第3話「お助けアイテムをどうぞ」
大木がカミナリに打たれて出来たような切れ込みの暗闇から、ドライアドの黄色く発光する目がギョロリと下を向く。
不気味な眼光に射抜かれて、
そんな少年たちの元へ、グレンが颯爽と駆けつける。
「怯むな。弱点さえ突けば、大した敵じゃない」
少年たちがグレンの登場に目を丸くする。
「あ、あなたは……?」
「そんなことよりも戦闘に集中しろ。ドライアドの弱点は炎だ。物理でいくら斬りつけようと、すぐに再生してしまう。一気に燃やすんだ」
グレンは指輪に仕込んだ魔装石の力によって、サラマンダーの炎の剣を召喚。火炎の刃で薙ぎ払う。
ドライアドは紅蓮の奔流に包まれ、致命的ダメージを負った。結晶化して爆ぜ、魔核と化す。一体目を撃破。
「す、すげえ……」と赤髪の少年が嘆息する。
「誰か炎属性の魔法を使える奴はいないのか?」
グレンが少年たちに聞くと、四人全員首を横に振った。
「これだけいて一人もいないのかよ……」
「で、でも、水属性なら使えます!」と青髪の少女が挙手する。
「いや、水を掛けると燃えづらくなるから、使わないでくれ……」
結局、グレン一人でドライアドの群れを一掃した。
一仕事終えたグレンの元に、万華鏡の面々が駆け寄ってくる。
「オレたちが束になっても敵わなかったのに、一人で魔物の群れを全滅させるなんて……マジですごいっス」と赤髪の少年。
「……もしかして、グレンさんじゃないですか?」と青髪の少女が言う。
「え、お前、知ってんの? 有名人?」
緑髪のメガネの少年が語り出す。
「馬鹿。グレン・エクシードって言ったら、ギルドに所属することなくソロでダンジョンを攻略して回ってるっていう、ウワサの凄腕冒険者だろ。冒険者新聞に載っていたの、一緒に読んだじゃないか」
「マジ!? この人が、あの!?」
「そうですよね?」と青髪の少女が重ねて訊く。
嘘をつく必要もないので、グレンは素直に肯定した。
「おぉ~~!」と少年たちが感嘆の声を上げる。
思わずグレンは顔を綻ばせた。過去に嘲笑されることが多かったためか、こういうのは素直に嬉しいものだった。
「そうだ! グレンさん! 良かったら、オレたちのギルドに入ってくれませんか?」
スカウトされるのだって、悪い気分ではない。だが、いつも答えは決まっていた。
「オレたちのギルド、出来たばっかなので、今だったらグレンさんのために改名することも辞さないっスよ! 例えば、グレン隊とかどうっスか!?」
「いや、待て。それだけは絶対にお断りだ」
なぜだかその名称だけはやめておいたほうがいい気がした。グレンは断固として勧誘を断った。
「そうスか……。オレたちみんな新人冒険者だから、先生みたいな人がいたら最高だなぁって思ったんスけど」
「仕方ないよ。わたしたちとグレンさんとじゃあ、レベルが釣り合わないよ。グレンさんが損してばっかりになっちゃう」
「悔しいけど、そうだよな……」
赤髪の少年がため息をついたとき、青髪の少女が「あっ」と声を上げた。
「別の魔物が出たよ! みんな、気をつけて!」
グレンが後ろを振り向くと、老婆の幽霊のような魔物【バンシー】が、宙にふわふわと浮かんで徘徊していた。
「あいつ一匹くらいなら、オレにだってやれる! グレンさんはそこでオレの雄姿を見ててください!」
「いや、待て! そいつを倒してはいけない!」
グレンが慌てて声で制止するも、赤髪の少年は駆ける勢いのままに剣を振るっていた。
斬撃を浴びて、バンシーが消滅する。フロア中に響き渡るほどの、断末魔の叫び声を上げながら。
「何こいつ、うるさっ」と赤髪の少年が耳を塞ぐ。
やってしまったか、とグレンは頭を抱えた。
不思議そうな顔をする万華鏡の少年たちに、グレンは今の状況を説明する。
「バンシーは倒されると最期に叫び声を上げて、周辺の魔物を呼び寄せるんだ。さっきのドライアドの群れの比じゃない。ものの数分で、強力な魔物が一気に押し寄せてくるぞ」
少年たちの顔が青ざめていく。ドライアド一匹すら相手にできなかったパーティだ、それを上回るピンチともなれば――
「オ、オレのせいで……みんな死ぬかもしれない……?」
赤髪の少年は震えた声でそう呟くと、グレンの腕にしがみ付いた。
「グレンさんがいれば、大丈夫ですよね!? めちゃめちゃ強いんだし!」
「無理だな」
本音を言えば五分五分だった。A級ダンジョンといえど現在地は浅い階であり、魔物の傾向と対策はとっくに済んでいる。勝てない戦いではないだろう。
しかし、初心者パーティーを守りながら、となれば話は別だ。
「じゃ、じゃあ、オレたち死ぬしかないんですか……?」
「いや、魔物が大挙して押し寄せる前に、逃げればいい。幸い、この階層の構造上、魔物が来る方向は前方のみだ。お前たちは後ろの出口に向かって、全力で走れ」
