第5話「話がしたいだけです」

 グレンは今日もA級ダンジョン【パンデモニウム】に入っていた。


 しかし浅い階層で修業を積んでいるのではなく、ハイペースでどんどん奥へ進んでいた。

 まるで、今日中に最奥までの攻略を目指しているかのような怒涛の勢い。各フロアに立ち塞がる魔物たちを、矢継ぎ早に駆逐していく。


 以前キマイラに敗北を喫した、中層にまで足を踏み入れる。


 がむしゃらに魔物と連戦してきたこともあり、この頃にはグレンは肩で息をするほど疲れ切っていた。


 そんな状態にも関わらず、なぜかグレンは一時の休憩も入れずに、今もまた次のフロアに進もうと、さっさと足を踏み出すのだった。


「グレンくん、ちょっと待って!」


 突然、グレンの前にソフィアが現れる。ペガサスの翼を使い、天から舞い降りてきた。


「グレンくん、どうしちゃったんですか? 無茶をしすぎですよ、一体何があったんですか?」 


「……ようやく姿を現したか。なかなか骨が折れたぞ」


「はい?」


 ソフィアはグレンの意図など何も分かっておらず、心配そうな顔をしていた。グレンは少し心が痛んだ。


「俺が危機的状況に陥らないと、きみは姿を隠したままだからな。わざと無鉄砲な攻略をして、おびき出させてもらった。心配を掛けてすまない」


「え……? グレンくんは、私と会いたいがために、わざと無茶をしていたってことですか?」


「まあそうだな」と頷きつつ、グレンは懐からとある魔結晶を取り出す。


 アヤメから貰ったものだった。町でイタズラしてくる悪ガキ冒険者がいるので傷一つ付けずに捕縛したい、とグレンがソフィアのことを伏せてアヤメに相談をすると、この魔結晶を譲ってくれたのだ。なぜか中身の魔法は使うまで秘密にされてしまったが、効果は覿面らしい。


 できれば捕縛魔法など使いたくないが、ソフィアにストーキングの件について話を聞き出そうとすると、いつもお得意のペガサスの翼で逃げられてしまう。魔法には魔法ということだった。


「傷つけるつもりはない。大人しくしてくれ」


 グレンは魔結晶を握り砕き、秘められた魔法を使用した。


 とある魔結晶の中身は【ローパーの触手】という魔法だった。ソフィアの足元から無数の触手がウネウネと生えてきて、彼女の体を雁字搦めに拘束していく。


「ふわああああ! なに!? なんですか!?」


「触手だと!? どういうことだ!?」


 ソフィアは立ったまま両手を縛り上げられ、両足もまとめてぐるぐる巻きにされた格好になり、全く身動きできなくなっていた。


「うう~、動けません~、しかも気持ち悪い~」


 体中ウネウネした触手まみれだ。さぞ気持ちが悪いことだろう。


「…………」


 グレンは触手拘束されたソフィアを眺めて、一瞬変な気分になったが、首を振って雑念を振り払う。


 なぜアヤメがわざわざ触手をセレクトしたのか趣味を疑いそうになってしまったが、冷静に考えると、確かに“悪ガキ冒険者”に対して効果覿面だった。傷一つ付けることなく捕縛できた上に、触手による気持ち悪さという罰も与えている。

 アヤメはリクエストに全力で応えてくれただけだ。きっと自分の伝え方が悪かったのだ。


 グレンは邪推してしまった己を呪い、真面目な顔して話を切り出す。


「悪いな、変なもので縛ってしまって。だが、こうでもしないとまともに会話もできそうにないからな」


「も、もしかして、これはグレンくんの趣味ですか?」


 グレンは畳み掛けるように否定する。


「それは断じて違う、効率を優先した結果だ、俺の趣味ではない、俺はノーマルだ、とにかく触手のことは一旦忘れてくれ。大切な話がある」


「た、大切な話……?」


「ああ、ずっと話したかったことだ」


 ソフィアはグレンと目が合うと、慌てて視線を逸らした。


「グレンくん……もしかして、昨日の続きですか?」


「む? 昨日の続き?」


「私が町中でファンの人たちに囲まれていたとき、グレンくん、いきなり私の目の前に飛び出してきたじゃないですか」


 なるほど、と納得するグレン。

「そうだな。続きといえば続きだな」

 自分をストーキングする理由を問い詰めたかった。


「やややや、やっぱり! で、でも、ファンの人に妨害されたからって、こんな強引な手段に出るなんて……意外です」


 なぜかソフィアは恥ずかしそうに顔を伏せて体をクネクネさせ始めた。体中触手だらけなので、やけに艶めかしい。


 なんなのだ、この反応は。


 グレンは今から尋問しようとしているストーカーが、なぜ悩ましげにしているのか皆目見当がつかず、言葉を失った。


「で、でも、確かに私も緊張するし、恥ずかしいし、拘束されてなかったらいつもみたいに逃げ出していたかもしれません。そう考えると、この状況は私にとって喜ぶべきことなのかも……」


 彼女は何を言っているのだろうか。

 しかも、拘束されて喜んでいるように思える。まさか、そんな癖も持っているのか?

