第13話「どんどん増える」
グレンはAA級ダンジョン【カ・ディンギル】の塔の入口に来ていた。
居留守をつかわれてしまっている以上、今は強引にアヤメに会いに行くべきではないと思った。
さらにいえば、他の冒険者にヴァンの聖剣を奪われたくないという欲もある。
焦って死ぬのも御免だが、攻略を急ぐ必要があった。
雲海を貫いて聳え立つ塔を仰ぎ見て、グレンはふと思い出す。いつもソロで攻略をしていたから、重要なことを忘れていた。
「マズいぞ、ソフィアがいない。昨日のうちに集合の約束をするべきだった……」
「呼びました?」
突然、グレンの目の前にソフィアがシュタッと舞い降りてきた。「うおっ」とグレンが驚く。
「い、居るんだったらすぐに声を掛けてくれっ」
「すみません、隠れて追いかけるのが癖になってまして。そういえば今は同じパーティでしたね」
グレンがソロでいることに慣れすぎて待ち合わせの約束を失念したように、ソフィアもストーカーでいることに慣れすぎてパーティを組んでいるのを忘れていたようだ。
二人して同じような失敗をしていた。グレンがくすりと笑う。
「…………あれ? これ、笑い話か?」
そしてグレンはソフィアのストーカーキャラにも慣れてしまっている自分に気づくのだった。
「では、早速参りましょうか?」
変態気質を感じさせない凛々しい声でソフィアが言う。
出で立ちもレア級装備に身を固めた美少女騎士であり、実力も最強クラス、ストーカーであることを除けば、これほど信頼に足る仲間はいないのだ。
グレンは改めてそう思い直し、真剣な顔で首肯する。
「そうだな。攻略再開だ」
「私たち二人の力なら、明日にはボスの元まで辿り着くことも可能でしょう。準備、そして覚悟のほうはよろしいですか?」
「もちろんだ。俺も今回の攻略で終わらせるつもりだ」
「愚問だったようですね。さあ、行きましょうか」
グレンとソフィア、二人の冒険者は、勇ましい足取りで超高難度ダンジョンへと向かうのだった……。
……が、しかし。
「ちょっと待って!」
緊迫した空気は、可愛いらしい忍装束の少女によって破られた。
「アヤメ!?」
グレンの幼馴染が、道端の木陰からふらっと姿を現した。
今までずっとそこに潜んでいたようだ。
「グレン……わたしもダンジョンに連れていって」
「え?」と困惑するグレンが聞き返すより早く、アヤメが早口で説明する。
「グレンの言いたいことは分かってる。わたし、本当にグレンのことが心配だったの」
アヤメはグレンと視線を交わすのが怖くて、下を向きながらまくし立てる。
「だって、普通はパーティを組んでいくような危険なダンジョンにいつも一人で行っちゃうんだもん。魔物にやられて死んじゃったらどうしようって、こっちは毎日ビクビクしてるのに、わたしが一緒にダンジョンに行こうとすると、グレンのほうはソロでやりたいからって、その一点張り。じゃあもう、隠れてアイテムでサポートするしかないじゃん! もしグレンが死んじゃったらイヤだもん!」
アヤメは目に涙を浮かべていた。
グレンは幼馴染に並々ならぬ心配を掛けていたのだと痛感し、頭を下げる。
「そういう理由だったのか……すまない、アヤメ」
しかしそれとは対照的にソフィアが冷静に指摘する。
「ですがアヤメちゃん、それは余計なお世話というものですよ。グレンくんがソロでやりたいと言っているのに、勝手に支援してその信念を潰そうとするのは間違っていると思います」
「うぐっ」と痛いところを突かれたアヤメがソフィアに喰ってかかる。
「う、うるさいなぁ! ソフィアだって同じようなことしてたじゃん! 頼んでもいないのに魔物を斬りまくってさ!」
「同じではありません。わたしは偶然ピンチに通りがかったから助けていただけです。ソロ攻略の邪魔をしていたわけではありません。私はグレンくんの信念を尊重しています。今回パーティを組んでいるのも、グレンくんの希望があったからです」
「ぐぬぬぬ! 本質はただのストーカーのくせに!」
怒りのあまり、アヤメの涙は引っ込んでいた。
「その台詞、そっくりそのままお返しします」
「わたしはグレンの幼馴染だもん! 幼馴染っていう属性を持つ女子は、たとえ付きまとい行為をしてもストーカーにはならず、陰から見守っている健気なヒロイン、というイメージで済むのよ! それは数ある恋物語が証明しているわ!」
「否定はしません。ですが、魔法のマントで透明人間と化して主人公をストーキングしていたら、幼馴染ヒロインといえど、さすがに変態なのでは?」
「透明人間とか言うなし! 別に覗きとかはしてないもん!」
なんなのだろう、この泥仕合は……。グレンは間に入っていけず、無言で立ち尽くしていた。
「――っていうか、わたしのシルフのマント、返しなさいよ! あんたに奪い取られたままなんだけど!」
「これは私が責任を持って預かります。あなたに渡しておくと、グレンくんのお風呂を覗く可能性があります」
「そんなこと言って、あんたが覗きに使うつもりなんじゃないの!? そもそもわたしのものだし、返しなさいよ!」
「……いや、待て。それを聞いたら黙っていられない」
結局、シルフのマントはグレンが預かることにした。二人に渡すのは危険だと判断した。
「グレン酷いぃ~……透明にならないままグレンを追って一人でAA級ダンジョンなんかに入ったら、きっとわたし魔物に殺されちゃうよぉ~どうしよう~~」
アヤメはウソ泣きをしながら、チラッとグレンの顔を見る。
グレンは腕組みをして彼女をパーティに加えるかどうか悩んでいた。
「なるほどです。だからアヤメちゃんは今までグレンくんを追ってダンジョンに入っても、魔物に襲われずに済んでいたのですね。納得です」
ソフィアがうんうんと頷きながら冷静に分析していた。
「グレン酷いぃ~……ソフィアとはパーティ組んだくせに、わたしのことは仲間外れにするなんて、すんごいショックだよ~……あ、そう思ったらホントに涙出てきた。やば」
アヤメが本当にまた泣き始めていた。
ついにグレンが折れる。
「わ、わかった、わかったよ。今回だけだからな。ソフィアと同じで、あくまでも一時的に、共闘する」
「ホント!? やったあ!!」
顔を振り上げ涙を吹き飛ばして満面の笑みを浮かべるアヤメだった。
グレンがため息を吐く。確かに今は自分の信念を問い直してみる時間だと思っているし、無碍にすればアヤメは危険を冒すかもしれない。
誰かとパーティを組むのはこれきりと考えているし、今回だけアヤメの要求を呑むことで、今後の隠れサポート行為をやめさせる説得材料にしよう。
グレンはそう結論を出し、アヤメをパーティに加えるのだった。
喜びのあまり飛び跳ねているアヤメ、やれやれと肩をすくめるグレン、納得しているのかしていないのか微妙な表情で立ち尽くすソフィア、三者三様で賑やかになったグレン一行――
そんな彼らの背後で、新たに動く謎の人影があった……。
「見つけましたわ。しかし……なぜですの? なぜ、あんな奴らとパーティを……!」
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