第2章 南海の龍神 (後編)

 利津子はエリーゼから、割れた皿の写真を受け取って見た。エリーゼが少し芝居がかった感じで言う。

「三つに割れている。それは何を割るのでしょう? 皿という言葉を割るのでしょうか。でも、2文字なので三つには割れませんね」

「そうですね。ローマ字にしてみてもあまり意味がなさそうです」

「では、マイセンの皿なのでドイツ語でしょうか。ドイツ語で皿は"Gerichtゲリヒト"です。これも割ることに意味があるとは思えません。"Meissenマイセン"も違うでしょう。"Rundeルンデ Platteプラッテ"? いえいえ、もちろん、"Roterローター Hofdracheホフドラッヘ"に違いありません。"Roterローター"と"Hofホフ"と"Dracheドラッヘ"に割るのです」

 エリーゼがベストの胸ポケットから別の写真を出してきた。割った皿を少し間隔を置いて並べ、それぞれの破片の上に"Roter"、"Hof"、"Drache"という文字が赤いペンで書いてあった。利津子は思わず“小さい拍手”をした。

「なるほど! エリちゃんの話し方がお上手なので、聞いていると引き込まれてしまいますね」

「ありがとうございます。探偵は推理を聞いてもらえるのが何よりの喜びなのですよ。さて、ローターとホフとドラッヘの三つの言葉が出てきました。ローターは『赤い』、ドラッヘは『龍』です。これらはすぐにわかることです。では、ホフは……」

 写真の真ん中の"Hof"をエリーゼが指す。利津子は小さく頷いてから答えた。

「確か宮廷でしたね」

「しかし、どこに宮廷があるでしょうか?」

 エリーゼは右手を大きく広げるように動かした。「見よ!」と言うときのポーズだろう。利津子はつられて辺りを見る。道路とビルだけだ。裏通りに入れば民家くらいはあるだろうが、宮廷のような大きな家などあろうはずもない。

「そうですね、こんなところにはなさそうです。“何とか離宮”っていうところでもあればよかったんですけどね。神戸なら須磨離宮がありますけど」

「須磨離宮は私も一度行ったことがありますよ。依頼人との待ち合わせの時でした。あそこは花が綺麗ですね」

「そうですね。噴水もありますし、私も大好きです」

「さて、ホフの謎を説明する前に、こちらの方へ行ってみましょうか」

 エリーゼが東を指すので、そちらへ歩く。50メートルほど行くと歩道橋があった。階段を登って、真ん中まで渡る。東を向くと、ずっと先までフェニックス通りが一直線に続いているのが見渡せる。地図によれば1.5キロほどだ。

「フェニックス通りというのは、なぜそういう名前が付いたのかわかりますか?」

「中央分離帯にフェニックスを植えたからですね。ずっと続いています」

「そうです。全部で125本植えてあるそうです。ところどころ、切り取られているのもあるようですが」

「枯れたりするんでしょうか」

「それは知りませんが、さて、ホフの謎です」

「はい」

 利津子はフェニックス通りを眺めるのをやめて、エリーゼの方を見た。

「"Hofホフ"は『宮廷』のことと言いましたが、辞書で調べると、最初に『中庭』という意味が出てくるのです。昔の宮廷には立派な中庭があっていたからでしょう。確か英語で宮廷を表す"courtコート"にも『庭』という意味があるのではないですか」

「そうですね。それに日本の御所や離宮でも、庭が有名なところが多いですから」

「ここには宮廷はありません。ですが、中庭ならどうですか?」

「あっ……中央分離帯ですか!」

 それでエリーゼがここへ利津子を連れてきた理由がわかった。目の前にあるフェニックス通りは6車線の広い道路で、その真ん中にある中央分離帯は、確かに中庭と言ってもよさそうな感じだった。それに中庭らしく、ちゃんと植物も生えている。芝生とフェニックスだ。