 グレンは本題に入る前に、恐る恐る疑問を口にする。


「ちょっと待ってくれ。さっきから一体なんの話をしている? 緊張するやら、恥ずかしいやら、どういう意味だ?」


 ソフィアが伏し目がちに口を開く。


「グレンくん、今から私に愛の告白をするんですよね?」


「は???」


「全然知らない男の人に告白されても困ってしまいますが、相手がグレンくんでも、別の意味で困ってしまうものですね。頭の中がぽわぽわしています」


 グレンはハッと気づいた。まさかソフィアは、昨日俺がファンの人垣から飛び出してきたのは、彼女に告白するためだったと勘違いしているのか?

 そういえば、俺が飛び出していったタイミングは、とある少年がソフィアに愛の告白をした直後だった。


「いや待て、ソフィア。聞いてくれ」


「はい。いくらでも待ちますし、ずっと聞いています」とソフィアは体をクネクネさせたまま俺からの愛の囁きを待っている。


「いや、それも違う。そういう意味じゃない。全部、勘違いなんだ」


「はい?」


「俺はきみに愛の告白などしない」


 ソフィアがクネクネするのをやめて急停止する。


「え……? 告白じゃない? ど、どういうことです??」


「すまない。話しかけるタイミングが悪かったようだ。俺が話したかったのはそんなことじゃない」


「あ、あれ……? 全部、私の勘違い?」


 見る見るうちにソフィアの顔が紅潮していく。


「恥を掻かせてしまってすまない。重ねて謝罪する。それで、俺が話したかったことというのは――」


「いいい、いいえっ! 勘違いした私がバカだっただけです! 変なことを言ってすみませんでした!」


 触手に両手を縛り上げられたままペコペコと頭を下げようとするソフィア。


 その格好が、あまりに意外で、滑稽で、グレンはフッと吹き出してしまった。

 普段のクールで無愛想なイメージとは程遠い。誰もが一目置く、超一流の冒険者でもあるというのに。


「あ……グレンくんが笑った。最近はいくら頑張っても笑ってくれなかったのに」


「え?」とグレンが目で問いかけると、ソフィアはおずおずと話し出した。


「私がグレンくんに“親切”にすると、最初の頃は喜んでくれたけど、段々不審な目で見てくるようになって、嫌われちゃったのかなって……」


 親切……魔物との戦闘に加勢したり、アイテムサポートしたりなど、ソフィアが俺のピンチを助けることを指しているのだろう。


「親切にしてくれるのはありがたい話だが……そのあとすぐに逃げずにコミュニケーションを取ってくれないか? 理由もなく助けられてばかりだと、そのうち恐怖に変わるから……」


「ごめんなさい! 私、喋るの苦手で、人見知りで、緊張しいだから……」


 ついでに、親切の仕方がストーカー染みていて不器用な性格、と付け加えて欲しい。とグレンは内心そう思ってしまった。


 そのとき、ソフィアを縛っていた触手の拘束が緩んだ。時間経過で魔法の効力が解けたのだろう。

 そのうち、ローパーの触手は光の粒となって消滅した。


 体が自由になったソフィアは、グレンと目を合わせるや否や、やはりいつものように、


「す、すみません! やっぱり恥ずかしい!」


 ペガサスの翼を背中に展開、飛翔した。


「待ってくれ! きみにはまだ聞きたいことが――」


 すでにソフィアの姿は消えていた。グレンの伸ばした手が虚空を掴む。


 ようやくまともに会話することができたが、分かったのはソフィアの本当の性格だけだった。本題の、グレンをストーキングする理由は聞けず仕舞いである。


 本人によれば“親切”でやっているつもりのようだし、好意のようにも思えるが……ソフィアとはほとんど面識がないはずだった。ある日突然自分のピンチに現れ、それが繰り返されるようになり、現在に至る。


 好意を抱いてもらうほどの出来事は発生していないはずだった。


 それこそ、いいように言えば、いつ何時でもピンチに駆けつけて助けてくれるほど、強固な信頼関係を築いた覚えはない。謎だった。


「また会ったときのために、アヤメに追加で捕縛系の魔結晶をもらっておくか」


 ……もちろん、ローパーの触手ではないもので。 

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