巻き込まれて異世界に来てしまった人の話

夜群青

第1話

 俺は帰り道を急ぎ足で駆けていた。空には煌々と光り輝く二つの太陽が沈み三つの月が出てきていた。今日は珍しく月が三つとも満月だ。しかも今日は先生方がとてもやさしかった。おもしろいことが始まりそうな予感が俺の足を速くした。


 俺の名前はクウェゴ、今年の五月で二十三歳だ。今は大学で勉強をしている。

 兄弟は二人いる。一人目は自慢の兄で、今二十六なのだが人工筋肉を開発をして世界的に有名だ。もう一人は弟で今十八、中卒でジャーナリストとして働き始めて、今では超有名だ。何の取材をしているのかを俺はよく知らない。聞いたことがあるような気もするのだが忘れてしまった。まぁ忘れるようなことは大したことではないのだ。

 そしてその弟と兄はには一つの夢がある。それは、     

                    この退屈な世界から出ていくことだ

 こんな話をすると大半の人は笑うだろう。「何を言ってるんだ?もういい大人だろうが」とか「ファンタジー小説を書き始めるのか?」とか。

 ただ彼らは大まじめだ。

 理由を聞くと、この世界以外の世界がないという確証がないから、らしい。それにもし数パーセントでも可能性があるならば面白い方に乗っかりたいとのことだ。そして、この世界は面白くなさすぎるらしい。

 どうも天才たちが考えている事はよく分からない。俺はこっちの世界も十分に楽しいと思うし、この世界から出て行けるはずはないと思っているが、もし彼らだけでこの世界を出て行って、楽しく暮らして帰ってきました。なんてことにはなりたくないから、もし行くことになったら俺も彼らと行けるといいな思っている。その程度だ。


 家に帰ると暖かい空気が俺の冷えた手足を温めていくのがわかった。生き返った気分だ。

 リビングの方から弟のオルゴルと兄のバロマがはしゃいでいる声が聞こえる。どうしたんだろう、今朝まで「他の世界へ行ったことがある」という人物に二人で話を聞きに行ったはいいものの嘘を塗り固めたような証言でとてもがっかりしていたのだが。

 と、リビングに入ると二人はようやく俺の存在に気付いたようで、

「お帰り、宝の持ち腐れ」

 とオルゴルが腹の立つ挨拶をしてきたのでとりあえずしばいておこうと手を伸ばすとバロマが仲裁に入った。

「おい今日は祝いだやっとこの世界から出ていけるんだからな」

 という。只、このセリフはついこの間「ほかの世界へ行ったことがある」と言っていた人物へ話を聞きに行くときも同じことを言っていたので聞き流そうかと思ったのだが、バロマは話し続けた。

「やっと行き方がわかったんだ。今度はマジのやつだ。ちなみに現地への到着は今夜の零時。だから、、、、」

 ちょっと待ってほしいと俺は思う、俺は今帰ってきたんだ。しかも零時って言ったら六時間後だぞ?一体こいつは何を考えてるんだ?もし行くとしたら今から荷物をまとめて近所の人にあいさつをして、あと休みの届を大学に出しとかないとな、あ、いや帰ってくるかわからないからもういっそのこと辞めた方がいいか?ちょっと待てなぜ俺は出て行ける前提で話している。今までこいつらの話を信じて良かったことはあったか?自問自答をする。答えはすぐに出てくる。無い。

 まだバロマは話している。なにも頭に入ってこないがまぁいいだろう。きっと行けないだろうしな。まぁとりあえず「分かった」とでも言っとくか。この選択が間違っていた。その間違いは話をちゃんと聞かなかったことだ。そんなことをこの時の俺は知らない。だからあの時片道切符を受け取ってしまった。

「わかったよ」

 と俺は言った。

「マジかよ、クウェゴがこんなに早くokするなんて初めてだな」

 とオルゴル。

「じゃぁ行くぞ、俺の車に乗ってくれ」

 ん?ん?んんん?

