第6話「ソロの限界」
グレンは換金用の魔核がぎっしり詰まった小袋を、協会の受付台に置いた。
「今日も大漁ねぇ。ソロなのに、毎度毎度、よく頑張るもんだわ」
受付のお姉さんビッキーが受付台で頬杖をつきながら言う。
「じゃあ、査定と換金よろしく」
グレンはいつものようにそう頼むが、ビッキーは頬杖をついてこちらを見たまま働こうとしなかった。
「どうした? 休憩の時間だったか? なら出直すが」
違う違う、とビッキーは首を横に振り、遠い目をした。
「……あんたが初めてここに来て、もう四年も経つのよねぇ。最初に会ったときは驚いたわ。15歳の少年が、一人でダンジョンに潜って、魔物を倒してきたっていうんだから」
「なんだ、昔話か? ビッキーの年齢なら、老け込むにはまだ早いだろ」
「やかましいわね。いいから黙って聞きなさい」とビッキーの表情が一瞬鬼になった。
「……正直、パーティを組まずソロで冒険者をやるって聞いたとき、一ヶ月も持たずに挫折するだろうなって思った。諦めてどこかのギルドに駆け込むか、ダンジョンで魔物に殺されるか、どっちかだろうなって」
なんの前置きなのか、早く本題に入って欲しかったが、グレンは話を合わせて相槌を打つ。
「今になって思えば、俺も無謀だったなと思うよ。少なくとも冒険者としての基礎を身につけるまでは、誰かに教えを乞うべきだったかもしれない。だが、そんな時間すら惜しいほど、早くヴァンに近づきたかったんだ」
「それで結局、選んだその道は、近道だった? 遠回りだった?」
グレンは何も言えなくなった。彼女の言うように、効率的では無かったかもしれない。
だが、それが自分の信じる道だった。他人より苦労も多かったように思うが、すべて自分の決断だったから、己の手で確かに掴んだ実力と経験だと実感できた。後悔はない。過去に戻ってやり直したいなどとは微塵も思っていなかった。
「道理など関係ない。俺が歩きたいのは、この道だけだった」
「でも、そろそろ充分なんじゃない? 四年もソロで戦い続けてきたんだし」
まさか、とグレンは頭を抱えた。
「お前までギルドに勧誘する気か? 勘弁してくれ」
「ちょおっと違うわね~。あんたが冒険者としてもうワンランク上を目指すには、今までみたいに一人で修業しているだけじゃ限界があるんじゃないかってこと」
「否定はしないが、俺が目指しているのは、冒険者として強くなることではなく、あくまでも、伝説の男・ヴァンのような――」
「これ、見なさい」
満を持して、と言わんばかりのしたり顔で、ビッキーが一枚の紙切れを広げてみせる。
本日発行の冒険者新聞だった。とあるギルドがこの都の冒険者たち向けに刷っている、地域密着型の業界新聞である。
新しいダンジョンや新種の魔物、その魔核から製作可能な魔装石/魔結晶の情報など、冒険者にとって嬉しい情報を網羅しているが、噂レベルの眉唾な話まで記載しているがために、信憑性に疑問が残る記事もある。
ちなみに、有名冒険者へのインタビューや、ゴシップも掲載しており、そういった情報にあまり興味のないグレンは、ビッキーのように定期購読はしておらず、時折販売店に立ち寄って一面に目を通す程度だった。
それ故に、“ヴァンが使っていた伝説の聖剣”の噂も、グレンは初耳だった。
「最近発見された文献から、とある特殊な金属で出来た聖剣の所在をほのめかす記述が見つかったらしいわね。ヴァンが愛用していた特殊な力を持つ剣が、この近くのダンジョンに眠っているんじゃないかって」
グレンは齧りつくように該当する記事を読む。ビッキーが口にしたように、噂レベルの話ではあるが、憧れのヴァン・ガードリオンが使っていた伝説の剣の話だ、興味津々だった。
しかしながら、その伝説の聖剣が在るとされる場所を知って、大きく肩を落として落胆した。
AA級ダンジョン【カ・ディンギル】――天空の雲を突き抜けるほど高い塔型ダンジョンの、最上階だった。
現在グレンが攻略に難儀しているA級ダンジョンよりもさらに格上の、超高難度ダンジョンである。今のグレンの実力では、とてもじゃないがその最奥に辿り着くことなど不可能だった。
「ヴァン愛用の聖剣、欲しいでしょ? そのダンジョン、行ってみたら?」
小憎たらしいニヤけた顔でビッキーが言う。
「俺がソロで挑むなど、自殺行為だ」
「そーね。“ソロだったら”無理でしょうね」
グレンは話の流れを理解した。少し悔しかったので一矢報いてやる。
「それだけじゃない。挑むのはAA級だ、徒党を組むにしても精鋭同士でなければあっという間に瓦解し全滅する」
「まあ、そりゃそうよね。でも、色んなギルドからスカウトされるあんただったら、すぐに有志が集まるんじゃない?」
グレンの口調が早口になる。
「簡単に言ってくれるな。これまで散々断ってきたのに、今更どの顔して頼めって言うんだ。そもそも、欲しいアイテムがあるからって、今まで貫いてきた信条を曲げるつもりはない。それが喉から手が出るほど欲しいヴァンの装備であってもだ。そういうことなんだ。俺はどんなことがあっても、ヴァンのようにソロの冒険者を貫き続ける。決してギルドには所属しない。だからこの話は以上だ」
「急に饒舌になったわね。もしかして、心が揺れてない?」
「うるさいな」
ビッキーはくすくすと笑って、新聞紙を綺麗に折り畳む。
「あんた昔から、ヴァンへの憧れからソロで冒険者をやってるっていうけど、ヴァンだっていつも一人で戦ってきたわけじゃないでしょ。あたしもヴァンの伝記を読んだことがあるけど、時々相棒みたいな人と一緒に冒険してなかったっけ?」
「む……」
確かにそういった話もある。弟子入り希望だった道案内役の少年や、恋仲のようになったヒロイン役の女魔術師など、バディを組むことはしばしば有った。
「そりゃあ強い信念を持つことはいいことだと思うけど、従来の考え方に固執する余り、臨機応変に行動できないでいると、せっかくのチャンスを見逃しちゃうかもよ?」
はい、とビッキーに折り畳まれた新聞紙を渡され、グレンは思わず受け取ってしまった。
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