第11話「もう一人のストーカー」
十年前――
小鳥のさえずりと、小川のせせらぎが聞こえる。のどかな村の一角。
九歳の頃の幼いソフィアが、目元まで垂らした前髪の隙間から、何かをぽーっと見つめていた。
視線の先にあるのは、幼い頃のグレンの姿だ。
小さな体で一心不乱に竹刀を素振りして、剣術の自主稽古に励んでいた。
そのうち、グレンがソフィアの視線に気がつく。
素振りをやめて、ソフィアのほうへ歩いてきた。
「……なにかようか?」
「あ、え、えと……両手でけんをふるときに、右手に力が入りすぎだとおもいます。それより左手をつかういめーじでやるといいです……」
「……アドバイスありがとう。さすが道場でイチバンなだけあるな。でも、いまはひとりで集中したいんだ。じゃましないでくれ」
「い、いえ、その……はい」
しかしソフィアは立ち去ろうとせず、素振りに戻ったグレンのほうをじーっと見つめ続けた。
耐えかねたグレンが竹刀を下ろしてソフィアのほうへ歩いてくる。
「……なんのつもりだ」
「あ、あの、ふみこみがあまいです。うでだけの力じゃなくて、ぜんしんをつかって――」
「…………」
「ご、ごめんなさい。ホントはそうじゃなくて、べつのはなしがあります。きのうのことです。おれいがいいたくて」
「……あぁ、“アレ”のことか。べつにいいよ。たいしたことじゃない」
「わたしにとっては、たいしたことでした。とってもかっこよかったです。ありがとうございました」
緊張のあまり話が脱線しまくってしまったが、ソフィアはようやくグレンにお礼が言えて、満面の笑みを浮かべるのだった。
……そして、そんなソフィアたちの姿を、木の陰に隠れて見つめる謎の子供の姿があった。
「ぐぬぬぬ! わたしのグレンにいろめをつかうなんて……!」
謎の少女は引き千切らんばかりにハンカチを噛むのだった。
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朝日が昇ると、グレンとソフィアはカ・ディンギルの攻略を再開した。
中層ともなれば魔物のレベルも一段階上がり、二人が力を合わせても一筋縄ではいかない。
さらに戦闘中なのにも関わらず、グレンの頭の中は、昨日のことでいっぱいになってしまっていた。
“俺のストーカーは、もう一人いる”
今まで気づかなかっただけで、グレンは二人の人物にストーキングされていたのだ。
しかしながら、ソフィアと同じで、嫌がらせをしてくるわけではなく、ひたすらアイテムで支援してくれるだけだ。悪い奴ではなさそうだが。
とはいえ、ソフィアと違って、これまで全く姿を見せることがなかった人物だ。そのステルス能力の高さにも恐れ入るし、正体不明なのが単純に怖いところである。
推測に足るヒント一つないので、いくら考えても、一体誰なのか、見当もつかない。
「……グレンくん、大丈夫ですか? 戦闘に集中できていないようですが」
ソフィアが剣を鞘に収めつつ近づいてきた。
「あぁ、すまない。とどめをフォローするべきだったな。気が抜けてたよ」
ソフィアはゆるゆると首を振って、微笑んだ。
「……そろそろ帰還しましょうか。手持ちのアイテムも少なくなってきたことですし、魔物のデータも充分に取れました、潮時かと思います。日を改めて、再び攻略しましょう」
そうしようか、とグレンは提案に乗った。
「悪いな、ソフィア。気を遣わせて」
「いえいえ。でもグレンくん、何か気に掛かることでもあるんですか?」
「……ああ。アイテムサポートのほうのストーカーのことだ」
「そういえば、グレンくんは気づいていなかったようですね。確かに、【シルフのマント】を使って自分を透明にしているので、そうと知らなければ察知するのは難しいですよね」
「やけに詳しいな。会ったことがあるような口ぶりだ」
「ありますよ。偶然、同じ隠れ場所で鉢合わせしてしまったこともあります。あのときはビックリしましたね。思わず挨拶してしまいました」
あはは、と笑うソフィアに向かって、グレンが冷ややかな眼差しを送る。それ、笑い話なのか? ストーカー友達できました、みたいなテンションやめてくれ。
「つまり、ソフィアは謎のストーカーの正体を知っているということか?」
「はい、もちろん。気になるなら、連れてきましょうか?」
「連れてくる??」
「はい。今もあちらにいますよ」
ソフィアがとある柱のほうを指差す。
グレンがそこに目を向けると、何もないはずの空間がビクッと歪んで見えた。
何か、透明なものが、動いた。
そして、なぜだろうか、今はじっとしているその透明な存在が、焦って冷や汗を掻いているような気がした。
グレンは目を凝らしながら、透明な存在のほうへゆっくりと近づいていく。
次の瞬間、透明な存在が駆け出した!
すささ~っと部屋の出口のほうへ向かって一目散に逃げていく。速い。
「おい、待て! 誰だお前は!?」
言ってみるが当然のように待たないで全力疾走だった。
「私のペガサスなら一瞬です。捕まえましょうか?」
「頼む」
ソフィアが本当に一瞬で捕まえてくる。透明な存在の首根っこを引っ掴んで、グレンの前に連れてきた。ジタバタ暴れているが、非力なようで、ソフィアの力には敵わないようだ。
「ちょっと! 離しなさいよ、ソフィア! 自分が捕まったからって、わたしまで道連れにするつもり!?」
透明な存在が喋った。
その声に、グレンは聞き覚えがあった。
「まさか……」とグレンは彼女を透明にしている【シルフのマント】を剥ぎ取り、その正体を目にした。
ピンク色を基調とした可愛い系の忍装束、外ハネしたクセ毛のショートカット、そしてその顔はグレンが幼い頃から慣れ親しんできた女の子のもので……
「アヤメ!? お前が“もう一人のストーカー”だったのか!?」
謎のストーカーの正体は、グレンの幼馴染、アヤメ・ツキカゲだった。
「えと、その、わたしはグレンのことが心配で……だから……」
アヤメは自分にも散々言い聞かせていただろう言い訳を口にするも、グレンから言われた「ストーカー」の一言が胸にぐさりと刺さり、言葉にならない。イタズラが見つかった幼子のように泣きそうな顔でグレンの目を見つめた。
「…………」
そして、こちらもこちらで信頼していた幼馴染にストーキングされていたことが信じられず、アヤメの顔を見つめたまま凍りつくグレン。
アヤメはグレンの失望したかのような視線に耐えきれず、やがて、
「そ、そんな目で見ないでえええええええええええええ!!!」
そう泣き叫びながら脱兎の如く駆け出した。
「また捕まえますか?」
ソフィアが冷静に提案してくる。
グレンは未だ衝撃の真相を受け入れられておらず、咄嗟に返事ができなかった。無言のままアヤメの背中が消えていくのを見送る。
「アヤメちゃん、どうして顔バレしたくらいで泣いたんですかね? 私なんて最初からバレてるんですけど」
だからソフィアはあっけらかんとした態度であるようだ。
「ア、アヤメ……どうして」
そう。そうなのだ。なぜアヤメが自分のストーキングしていたのか? それを知りたかった。本人に聞くべきだと思った。
ようやく我に返ったグレンは、アヤメに会うためにも、ダンジョンから都へと帰還するのだった。
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