1章 日常は変化する
1話 〝薔薇の女王〟のウラオモテ
1話 (1)
「――ん、んぁ……?」
そっと目を開ける。カーテンの隙間から太陽の光が漏れ、薄暗い部屋に朝の知らせを告げている。
「……朝、か」
そう呟いて、ベッドの上で体を伸ばす。卓上の時計に目をやると、時刻は6時半を示していた。俺はカーテンを開けて朝日の光を十分に浴びると、自室の扉を開けた。
それにしても、懐かしい夢を見たものだ。あの後も悠月とはクレイドルで交流を深めていたが、結局学校では一度も話すことはなかった。思い出すとまた胸の内がざわつくが、こればっかりはどうしようもないだろう。
俺は着替えると日課である素振りを行う。これは中学時代剣道部に所属していた時に行っていたのだが、剣道をやめてもこればっかりはやらないと落ち着かなくなったので、続けている。まぁ、運動不足になるよりかは良い。
一通り終えて汗を流した俺は、ひとり静かに朝食を取る。皿を洗い、学校へ行く準備を終えるころには、丁度いい時間になっていた。
俺は鞄を手に取り、玄関の戸を開けると、人気のない家に「行ってきます」と声を掛け、学校へと出発した。
4月8日、月曜日。満開に咲いた桜が遊歩道を春色に染め、心地よい風が吹く通学路を、俺はひとりで歩いていた。言うまでもないだろうが、今日は私立久我塚高校の始業式であり、俺の高校2年生が始まりを告げた日でもある。
耳に付けているイヤホンから流れるのは、近年若者中心に人気のネットシンガー〝ブルームナイト〟の曲だ。いつだったか悠月から勧められたのだが、流石は俺と似ているだけのことがある。好みにストライク。それ以来、俺は毎日のように聞いているというわけだ。
「おっす宗稀。2週間ぶりだな」
少し体を揺らしていた俺に急に声を掛けてきたのは、中学からの友人である慎治。この1年で垢ぬけて、一層陽キャ高校生に磨きが掛かっているようにも見える。
「あぁ、おはよう。元気そうで何よりだ」
「そっちこそ。お前のことだ。どうせ家に籠りっきりだったんだろ?」
「バイトもあったしそうでもないんだが」
「そういやそうだった」
慎治はにこやかにそう返してくる。そっと周囲を見てみると、近くのJK《女子高生》たちが慎治を見て頬を朱に染めているのがわかる。何故こいつは超がつくほどのイケメンでもないのにここまで人気なのか、俺には良く分かっていない。これが雰囲気イケメンってやつか……?
ある種の諦めと少しの嫉妬を込めた視線を慎治にぶつけていると、後ろから俺達の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、これまたよく見知った少女がこちらに駆けてくる。
「慎治―! 宗稀くーん! おはよう!」
「相変わらず朝から元気だなお前」
「おはよう、天ヶ崎」
俺と慎治が返すと、彼女はにへーっと笑みを浮かべた。
そんな彼女は、なんと、雰囲気リア充(?)である綾部慎治の幼馴染なのだ。中学は違ったらしいが、これはもうテンプレもテンプレである。初めて知った時は俺もテンションが上がったものだ。
「今日から2年生だねっ」
「そうだな。来年は受験だし、今年中に遊びまくらにゃあかんな」
「ほどほどにしとけよ慎治。あまり勉強できねぇんだからお前」
「なぁ……っ! それ言うなよ宗稀っ!」
「あはははっ!」
終始笑いが絶えない状態のまま、校門を通過する俺達。すると眼前に人だかりができていた。ワーワー騒ぐ彼ら彼女らの前には、新しいクラスが記された紙が貼られているのだ。
「人多っ」
「そりゃ400人もいたらこうなるわな」
「慎治、どうにかしろ」
俺が慎治にそう振ると、慎治は「俺に振るか普通……」と呟きながらも人だかりへと突撃していく。すると、つい先ほどまで騒いでいた同学年たちは、別の意味で歓声をあげながら(主に女子)慎治に道を譲る。流石雰囲気リア充(笑)。
その光景を後ろから見ていた俺は、隣にいる天ヶ崎にそっと呟く。
「前途多難だな、天ヶ崎」
「……そう、だね」
天ヶ崎の眼に灯る光は不規則に揺らめいているが、何かの拍子に消えてしまうほど小さなものでもない。
「でも、諦めるつもりは、ない」
天ヶ崎は俺に目を向けると、きっぱりとした声でそう言った。天ヶ崎陽菜と言う少女はとても強い。一度決めたことは最後まできっとやり遂げるだろう。それこそ、太陽へ向かって真っ直ぐに咲く向日葵のように。
「確認してきたぞー」
「おぉー! どうだった?」
「俺と陽菜は3組、宗稀は6組だな」
「えぇーっ、残念だなぁ」
「お前、そう言ってるわりにはにやけてねぇか?」
「そんなに俺と別のクラスなのが嬉しいか……」
「ち、ちがっ……」
俺と慎治に矢継ぎ早に言われ狼狽える天ヶ崎だったが、俺達が口元に笑みを浮かべていることを確認すると顔を真っ赤にした。
「2人ともっ! もう……慎治、行こっ? 宗稀くん、それじゃ」
「あぁ。また後で」
「うんっ」
天ヶ崎は俺に手を振ると、慎治の手を取って引っ張っていった。おそらく天ヶ崎が口元のゆるみを押さえきれなかったのは、意中の相手が同じクラスだと分かったからだろう。その事を知っている俺からすればまるわかりだが、今のところ天ヶ崎を単なる幼馴染としか見ていないあのバカは気付いていない……はず。
と、そんな時だった。ふと視線を掲示板に向けたのだが、そこに記されていた名前を見て、俺は一瞬固まった。
――2年6組 雨宮悠月
「あいつも一緒なのか……」
まさかの2年連続同クラス。別に同じだからと言ってどうということはないのだが、夢で見た過去の出来事が頭をよぎり、形容しがたい胸騒ぎがした。
「……まぁ、どうとでもなるか」
俺は掲示板に背を向けると、新クラスの教室へと足を進めた。
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