「ちょっと待て今何と言った?」

「いや、だから俺の車に乗れって言ってんだよ。さっき今から行かないと間に合わないから俺の車に乗って今から行くぞってお前に言っただろ。そしたらお前分かったって言っただろ?」

「あ、いや、それは、、、」

 二人は俺の話は聞かずに車に乗り込む

「おーいクウェゴおまえの荷物ももう積んでるぞ、早く乗れよー」

 オルゴルがせっつく

 もうここまで来たら乗り掛かった舟だ、乗るしかない。

 俺が後部座席に乗ると、切符が切られる『パチン』という音が聞えたような気がした。


 隣ではオルゴルが楽しそうにはしゃいでいる。

 そんなオルゴルを見ながら俺は思う。あーあ、あとどれくらいで着くんだろうな、今が六時半だから五時間もかかるのか?いったいどこに行こうというのだろう、明日は金曜だから学校あるんだよな、この世界から出て行けない場合まずこいつらが何とかして出ていけないか探す時間で一時間いや、今回は中々期待してるから二時間かな、そして見つからなくてがっかりしてるこいつらをなだめて家に帰れる状態にするまで一時間だとしてそれから更に帰る時間を足したら、、、八時を過ぎるな。

 うん、遅刻確定だ。

 と考えていると、前からバロマが衝撃の事実を告げる。

「今回異世界行けるのは確定だ、だから学校には退学手続き出しといたからな、昨日」

 そして俺はいろいろな謎が解けた。今日の先生たちのおかしな対応についての謎が。

 そして俺は聞くべきことを聞く

「じゃぁ俺は明日どこの学校に行けばいいんだ?」

 するとオルゴルが言った

「異世界の学校?そんなものあるかどうかわからないよ?あるとしたら入れるといいね」

 まず話がかみ合っていない。馬鹿なのか?勉強をしすぎて馬鹿になったのかこいつらは。いや確かに昔からやばいところは多かったぞこいつらは、でもここまでじゃなかったぞ。前のこの世界から出れるといっていた時だって家のものをすべて売り払う程度だったのに、、、

 だんだんエスカレートしていっている気がする。とりあえず今回行けなくて落ち込んでいる期間が終わったらくぎを刺しておくか

「なんで出て行けない前提なんだい?」

 オルゴルが聞いてくる。

 テレパシーかお前はなぜ考えていることがわかる。

「どうせ、だんだんエスカレートしていっている気がする。とりあえず今回出て行けなくて落ち込んでいる期間が終わったらくぎを刺しておくかって思ってるんでしょ」

 俺は目的地まで寝ることにした。明日からは色々と大変そうだ、エネルギーをためておかねばならない。

 この予想は大当たりになる。俺が望んだ形とは違う形で、つまり普通の生活にはもう戻れなくなった。


「クウェゴ朝だ、起きろ」

「おーいクウェゴ起きなよやっと着いたよ!!」

 騒々しい目覚ましが耳元で鳴り響く。やめて欲しい、人が気持ちよく寝ているときに。

 ついた先は大きな山だった。ただ、この山なら俺も知っているが、この山でこの世界から出れるというのは噂ですら聞いたことはない。もしかして間違えたのだろうか。いや、その可能性は少ない気がする。もしかしたら流石に俺のことがかわいそうになった神様が俺の味方をしてくれたのかもしれない。

 するとオルゴルとバロマは登山道に入っていった。とりあえず余計なことは言わずについて行く、もうすぐ十一時半だ。もしこの山が違う山だと気づいて引き返すとしてももう零時には間に合わないだろう。

「おいクウェゴ早くしろ、零時に間に合わないぞ」

「ほらほらぁ、早く早く」

 マジで勘違いしているようだ。これはラッキーだな。

「あぁ、分かったよ、すぐに行く」

 普通に登山道を上っていたが、途中の十字に分かれた道で違う道に進み始めた。そこには[この先、行き止まり]と書かれた看板がある。そのまま前に進んでいく二人、看板が見えてないのだろうか、教えるか教えないか俺の頭の中の天秤は右に左に揺れている。決定にあまり時間はかからずメリットの大きい、教えない方に傾いた。にしてもこっちの道は今日は三つとも満月だというのに真っ暗だった。車から降りた時にもらった小さな懐中電灯をつける。足元を照らすほどの力しかない懐中電灯は頼りなかった。

