第2話「グレンの夢」

 冒険者の都、エルドラド――

 この都市の周辺にダンジョンが多く見つかったことから、数多くの冒険者たちが行き交い、拠点として栄えることになった。


 中央通りには、宿屋や酒場、食料品店、鍛冶屋などが所狭しと建ち並び、剣や鎧を装備した戦士たちでごった返している。


 そして、その一角にある――


【冒険者協会】の看板が、一人の女性の大声で揺れた。


「はあ!? あんた一人ソロでキマイラぶっ倒したの!?」


 協会の受付嬢をしているビッキーが、グレンの持ってきた魔核コアを目にして驚いていた。


「俺が倒したわけじゃない。前にも言ったろ、謎の女騎士がやったんだ」


 魔核――魔物は著しく構成体を損傷すると、休眠状態に入り、魔力を秘めた小さな球状の物質に変化する。これを魔核と呼び、魔導師が錬成/再構成することによって、魔物の力を人間の道具として利用することができる。

 魔法の武器装備召喚ができる魔装石まそうせきや、一時的に魔法が行使できる魔結晶まけっしょうなど、魔法を使うためのデバイスやエネルギーとなっている。


 故に魔核は人間の生活に必要な資源となり、冒険者はそれを売って生計を立てる職業だった。


「あぁ、また出たのね、例のストーカー女騎士が。迷惑してるんなら、あたしが会長に言っておいてあげるけど?」


 ビッキーはメガネを指で押し上げ、真剣な顔で聞く。二十代前半くらいのお姉さん気質の女性だった。


「いや、それには及ばない。嫌がらせをしてくるんじゃなくて、助けてくれるだけだしな」


「恩人でもあるから通報するのは忍びないってこと? そーいや、あんた、その女騎士の名前とか特徴、一切話そうとしないわね。なんで正体を隠すの? もしかして、あたしの知ってる人だったりするワケ?」


「ああ。告げ口したところで、誰も信じないだろう。俺も信じがたいくらいだ」


「そっか、キマイラなんて大物を一人で倒す女だもんね。超一流の女冒険者ともなれば、有名人か。でも、そうなると、あたし一人の人物しか思い浮かばないんだけど」


「…………」


「いや、でも、そんなわけないわよね。“あんな人”があんたのストーカーやってるなんて、有り得ないわ」


 グレンは諦めたように首を振る。


「じゃあ、査定と換金よろしく」


 冒険者協会の受付をあとにする。


 同建物内に設けられた待合室に行くと、そこには知り合いの姿があった。


「あ、グレンだ! おはよ!」


 花が咲いたような明るい笑みを湛えて、女の子がグレンのほうへ駆け寄ってくる。

 ――アヤメ・ツキカゲ。十七歳の女の子で、グレンの幼馴染だった。髪型は外ハネしたクセ毛のショートカットで元気そうな印象。中に鎖帷子を着込んだ忍装束を装備しているが、それはピンク色を基調とした可愛らしいの代物で、裾も短く、機能性よりファッション性を意識した出で立ちだった。


「おはよう、アヤメ。今日もギルドの雑用か?」


「うん、そんな感じ~。グレンは、また一人ソロでダンジョン攻略?」


「ああ、A級に挑んだ。中盤までは進んだが、キマイラに出食わして頓挫だ。悔しいが、まだまだ実力不足だな」


 二人はベンチに腰を下ろす。


「グレンは充分強いと思うけどなぁ。パーティを組めばもっと高レベルのダンジョンにだって行けるでしょ?」


「それじゃあ意味がないんだ。ソロでやり遂げないと」


「“ヴァン”の話?」


 そうだ、とグレンが深く頷く。


 伝説の冒険者“ヴァン・ガードリオン”。グレンが尊敬し憧れる、伝説の男だ。数々の逸話が語り継がれる、冒険者界隈では英雄的存在である。

 最強の魔物であるドラゴンの討伐や、AAA級ダンジョンの攻略など、ただでさえ困難なミッションを、パーティも組まず、たった一人ソロで成し遂げている。

 天下無双な彼の足跡は伝記にもなっており、【ヴァン・ガードリオン伝】はグレンの人生のバイブルであった。


 いつか自分もヴァンのような伝説の男になる、それがグレンの夢だ。そして当面の目的は、AAA級ダンジョンのソロ攻略にある。


「じゃあ、やっぱり【風の旅団うち】に入る気はない感じ?」


「アヤメもしつこいな……。何度勧誘すれば気が済むんだ」


「だって心配だよ。いつも一人で強い魔物と戦ってるんだもん」


 ダンジョン攻略において魔物との戦いは避けられず、常に命懸けである。それ故に冒険者ギルドに所属してパーティを組むのが定石だが、グレンはヴァンへの憧れからずっと一人でやってきた。

 命知らずだ、非効率的だ、無意味だ、と周りに嘲笑されながら。

 それでも、15のときから四年の歳月を掛け、F、E、D、C、B級まで一人で踏破することができた。

 今では上級冒険者として各ギルドからスカウトが来るくらい強くなった。

 しかしまだ、伝説の男ヴァンほどの実力には遠く及ばないのが現実だった。


「ヴァンの格言にもこうある。“誰よりも強くなりたいのなら、誰にも頼らないことだ”と。だから俺はソロで戦い続け、ヴァンのように強くなってみせる」


「……うん、分かってる。子供の頃からずっと聞かされてるし。わたしいつも、ギルドギルドうるさいかもしれないけど、応援はしてるんだよ」

 アヤメは悲しげに微笑んだ。


 受付のビッキーが待合室の入り口から顔を出し、グレンに声を掛ける。査定と換金が終わったらしい。


 グレンはアヤメに別れを告げ、席を立つ。


「あ、グレン。今日もダンジョンに行くの?」


「ああ、A級に再挑戦だ。昨日は功を焦って突っ込みすぎた。今日は修業のつもりでじっくりいく」


「うん。無理しちゃダメだよ」


「心配しすぎだ」とグレンはため息を吐いて、アヤメの元から立ち去った。


::::::::::::::::::::::::::::::::


 高難度危険度A級ダンジョン【パンデモニウム】

 トンネルで区画が分けられている上に多層構造になっている、大規模な地下建造物の形を模倣したような、地下都市型ダンジョンである。


 割と新しく発見されたダンジョンで、新種の魔物や遺物が見つかっており、それを求めて多くの冒険者たちがここを訪れるようになっていた。


 その中には、新たなレアアイテムを欲するあまり、危険を顧みない冒険者たちもいる。


 彼ら新興若手ギルド【万華鏡まんげきょう】のパーティが、まさにそれだった。


「こいつ、不死身かよ! いくら斬っても倒せねえ!」


 歩く枯れ木の魔物【ドライアド】六体と、十代の少年少女四人が戦っていた。


「不死身の魔物が出てくるなんて聞いてないよ……どうしよう……」


「どうしようって言ったって、囲まれてんだから、戦うしかないだろ!」


 装備のグレードも、魔装石も、戦闘経験も、A級ダンジョンに挑むにはあまりに分不相応の未熟さだった。


 グレンはやれやれと肩をすくめる。


 下調べもせず勢い任せに突っ込んできた初心者パーティなのだろう。このままでは間違いなく全滅してしまう。


「……ヴァンだったら、助けるよな」


 そう思えば、助太刀するのは当然のことだった。これもより高みを目指すための試練だと思えばいい。


 グレンは自分の手を見て赤い宝石の指輪を確認すると、少年たちの元へと馳せ参じるのだった。

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