「早く行け!」とグレンは恐怖で足がすくんでしまっている少年たちを一喝し、急いで逃走させる。
グレンは一人、鋼の剣を抜刀、その場で仁王立ちした。
足の速い魔物ならば後ろから追撃される恐れもある。誰かが殿を務める必要があった。
言わずもがな、あの少年たちの誰かにそれを任せるのは死ねと言っているようなものだ。となると、残るは一人しかいない。
「正直、勝機はあってもキツいんだが……これも鍛錬だと思うことにするか」
グレンは長期戦を覚悟するのだった。
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「うおおおおおおおおお!!」
グレンはライジュウの雷の剣を召喚。ダイヤウルフに向かって、稲妻の一撃を落とす。
ダイヤウルフは体中を流れた電撃に痺れて七転八倒しながら、結晶化していく。散り散りに爆ぜ、魔核と化した。
「これで十匹目。やっと半分くらいか」
グレンはダイヤウルフの群れに囲まれていた。
C級に分類される魔物であり、単体が相手なら容易に退けられるが、ここまでの大群になると厄介だった。
すでにキラービー三十匹とクロウラー十七匹と戦ったあとだ。息つく暇もない連戦で体力の消耗も激しく、しかもポーションは残り一瓶のみ。
初心者パーティも脱出できた頃だろうし、決戦を選ぶより、退路を切り開いたほうが良さそうだ。
「アヤメの心配が的中したな。少年たちを救うためとはいえ、この体たらく」
昨日の今日でまたピンチに陥っている自分を嘲った、そのときだった。
――グレンの足元に向かって、何かがコロコロと転がって来た。
「魔結晶?」
魔法のアイテムだった。それを拾い上げつつ、転がってきた方向を見やると、例の女騎士の姿がチラッと見えた。
「…………」
すぐに物陰に隠れてしまったが、間違いない。ミスリル鎧の輝きと、金色の髪が靡くのが見えた。
くだんの女騎士に貰った魔結晶を見る。
【マイコニドの眠り胞子】だ。広範囲に睡眠効果のある変性魔法が使える代物だ。
魔物の大群を相手にしている今の状況には、うってつけである。
「今日はアイテムサポートのパターンか……」
実のところ、ストーキング女騎士がグレンのピンチを助けるパターンには、実際に颯爽と現れて魔物を排除してくれる実力行使のパターンの他にも、別のパターンがあった。
ちょっとしたピンチのときは、今のようにこうして、アイテムで戦闘をサポートしてくれるのだ。
……結局、マイコニドの眠り胞子を利用できたおかげで、グレンはダイヤウルフの大群を全滅させることができた。
大量の魔核を回収しつつ、横目で周囲の様子を窺う。
石柱の陰に隠れて、チラッと顔半分だけ出してこちらを見ている女騎士の姿を発見した。
話を聞き出すチャンスである。
グレンは魔核の回収に集中していると見せかけて、徐々にストーキング女騎士のほうへ接近、間合いを詰めていく。
そして、一気に飛び掛かった!
「奇遇だな。昨日の今日で、また“偶然”出会うなんて」
グレンは柱に手をつき、女騎士に壁ドンして退路を断っていた。
「こ、こんにちは、グレンくん。本当に奇遇ですね。私もびっくりです」
女騎士は身をすくめ、目を泳がせながら喋っていた。
その反応、自分のストーキング行為に対して罪悪感を感じ始めたようだな。とグレンは思った。
「……貸してくれた魔結晶、役に立ったよ。それについては感謝する」
「そ、それ、私じゃないです。私は何もやっていません」
あからさまな嘘だった。犯罪者(?)はみんなそう言うのだ。
「きみには色々と尋ねたいことがある。ちょっとこっちに来てもらおうか」
「あ、そういえば、洗濯物を取り込むのを忘れていました。急いで帰らないと」
さすがの身のこなしだった、女騎士はサッとしゃがみ込んでグレンの手から逃れる。
「しまった! 待て! 今日の天気予報は晴れだから洗濯物の心配をする必要はないはずだ! 戻れ!」
あっという間だった。女騎士はいつものようにペガサスの翼を使い、一瞬で姿を消した。
「くそっ! また逃がした!」
少し強引な態度で出てみたが、やはりダメだった。いつも通りダンジョンで出会って会話を試みるだけでは、都合が悪くなるとペガサスの翼で逃げられてしまう。
「いつもとは違う状況下であったなら、ゆっくり話せたりするのだろうか……」
例えば町中で会ったりできれば、酒場などに連れ込み尋問できるかもしれない。
今度町中で彼女を捜索してみようと、グレンはストーカー女騎士との対決を決意するのだった。
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