第3話 ペイバック・テレパシー 3

 戦闘用のメイスみたいな杖を沙羅が選んだ。彼女の杖は不運にも折れてしまったので、新しいものを買わなければならないのである。燕二が値段を見たところ、一万円近い値段であった。

「高い……」

 全財産に匹敵する。燕二は微々たるお小遣いで暮らしている身である。

「燕二さんが折ったやつは、四、五万円でしたよ」

 これを言われた時点で詰みである。燕二は敗北を認めた。

「これなら、燕二さんが振り回しても折れません」

「もうやりませんよ」

「スタンガンも燕二さんが捨てちゃいました」

 人の弱みを見つけるや否や言いたい放題というやつだ。この子はこういうところがあるから幼少期から人に嫌われてきたのだろう。まあ、エスパーの多くはそんな連中ばかりではある。

 ともあれ薄い財布を握りしめてレジに向かうほかない。

「なんで私が嫌われていたって知っているんですか?」

 思考を読まれたらしい。

「あ。燕二さんの能力ですか?」

「まあ、そうです」

「どんな能力ですか?」

 燕二は少し考えた。隠す理由はないが、説明が面倒である。テレパシーのような誰でも知っているたぐいの能力ではない。順序立てて説明しなければならない。

「単純に言えば記憶の共有です」

「あ。わかってきました」

 わかったとのことだが、しかしどこまでわかったのかが燕二にはわからないので、結局説明するしかない。

「あなたが今までに見たこと、聞いたことを、僕も思い出すことができます。あなたよりも正確な記憶として。ただし五感の記憶だけですから、感情や思考は想起できません」

「ふぅん」

 聞いているのかいないのか、沙羅の反応は薄い。自分で聞いたくせに興味がなかったのだろうか。燕二はエスパーではあるが、人の気持ちはまったくわからない傾向にある。とくに女性の気持ちは虫よりもわかりにくい。

 どちらかと言えば、彼の方から沙羅に聞きたいことがあったのだ。

「何ですか?」

 聞く前に沙羅が促した。

「僕は、復讐がしたいらしいのですが……」

 言いかけた燕二と同時に、沙羅も足を止めた。

 二人はおのおのの第六感によって脅威を捉えたのである。

 燕二の記憶に物騒な殺人の記憶が混じり、沙羅の思考に物騒な殺意の思考が混じる。この剣呑な感覚の原因となる人物について、二人はすでに知っている。

 陳列された大量の杖に隠れることにした。

「津我さんです」

「ですねぇ」

 津我とは村田興業という暴力団の若頭であり、沙羅を追っている人物でもある。目下最大の敵と遭遇してしまったわけだ。

 これは不運としか言いようがない。杖が折れたからといって、暴力団に追われているにも関わらず、近場のデパートで買い物をするなどという安易な行動に出たせいではないだろう。ただの不運である。断じて沙羅が我が儘を言ったせいではない。

「ちょっと。私のせいじゃないです」

「思っていません」

「思っています」

「まさか。あなたに言いくるめられたせいじゃないです」

「このっ……」

 エスパーは陰湿である。



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 沙羅が壊れそうなので、代わりのエスパーが必要だったのである。

 津我はエスパーに関する情報収集を一生懸命やっていた。エスパーなんかただの噂であり、実在しないというのが通説だが、津我はそう考えていない。何しろ本物のエスパーを一つ所有しているからである。あれは大変便利であった。

 調べたところによれば、発見されているエスパーはほぼ全員が官営研究機関の保護下にある。桜庭退助(サクラバ・タイスケ)だとか、瀬野(セノ)ステラだとか言った連中がそれである。彼らを攫ってしまうと大事になるのでよろしくない。

 そんな中で唯一、名前が知られているにもかかわらず行方不明となっているエスパーが存在する。つまりはどこの保護下にもないということだ。こいつを見つけられれば具合が良い。是非とも捕まえたい。

 彼は瀬野ステラを誘拐し、桜庭退助を殺害しようとした事件の容疑者として名前が記録されている。殺害は未遂に終わり、犯人は事件後に行方不明となっている。

 その人物の名が、虚木燕二である。

「誰って?」

【ウツロギ・エンジってやつです】

 沙羅を追わせていた二人から報告が入った。どうもまんまと逃げられたみたいだが、朗報をもたらしてくれた。沙羅と一緒にいた少年の名前がウツロギ・エンジというらしいのである。そんな変な名前はそうそういるものではない。

「そいつを確実に捕まえて。最優先」

【沙羅よりですか?】

「沙羅はもう要らない」

【了解です】

「あ。いや、捕まえておこうか。売れるかも知れんし」

【あ。ウス】

 耳周辺に火傷のある傷物女だが、あのガキを気に入っている変態は意外に多い。闇医者の苔芝くんもかなり入れ込んでいたようであった。処女だから最初の何回かは高く売れる筈である。壊れてしまう前にできるだけ金を作ってほしいものである。

 通信終わり。

 部下にばかり働かせるのも忍びない。手が空いている以上は自分でも探してみるべきだろう。沙羅の杖が折れたそうだから、案外デパートの杖売り場にでもいるかも知れない。

「そんな馬鹿がいますかね……追われているのに」

 隣の部下がぼやいている。

「沙羅は割と馬鹿だぞ」

「でしたか。俺はほとんど喋りませんでした」

「喋らん方が良い。口は上手いんだ」

 沙羅はともかくとして、虚木燕二が重要である。どういうわけで沙羅と一緒にいるのか知らないが、ついでに捕まえられそうなのは僥倖である。いやいやしかし、皮算用とならぬよう慎重に動かねばならない。

「津我さん」

「ん?」

 部下に声をかけられた。誰かが近づいて来ている。

「お知り合いですか」

「沙羅じゃん」

「ああほんとだ。後ろにいますね」

 少年の背中を掴んでいるのが沙羅である。どうも彼を止めたいらしいが、足がマトモに動かないので、男に逆らえる筈もない。そしてそのすがりつかれている枯れ尾花のように陰気な少年が、つまりはそういうことだろう。

「どうも」

 少年は野球帽を取らずに挨拶する。

「僕が虚木燕二です」

「よろしく。津我です」

 二人は友好的に握手をした。

「いただろ?」

 津我は部下に目配せをした。包囲するように、という指示である。

「はい」

 部下は理解してその場を離れた。テレパスでなくともそのくらいの意思疎通は取れる。くだんのテレパスも理解したらしく、顔を青くして怯えている。このガキのこういう表情は久しく見ていなかったから、なかなか気分が良い。

「何も問題ありませんよ」

 虚木が言った。

「大丈夫だから近寄ったのです」

 沙羅に言い聞かせているらしい。

 沙羅から武器のようなものを受け取っている。まあ、この場には津我は一人きりなのだから、彼を制圧して脅すという手はあり得るだろうが、一時しのぎにしかならない。

「津我さん。この杖を買ってください」

 虚木が言った。

 沙羅がなぜか、じっとりとした目つきで虚木を睨んだ。

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