?」


 一ヶ月ほど前にギルドを抜けてソロになったとは聞いていたが、まさかホーリーナイツにいたとは。


「とりあえず剣を下ろしなさい、マーガレット。冒険者同士で戦うつもりですか?」


 ソフィアがグレンを庇うように前に出てきて、マーガレットの構えるフェンサーに触れる。 


「……分かっていますわ。ギルドを離れたのは、その男のせいだけではないと」


 マーガレットが大人しくフェンサーを下ろす。落ち込んだ表情で語り始める。


ホーリーナイツわたくしたちは、ソフィアお姉さまの力に頼り過ぎていました。経験の少ない自分たちが戦闘に参加しても足手まといになるだけだと言い訳をして、攻略はすべてお姉さまひとりに任せきり。愛想を尽かされても文句は言えません」


「…………」


 ソフィアはじっと黙り込んでいた。

 グレンは彼女の背中を見ながら、ふと思い出す。“誰にも頼らず一人で必死に頑張っていてカッコイイ――”ソフィアがやけに自分を褒めてくれたのは、そういう経緯があったからかもしれない。


「ですが! どこの馬の骨とも知れない男なんかに、騙されてはいけません!」


 マーガレットが鬼のような形相でくわっと目を見開く。


「だ、騙す……?」とソフィアは驚きのあまりちょっと引いていた。


「その男、グレン・エクシードのことは調査済みです。かつてお姉さまを対象として培ったあらゆる探偵技術を駆使し、わたくしは徹底的に調べ上げました……」


 誇らしく胸を張るマーガレット。だがこれは別の言い方をするとソフィアのストーカーだったことを自白する供述ではないだろうか。 


 また新たなストーカーが現れたか、とグレンはちょっと引いた。


「確かにグレン・エクシードは上級冒険者であり、わたくしたちよりも実力・経験ともに上回っているようです。しかし! ソフィアお姉さまの無双っぷりと比べたら、さすがに見劣りするといえるでしょう。対等なバディであるとはいえませんわ」


 クッとグレンは唇を噛んだ。悔しいがその通りだ。見事な情報収集能力である。ストーカーのストーカーをするだけのことはあるようだ。


「それなのにも関わらず、ソフィアお姉さまはその男とパーティを組んでいます。これはおかしな話ですわ。実力が対等でないのなら、ホーリーナイツにいた頃となんら変わりないではありませんか。むしろ仲間の数が減った分、お姉さまの負担は増えたはずです」


 その言葉には黙っていられず、グレンは首を横に振った。


「悪いがそれについては反論させてもらう。当時のあんたのギルドの現状を見たわけではないが、戦闘に参加すらしない烏合の衆と一緒にして欲しくはないな」


 マーガレットがグレンをキッと睨む。


「お、お黙りなさい! なんにせよ、ソロ攻略しているような海千山千のあなたが、純真無垢なソフィアお姉さまをかどわかしたことは容易に想像つきます! どうせアレでしょう、ギルドを抜けたことで孤独に打ちひしがれていたところを付け込んだのでしょう! お姉さまは戦闘中こそ悪鬼羅刹のような豪胆さを発揮しますが、こと人間関係になると、シャイで押しに弱く、まるで臆病な小動物のように弱体化してしまいますから!」


「うぅ……」とソフィアが肩を落とす。


「ほら、この反応! やはり弱みに付け込まれたのですわね!」と確信を得るマーガレット。


「いや、あんたの悪口で落ち込んでるんだろ……」


 的を射た分析だから本人に批判しているつもりはないのかもしれないが。


「ですが、お姉さま、もう大丈夫ですわ! そんな悪い男に頼る必要はありません。ホーリーナイツは変わりました。わたくしが変えました。先程の戦闘、ご覧になりましたか?」


「……はい。確かに、一ヶ月前とは見違えました。みんな、強くなりましたね」


 ソフィアがマーガレットの後方を見やる。ホーリーナイツの面々が、マーガレットに付き従うように続々と集まって来ていた。


「傭兵も雇っていますし、強力な装備に頼っている部分もありますが、お姉さまにすべて頼りきりだったあの頃とは違いますわ。どうか戻って来てくださいませ。きっと近い将来、お姉さまに相応しい超一流のギルドにしてみせますわ!」


