第10話「驚愕の真実」

 グレンとソフィア、二人で協力して塔型ダンジョンを登っていく。


「装甲が厚い……! 私のミスリルですら通用しません!」


「それなら俺の属性剣を試そう。下がっていてくれ」


 強力な上に初見の魔物も多かったが、ソロのときとは違い、二人ならば戦略を練る余裕もあり、役割分担をすることもできた。


「連中、隊列を組んでいるな。どう切り崩すか……」


「私が中央を突破して分断します。グレンくんはその隙をついて各個撃破してください」


 主にグレンは魔法剣の搦め手で、ソフィアは単純な戦闘力の高さで、待ち受ける魔物の群れを突破していく。


 日が暮れる頃には、中層あたりにまで足を踏み入れていた。


 魔物の手が及ばない安全地帯を探し、野営の準備に入る。

 数階層が見通せるような吹き抜けの広い空間に建つ、見張り台の上で焚き火を起こした。


 崩壊した壁面の綻びから、満月が顔を出していた。

 月明かりの光よりもずっと眩い焚き火の炎の前で、グレンとソフィアが並んで座っている。


 二人とも干し肉を齧っていた。

 しかしグレンのほうは普通にむしゃむしゃと食べているが、ソフィアのほうは小動物のように両手で干し肉を持ってはむはむと少しずつ咀嚼していた。しかも、グレンのほうにチラチラと視線を向けて様子を窺いながら、おどおどしている。


「……どうしてそんなにビクビクしているんだ? 戦闘中とは別人みたいだ」


「すぐ隣にグレンくんがいるので、緊張します。今も昔も、いつも遠くから見ていることしかできなくて、初めてのことですし……」


「昔……? 昔って、どのくらい前のことだ?」


 グレンがソフィアのストーキングに気づいたのは一ヶ月ほど前からのことだったが、実際はいつから犯行を開始したのか気になった。探りを入れてみる。


「十年前です」


「じゅうねんまえ!!?」


 予想以上の大昔からだった。グレンの目玉が飛び出た。


「はい。初めて会ったときのことですよ、同じ剣術道場に通っていた頃。すぐに別れることになってしまいましたけど……」


「十年前に、会ったことがある……?」


 子供時代に一度知り合っている、という意味か。長年ストーキングしているということではなく。

 冷静になって考えてみると、九歳男児を十年間に渡ってストーカーし続けるなんて有り得ないだろう。いくらなんでもソフィアはそこまで常軌を逸した変態ではないはずだ。多分。


「あ、やっぱり、グレンくんのほうは覚えてなかったんですね。こうすれば思い出してくれますかね……」


 ソフィアが綺麗に梳かれた髪の毛をくしゃくしゃにして、目元を覆い尽くすくらい前髪を下ろす。


「!!」とグレンは幼い頃の記憶の中に、その顔があったのを思い出した。

 同年代の中で飛び抜けて剣の腕が立つくせに、いつもおどおどしている気の弱い女の子。確かに知った顔だった。


 そしてそれは、今現在、目の前にいる女の子の姿と特徴が一致していた。


「なるほど、だから俺のことを“くん”呼びなのか。すまない、今まで気づかなくて」


「いえいえ、十年も会っていなかったんだから仕方ないですよ」とソフィアは手櫛で髪型を直し、


「グレンくんは変わってないですよね。久しぶりにグレンくんの姿を見たとき、私、感動して泣きそうになりました」


「か、感動したのか……?」


 グレンは意外に思った。確かに同じ剣術道場の知り合いではあったが、ソフィアとそこまで深い関係を築いた覚えはなかったからだ。時々練習の合間に他愛のない会話をした程度で、友人とも言い難い間柄であったはずだった。

 冷めた言い方だが、再会を感動して泣かれるほどの縁ではないだろう。


 それとも、まだ自分は何か大事なことを忘れているのだろうか。


「強い魔物が相手でも、誰にも頼らず、一人で必死に頑張って、強さを追い求めて……やっぱりグレンくんはカッコイイって思いました」


 恥ずかしがり屋のくせにストレートに褒めてくるな……

 グレンは照れ臭くなって、話題を変えることにした。


「そういえば、成果の分配についてきちんと話をしていなかったな。もしヴァンの聖剣が見つかったら、俺がもらっていいのか?」


「はい。構いません」


「じゃあ、手に入れた魔核や遺物はすべてきみに渡そう。それでいいか?」


「ぜ、全部ですか!? そんなにもらえないです! 半分でいいです!」


 ソフィアは手をふりふり謙虚だった。


「それじゃあ公平な条件にならないだろ。俺が得してばかりになる。しかもソフィアには、俺がピンチに陥ったときにアイテムを投げてもらったりもしているからな。過去に世話になった分も含めて、ということだと思ってくれ」


 ストーカーによるアイテムサポートのことである。ソフィアがずっと姿を隠したままだから、礼を言うことはおろか、アイテムの返却や代金を支払うことすらできていないままだった。


「ポーションの一つや二つ、なんてことないです、気にしないでください」


「いや、貴重な魔結晶をくれたりもしているだろ。費用もバカにならないはずだ」


 グレンがそう言うと、ソフィアは首を横に振った。


「あの……グレンくん。それ、私じゃないです」


「ま、まだしらばっくれるつもりなのか……。まあいい。とにかく、世話になったんだから、全部もらってくれ」


「違うんです、グレンくん。本当に私じゃないんです。別の人なんです」


「別の人??」


 ソフィアの表情は真剣だった。謙虚にしているわけでも、嘘をついている風でもない。


「はい。確かに私は戦闘に助太刀したり、割と“直接的に”グレンくんのピンチを助けることが多かったですが、“間接的なほう”――アイテムサポートをしていたのは、別の人です。“もう一人の人”のほうです」


 グレンはあまりの衝撃的な話に、唖然と口を開けたまま、固まった。


 もう一人の人……つまり、グレンのストーカーはもう一人いる?


 ソフィアの他に、もう一人、正体不明の謎のストーカーがいるというのか?

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