第9話「グレンのバディ」

 夜空に二つの月が昇っていた。

 満天の星の下、グレンは自宅の庭で鋼の剣を振っていた。


 故郷の剣術道場で習った形だ。都に居を移した今でも欠かさず続けている夜の日課だった。


 足を踏み込み、袈裟、逆袈裟に斬り結ぶ。


 修練といえど集中すべきと分かっているのに、ソフィアのことが頭に浮かんでしまう。


“頼りになる仲間”というのは、ああいうことを言うのだろうか。ソフィアと一緒に戦っていて、グレンは心地良さのようなものを覚えていた。


 実は今まで一方的に助けてもらってばかりで、共闘したのは今回が初めてだった。彼女がとんでもない猛者だということは分かり切っていたが、いざ肩を並べて戦ってみると、どれだけその背中が頼もしく、その声に勇気づけられることか。


 相手は未知の強敵ケルベロスだったのに、まったく臆することなく立ち向かっていた。ソフィアと一緒ならば、どんな魔物が相手でも負ける気がしなかった。


 それこそ、自分一人では到底攻略できないだろうAA級ダンジョンだって、ソフィアとバディを組んだならば――


「くっ……」


 雑念を断ち切るように、剣を真っ向に振り抜く。


 しかしそれでも葛藤は消えなかった。


 ソフィアと組んでAA級ダンジョンに挑戦したならば――

 

 最奥まで進み、ヴァンの伝説の聖剣も手に入るかもしれない。

 弟子であるソフィアの戦い方を学ぶことで、ヴァンの強さに迫れるかもしれない。


“伝説”に、近づけるかもしれない。


 ――馬鹿の一つ覚えのように、ソロの信念を貫くより、もっと早く確実に。


「…………」


 グレンは顔を伏せ、脱力して剣をだらりと下ろした。


 死を覚悟した今日のことを思い出す。ソロに執着し功を焦って、志し半ばで命を散らすところだった。


 限界を、感じてしまった。


 グレンは剣を地面に突き立て、顔を上げて月を見上げた。


「……もっと強くなりたい。伝説の冒険者、ヴァンのように」


 思えば自分の本当の信念とはそれだった。ソロで戦ってきたのは、強くなるための手段でしかない。


 ソロ攻略こそ強さへの近道。その考えは今も昔も変わらないが……


 時には、別の方法を選んでみてもいいのかもしれない。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 グレンはAA級ダンジョン【カ・ディンギル】の中を進んでいた。


 昨日、実力不足が祟り、トラップに掛かって死にかけたのにも関わらずだ。


 階段を登り切ると、横に広く長い廊下に出た。

 その真ん中には、首なしの騎士【デュラハン】が一体、長剣を胸に抱えて待ち受けていた。


 グレンは鋼の剣を抜刀し、ゆっくりとデュラハンのほうへ接近していく。


 まるで決闘に応じるかのように、デュラハンも剣を構えてグレンのほうへ静かに歩き出す。


 斬り込んだのは、両者ほぼ同時。激しい打ち合いが始まった。刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。


「浅い階層でこの難敵。これはやはり、ソロで挑むのは自殺行為だな」


 グレンはバックステップで一旦距離を取り、呼吸を整える。


「分かってるなら、どうしてまた来たんですか!?」


 そのとき、後方からソフィアが駆けつけてきた。グレンの隣に立ち、剣を構える。


 グレンが呼び出したわけではない。だが、無茶をしていればいずれ姿を現すだろうと予想はついていた。前例もある。

 そしてそれが、ソフィアが放った問いへの答えでもあった。


「助太刀、感謝する」


 グレン一人でデュラハンと実力は拮抗していた。そこにソフィアが加わったなら、勝利することは容易だった。


 結晶化していくデュラハンの前で、二人は剣を鞘に収める。


 グレンは魔核を拾い上げながら、ソフィアのほうを振り返った。


「また同じダンジョンで再会するなんて……偶然だな」


「へっ!? あ、えっと……そうですね。偶然ですね」


 まあそんなわけないけど、と二人とも心の中で同じことを思いつつも、話は進む。


「もしかして、ソフィアはこのダンジョンを攻略中なのか?」


「え、いや……そ、そうです! 攻略中でした!」


「一人か?」


「あ、はい。実は、私も今はソロなんです。一ヶ月くらい前に、元いたギルドから抜けたので」


「そうか、それなら丁度いい。俺とパーティを組まないか?」


「――ええっ!?」


 ソフィアが目を丸くする。鳩が豆鉄砲食ったように、可愛い顔できょとんとしたまま動きを止めた。


「そんなに驚かなくてもいいだろ。このダンジョンを攻略するまで、一時的に共闘して欲しいってだけだ」


「な、なるほど、一時的に……。もしかして、グレンくんの目的はウワサの聖剣ですか?」


「それだけじゃない。ソフィアと一緒に戦うことも目的の一つだ」


「ふえっ!? わ、私!?」


「そうだ」


「私が目的……それはつまり、愛の告白ということですか……?」


「いや、違う。愛の告白ではない。今まで不気味に思う余り見落としていたが、きみの戦闘技術は素晴らしいものだ。ヴァンの技を受け継いでいるというのも気になる。是非、参考にしたい」


「あ、そういうことでしたか。危なくまた勘違いを……ん? 不気味?」


「どうだろうか、一緒に攻略しないか?」


「えっと……」


 しばしの間ソフィアは気恥ずかしそうにグレンの顔をチラチラと見てから、意を決して、口を開くのだった。

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