俺がピンチになると必ず助けてくれる女騎士がいるのだが、この人はもしかしたらストーカーかもしれない

紅瀬流々

第1話「プロローグ~最早数え切れないくらいの偶然~」

 相手は3メートルを超える巨大なモンスターだった。山羊とライオンと蛇の首を持つ奇怪な化け物、キマイラ。


 冒険者シーカーの青年・グレンは駆け出し、気合の声と共に鋼の剣を振るった。


 ライオンの首が鋼の刃を噛んで受け止め、山羊の首は捻れたツノでグレンの腹にカウンターの一撃を喰らわせる。


 魔結晶まけっしょうで鋲打ちされたレザーアーマーの装甲を貫通するほどではなかった。しかし衝撃は通る。グレンは堪らず、飛び退いて距離を取った。


――強い。BOSSモンスターレベルの強さだ。


 グレンは腰のアイテムベルトを見る。回復薬ポーションは尽きた。ノーダメージでこのレベルの敵を倒すなど、不可能に等しい。


 撤退するべきだ。


 そう思って一歩後ろに下がった瞬間、足元がぐらついた。剣を支えに片膝をつく。


 ツノの衝撃は内臓を痛めるほどだったらしい。身動きができない。


 キマイラは3つ首を擡げ、グレンの目の前まで歩みを進めていた。口から火の粉を吐きながら、グレンという獲物を睨みつけている。


 絵に描いたような、絶体絶命のピンチだった。


「……ここまでか」


 グレンが死を覚悟した、まさにそのとき。


 天にキラリと光る、刃の輝き――


 ふわりと浮かんだその人影は、次の瞬間、キマイラの首へと、稲妻のような勢いで剣を振り下ろしていた。


 ライオンの首が飛び、残った双頭が怯む。

 その隙を逃さず、謎の人影は、袈裟、逆袈裟と剣を振るい、すべての首を斬り落とした。


 首を失い戦闘不能になったキマイラの肉体は、ガラスのように結晶化し、粉微塵に爆ぜて、消滅した。


……あっという間だった。グレンは、颯爽と現れた謎の人影に絶体絶命のピンチを救われていた。


 金色の長い髪をさらさらと風に靡かせ、こちらに向かって歩いてくる。


 謎の人影の正体は、銀に輝くミスリルの鎧に身を包んだ、女騎士だった。


「お怪我はありませんか?」


 鈴を鳴らしたように、透き通るような綺麗な声だった。


「あ、ああ……助かったよ、ありがとう」


「いえ、お気になさらず。偶然、居合わせたので、助けたまでです」


「…………」


 グレンは、なぜか怪訝そうな目つきで女騎士を見ていた。


 まるで、不審者でも見るみたいに。


 自分のピンチを助けてくれた、恩人であるはずの彼女に対して。


 しかもその女騎士は、髪や声と同様、美しい女性だった。

 年齢も二十歳前後といったところで若く、同い年くらいの若い男であるグレンなら、今のことをきっかけに恋に落ちたとしてもおかしくはない。


「先程の攻撃でダメージを受けたようですね。よければこれをお使いください」


 親切にも女騎士がグレンにポーションを手渡す。


「あ、どうも……」


 だが、グレンはポーションを飲もうとせず、やはり怪訝そうな目で瓶に満ちた液体を見つめていた。


「左わき腹に軽度の打撲を負ったはずです。放置しても動けるようにはなるかもしれませんが、魔物の奇襲に備えて回復しておいたほうがいいかと思います」


「よくご存知で。まるで俺の戦闘をずっと見守っていたかのようだな」


「…………」

 女騎士が目を逸らして黙り込む。


「俺がきみに助けてもらうのって、これで何度目だっけ?」


 そう。

 グレンがこの女騎士にピンチを救われたのは、これが初めてではなかった。


 以前にも、今回のように強敵に苦戦しているところに颯爽と登場して魔物を瞬殺したり――

 あるときは、魔物の集団に囲まれて難儀していたところ、いつの間にか女騎士が戦闘に参戦していて包囲網を分断してくれたり――

 この間なんて、ダンジョンの先に待ち受けていた強力な敵を先んじて倒していてくれたり――


 最早数え切れないほどだ。

 しかもそれは、ここ一ヶ月の間に起こったことだった。


『偶然、居合わせたから、助けた』


 そんな偶然が、ここ一ヶ月の間にそう何度も起こるだろうか。


 グレンは冒険者になって五年目であり、実力は低くない。むしろ上級冒険者と呼ばれるほどの高レベルだ。

 とある事情によって、戦闘に苦戦することは多いが、ダンジョンに入るたびにピンチに陥っているわけではない。


 だが、最近では、少しでもグレンがピンチに陥ると、必ずこの女騎士が現れるようになっていた。


 まるで、どこかに隠れて、グレンの行動をずっと見守っているかのように……


 グレンは思い切って話を切り出す。


「あ、あのさ、ちょっときみに聞きたいことがあるんだけど……」


「では、私はこれで」


 女騎士ソフィアの背中に【光の翼】が生えた。【ペガサスの翼】という魔装石まそうせきの力だ。使用者の俊敏性を大幅に高める、強力な魔法である。


 トン、と跳躍したかと思うと、ソフィアの姿はあっという間に遥か彼方へ。グレンがいかに急いで走ろうとも、追いつくことはできないだろう。


「くそっ、またか……」


 コレもいつものことだった。グレンが深く話をしようとすると、さっさと逃げ去ってしまう。


 なぜ、俺のピンチを助けてくれるのか?


 なぜ、いつもタイミング良く現れるのか?


 ――っていうか、あなた俺のストーキングしてませんか!?


 窮地を救ってくれるのはありがたいが、ストーカーされているとなると話は別である。


 例え相手が美少女でも、ろくに会話もしたことのない人物だ。四六時中どこかから背中を見られているかと思うと、どうしても恐怖を覚えてしまう。


 それ故に、是が非でも話を聞き出したかったが、今回もいつものように逃げられてしまった。


「普通に話をしようとしても無駄だな。何か、一計を案じる必要があるかもしれない……」


 グレンはダンジョンの中で腕組みをして、ダンジョンとは全然関係ないことで悩んでいた。

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