 そのまま進んでいったのだが中々行き止まりはやってこない、時間を確認しようとスマホを見ると時間は零時十分をさしていた。

「おーいオルゴルにバロマ、もう零時は過ぎてるぞ」

 するとオルゴルとバロマは顔を見合わせてオルゴルが言った。

「何寝言言っているんだ?まだ、俺の体内時計は十一時四十五分だぜ?お前の目は節穴か?」

 そんなはずは無い、体内時計より俺のスマホを信じてほしい。さっき確認したばかりだ。もう一度スマホを見る、するとスマホは充電切れを示していた。二、三分前にはまだ五十%以上はあったはずなのだが。

「おいオルゴルにバロマ、なんで俺のスマホの充電がなくなってるんだ?」

 何とも変な質問である。

「お前何言ってるんだ?さっき時間を確認したんじゃないのか?しょうがないな、俺が確認してやるよ」

 そしてオルゴルがスマホを見る。とオルゴルの表情が固まった。

「ない、俺のも充電がない、さっき車の中でも充電しておいたのに、、、」

「お前ら二人そろって何してんだ?ほら、もう十一時五十分だ。急がないと間に合わなくなる」

 そのアナログ腕時計は確かにまだ十一時五十分を差していた。秒針が動いてないような気がしたのは気のせいだろう。

 後ろを振り返ると夜中だからだろう漆黒の闇が垂れ込めていた。何故か少し怖くなった俺は走って、あるはずである行き止まりへと急いだ。後ろにいた二人の「おい、何急にやる気出してんだよ。ちょっと待てよ俺らも行くから」という声を聞きながら。

 少し、だいたい三分ほど走ると前のほうが少し明るかった。考えすぎだったようだ。開けた場所に出るのだろうか、それまで小さな懐中電灯の明かりしかなかっかった俺は少し安堵する。足がさらに早まる。そして開けた場所に出た俺は絶句した。

 強く風が吹いて後ろの木々がひそひそ話をするようにかさかさとなった。空にある二つの月は両方とも満月でまるで目のようにこちらを見つめていた。そして目の前には城壁で囲われた物語でしか見たことのない様な王国が広がっていた。後ろから遅れて後の二人がやってきた。どうやら俺たちはマジで異世界にきてしまったらしい。


 騒ぐ二人をなだめるのにかなりの時間がかかった。さて、状況を整理しよう。ここで喜び疲れて持ってきていた寝袋を広げて寝始める奴らをたたき起こす。

「なんだよクウェゴ、お前は見守りだぞ、せっかく異世界に来たのに来た瞬間死亡とか悲しすぎるからな」

「そうだぞクウェゴ、お前がこの中で一番強いんだ。それにお前は車の中で寝ていただろ」

 突っ込みどころしかない。まずそんなに長時間じゃないだろ俺が寝ていたのは、せいぜい五時間そこらだ。俺は少なくとも七時間は寝ないと気が済まないんだ。それに何故俺は見張り確定なんだ。いや、確かにこの中では俺が一番強いよ?それは否定しないよ?でもだからと言ってこの仕打ちはひどくないか?

 あぁ神様人に面倒ごとを押し付けてさっさと寝やがったこいつらに制裁を与えてください。

「良いだろう、お前は何が望みだ」

 空から野太い男性の声がした。と同時に突如目の前に老人が現れた。

「マ、マジ?」

「願いは一つだけだ」

 俺は即答した。

「今すぐ元の世界に返してください。バロマとオルゴルも」

 完璧な答えだ。まず奴らへの一番の復讐になる。そして俺に損は全くない。

「いいだろう」

 こうして俺たちは元の世界に帰ってきた。

                                                   THE END

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巻き込まれて異世界に来てしまった人の話 夜群青 @yorugunjyou

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