「ホフに当たるのは小さい破片です。小さいですが、皿の中央のホーオーは、他の二つよりも多く描かれていますね」

 エリーゼがまた写真を示しながら言う。確かに、尖った部分に鳳凰の大部分が描かれている。他の2枚には鳳凰の羽根の先がかかるほど。

「そうですね」

「そしてそのちょうど裏に当たるところに、五つの赤い輪が描かれているのです。この意味するところは何だと思いますか?」

「うーん、何でしょう? 輪は五つあるから、5番目のフェニックスを調べろということでしょうか」

「しかし、それなら数字で5と書けばよいですね。そう書かなかったからには、別の理由があるはずです」

「じゃあ、こういう形でフェニックスが5本並んでいるところがあるんでしょうか?」

「ごらんのとおり、フェニックスは一直線に並んでいます。途中に広場があって、などというところはないのですよ」

 それを否定されると、利津子にはもう何も思い付かなかった。

「降参です。エリちゃんはわかっているんですか?」

「これを図形ではなくて、絵と思ってください。何かの花に似ていませんか?」

 五つの輪が五角形に並んでいるのは、確かに花を思わせる。

「花ですか。花びらが5枚の赤い花? 桜ですか?」

「惜しいですね。桜も確かに花びらが5枚ですが、絵にするときには花びらの先端に刻みを入れるでしょう」

「そうですね。あっ、それじゃあ、梅ですか?」

「グートです、梅です。そしてそれが名前のヒントだったのです」

「梅という字が付く名前の人を探したんですか。この辺りの古い住所録からですか?」

「それでもよかったのですが、フェニックスと関係があるというのを利用しなければ正しい解き方とは言えません。ところで、このフェニックスは誰が植えたと思いますか?」

「わかりません。その梅と付く名前の人が植えたんでしょうか? それとも、堺市……」

「ぜひ、インターネットでフェニックス通りを調べてみてください」

 エリーゼに言われて、利津子はスマートフォンで調べてみた。堺ロータリークラブが寄付金を集めて、1956年にフェニックスの苗木200本余りを植樹したのが始まり、とある。個人ではなく、堺市でもなかった。

「では、このロータリークラブの人ですか」

「惜しいですね。寄付金を集めたと書いてあるでしょう。その寄付をした人の中にいるのです。高価な食器を貸すような相手ですから、やはり資産家だったのですよ」

「そういうことですか!」

 割れた皿に五つの赤い輪が書き足してあるところから、ここまで読み解けるものかと利津子は感心しながらエリーゼを見た。もちろん、エリーゼは得意満面だった。

「さて、寄付をした人の一覧から、梅という名前が付く人を探しました。残念ながら個人名はありませんでしたが、代わりに会社名がありました。これです」

 エリーゼがスマートフォンを見せてきた。何かの冊子に載っていたであろう寄付者リストが写真に撮られていて、そこに“梅村製薬”という名前があった。もちろんその名前は利津子も知っている。大阪に本社のある中規模の製薬会社だったはず。

「では、この会社の誰かに貸したのですね。どうやって確かめましょうか」

「会社へ行ってもいいのですが、きっとこの辺りに住んでいたと思われます。住所も堺市竜神橋町になっていますしね。ただし、その住所は古いもので、番地が変わってしまっているのです。今はどこなのか、すぐそこにある龍神交番で尋ねてみましょうか」

 歩道橋を北へ降りたところにバスターミナルがあり、その向こう側に交番が建っていた。エリーゼが「警察にあまり顔を知られたくないのです」と言うので、利津子が一人で交番に入って尋ねることになった。

 警官は利津子を見て、執事のコスプレか何かと勘違いしたようだが、丁寧に応対してくれた。しかし、訪ねたい相手の名前と住所を言うと、急に困惑の表情を見せた。

「ああ、梅村さんですか……これは確かに古い住所ですね。会社は別のところへ移転しています。区画整理の時に敷地を分譲されて、その一角にマンションを建てて、梅村さんはそこの最上階に住んでおられました。今はお嬢さんだけが住んでおられて……」

「そうでしたか。ありがとうございます。では、そのマンションを教えてくださいますか。お嬢さんにお会いしてみようと思います」

「いや、会いに行かれるのは、ちょっと……」

「あら、何か不都合があるのでしょうか?」

「ええと、もしかして、あなたも梅村総司社長に依頼されて、梅村すみれさんを説得に来られたのですか?」

 説得などという意外な言葉が出てきて、利津子は驚いた。

「いえ、そういうわけではありませんが……」

「とにかく一度、堺署の生活安全課か、梅村総司社長に相談してから、すみれさんを訪問するようにしていただけませんか。連絡先をお教えします。そうしないと、あのマンションでトラブルが発生するかもしれないので」

「はあ……」

 何だかよくわからないことになったが、利津子は連絡先を教えてもらい、交番を出た。外で待っていたエリーゼに伝える。エリーゼは生活安全課という言葉を聞いただけで顔を引きつらせている。

「しかも堺署ですか。私はそこの人から目を付けられているのですよ。別に悪いことをしたつもりはないのですがね。探偵というだけでサングラスで見る人がいるのです。おや、何かおかしい表現をしましたか?」

「色眼鏡で見る、ですね」

「ホップラ! そうでしたか。しかし、困りましたね。とりあえず、シャチョーさんに会いに行きましょう」

 エリーゼが電話をかけたが、その日は梅村社長に会えず、約束だけして、明日出直すことになった。利津子はしかたなく神戸まで帰ることにした。話が長引きそうな気がするので、着替えの用意をしてこちらのホテルに泊まり込んだ方がいいかもしれない。しかし、それも面白そうだなと考えて独り楽しんでいた。


(続く)

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