 マーガレットが拳を握り締め、熱く想いを語る。その真剣な眼差しや語気の強さからも、本気であることが窺えた。


 ソフィアが単に所属ギルドに愛想を尽かしただけなら、断る理由などないような流れだった。


 しかし。


「そうですか……頑張ってください。陰ながら応援しています」


 ソフィアは健闘を祈っただけだった。


「へ?? いやあの……ホーリーナイツは変わりました! どうか戻って来てください! 今度こそ本当の意味で、“一緒に”戦いましょう!」


 マーガレットは熱く想いを語り続けた。


「……後日改めて考えさせていただきます。ここは一旦お引き取りを」


 ソフィアは冷静にお断りムードを醸し出していた。


「…………」


 マーガレットがじとっとした目でソフィアを見る。本心を推し量るように。


「私のほうも以前とは状況が変わったということもありまして……すみません」


 ソフィアが悟られないように目を逸らす。しかしマーガレットは勘付いた。


「やはりその男が原因ですわね!!」


 激昂したマーガレットがグレンに剣を向ける――しかしそれとほぼ同時、ソフィアが素早く反応して自分の剣を抜いていた。


 目にも止まらぬ剣閃に弾かれ、マーガレットのフェンサーが宙を舞う。


「何度も警告したはずです。誰であろうと、グレンくんに剣を向けることは許しません」


 それはソフィアにとっていつも通りのシンプルな行動だった。グレンのピンチには必ず駆けつけて、危険から守ってきたのだから。


 だがその行動で、マーガレットの妄想めいた疑惑は確信へと変わってしまった。


 フェンサーが地面に落ちると同時、マーガレットも膝を突いて崩れ落ちる。


「そ、そんな、お姉さま……! 完全に、この男に、洗脳されてしまっている……!」


「せ、洗脳などされていません。ただ、このダンジョンの攻略はグレンくんと一緒にやると約束しましたし、せっかくの機会だから私もいろいろ思案を巡らせているというかなんというか……」


 顔を赤らめゴニョゴニョと心の声を漏らし始めたソフィアだったが、ショック状態にあるマーガレットの耳には届かない。


「かくなる上は、お姉さまの本当の居場所は、真にお姉さまを愛しているマーガレットの隣であると、実際に証明する他ありませんわ!」


「グレン・エクシード!」とマーガレットが彼の名を憎々しげに呼ぶ。


「な、なんだ?」


「あなたの目的は、“ヴァンの聖剣”だそうですわね? それを手に入れるために、お姉さまとパーティを組んだ」


「本当に、よく調べたもんだ」


 ソフィアの戦闘スキルを学ぶためでもあるのだが。


「……ヴァンの聖剣は、わたくしたちホーリーナイツが手に入れます。あなたたち、グレンとソフィアお姉さまのコンビよりも先に」


「何!?」


「いや、わたしもいるんだけど」と今まで空気を読んで大人しくしていたアヤメが声を上げていた。


 が、マーガレットは無視だった。


「結果で証明します。お姉さまに相応しいのは、どちらなのかを。わたくしの愛の強さを見せつけることで、曇ってしまったお姉さまの目を覚ましてみせますわ!」


「そうと決まれば行きますわよ、わたくしのホーリーナイツ!」とマーガレットが手を振りかざして号令を掛ける。


 大勢の団員たちが従順に行進していく中、一人の青年が慌ててマーガレットに駆け寄ってきた。


「ちょっと待ってよ、マーガレット! 本気で最奥まで進むつもりなの?」


「ええ。それがどうかしまして、チャールズ?」


 チャールズはマーガレットの顔色を窺いながら困った顔をした。


「今の僕たちの実力だとこの辺りが潮時じゃないかな……? 戦闘もメドゥーサの首に頼ってばかりになっちゃってるし……」


 実はこのチャールズという青年は、ホーリーナイツの団長だった。常識人だがヘタレな性格であり、暴走しがちだがカリスマ的存在である副団長のマーガレットによって、すっかり影の存在と化しているお飾り団長だった。


 それ故に、まともな意見を出したとしても、結局こうなってしまう――


「リスクは承知の上です。わたくしが行くと言ったら、行くのです。異論がありまして?」


「い、いや……なんでもないよ、ごめんね、マーガレット」


 おずおずと引き下がったチャールズと入れ替わるようにして、グレンがマーガレットの背中に声を掛ける。


「待ってくれ。そいつの言っていることは尤もだ。今のあんたたちの実力じゃあ、これ以上先に進むのは自殺行為だ」


「あら、そのような戯言を。わたくしたちに聖剣を取られるのを恐れているだけではなくて? お得意のジゴロスキルでわたくしを欺こうとしても無駄ですわよ。わたくしは必ずやお姉さまの心を取り戻すと誓いましたから」


「では、ごきげんよう」と皮肉たっぷりな流し目をくれて、マーガレットは自らの率いるホーリーナイツと共に去っていった。


「な、なんなんだ、一体……」


 グレンは、嵐のように現れ去っていった暴走少女の勢いと、まさかの展開に、思考が追いつかない。というか、ジゴロスキルとはなんだ。


 ソフィアも呆気に取られたように立ち尽くしていた。


 しかし、まるで部外者のアヤメが、グレンの隣にひょこっと顔を出し、端的に話をまとめる。


「厄介なライバルが出現したってことだよね。わたしたちも急がないとじゃない?」


「そうだな……」とグレンは新たなストーカーの登場に頭を抱えるのだった。

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