第4章 探偵の意見 (前編)

「さて、まずはチャイシ・チズ様にシーカ様の代理人としての資格があるか、確認させていただきましょうか」

「えーと、何を話せばいいんです?」

 エリーゼの言い分に対して、千寿が困ったように門木を見た。

「館長さんは、探偵に何か相談しに行ったんでしょ。それについてあなたが知ってることを話してくれたらええんです」

「あ、はい。1年前に、美術館に宅配便が送られてきて……」

 1年間放置されていたこと、開けたら黒真珠のネックレスが入っていたこと、送り主に心当たりはなく、美術館には不要な物なので、誰が送ってきたかを調べようとしたこと、を千寿は順々に話した。

「そして館長さんにこの探偵を推薦したんは、あなたなんですな?」

「そうです」

 門木は千寿に確認してから、エリーゼの顔を見た。エリーゼはまだ何も調査結果を披露していないのに、偉そうな表情をしている。

「聞いたとおり、依頼の件は二人で検討して、館長さんが二人を代表してお前のところへ行った、ということや。だから茶石さんは代理人としての資格があるし、館長さんのみに結果を報告せなならんということもないはずやろ」

「結構ですとも。認めましょう。それで、調査結果をここで報告せよということでしょうか?」

「警察に言われへんことやないやろうし、結果が館長さんの行き先と関係している可能性もある。例えば、誰かがお前の代理人と名乗って、送り主がわかった、会わせるから来てくれ、とでも言うたら、出て行くかもしれんわな」

「シーカ様がそんな不注意な人だとは思わないですが、よろしいでしょう、お話ししますとも。調査内容を詳しく説明しますか、それとも結論だけでよいでしょうか?」

「まずは結論。必要に応じて詳細」

「結論として、送り元の住所に、送り主はいませんでした」

「えー」

 不二恵が空気の抜けたような声を出した。なんでお前が落胆するんや、と門木は思った。

「ほんでも、お前のことやから、それでは依頼料を取らんわな」

「さすがにモンキーさんはわかってらっしゃいますね」

「モンキーさんて言うな!」

「現地ではほとんど何もわかりませんでしたので、私はある宝石販売会社へ行きました。黒真珠のハルスケッテはとても高価な品と思えたので、もしかしたら宝石業界の人なら知っているかと思ったのです」

「あー、番屋早理ちゃんにまた会いに行ったんや。ええなー」

 不二恵が羨ましそうな声を出す。番屋早理は宝飾品販売会社“BAN-YAバンヤ”の社長夫人だが、かつてはCMタレントとして活躍していて、不二恵はそのファンだったらしい。それはともかく、どうして不二恵はエリーゼの話すことにいちいち反応するのだろうと門木は訝った。大阪漫才の相方の感覚なのだろうか。

「社長夫人にお会いして話をしました。彼女はハルスケッテのことを知りませんでしたが、社内の人に聞いてくださいました。するとそれはとても古いもので、大阪のジツギョーカ、ホーオージ家がショゾーしていた有名な品とわかったのです」

「えー」

 またも不二恵が反応。しかし不二恵だけでなく、千寿も同じように反応した。

「そしたら、送ってきたんは鳳凰寺家の誰かなんか」

「ですが、名前はホーオージではありませんし、住所であるヒョーゴ県アコー市にはホーオージ家の人は住んでいないのですよ」

「赤穂市と書いただけで、別のところから送ったとか」

「ナイン、宅配便会社の記録ではアコー市の支店が受け付けています。残念ながら、どんな人がその荷物を送ったのかは、誰も憶えていませんでした。何しろ、1年前のことですからね」

「もちろん、その住所の近くでは聞き回ったんやんな」

「さすがにジュンサブチョーさんはやり方がわかってらっしゃいますね」

 エリーゼは「モンキーさん」をやめて、巡査部長さんと呼ぶことにしたようだ。しかし門木は虚仮こけにされている気がした。

「ところがその住所にあるのは、アコーのお城だったのです。当然、誰も住んでいるはずがありません。受け付けた支店も、そんな住所はニセモノだと気付くべきなのですが、見逃したようなのですね。これも1年前のことなので、なぜそんなことになったか、誰も知りませんでした」

「で、次にその周辺も調べた」

「近くの神社に聞いてみました」

「そら、ええかもしれんな。うじやったかもしれんし、そうでのうてもぐうが近所のことをよう知ってるかもしれん」

「教えてくれましたよ。送り主の名前の人は、逃げたそうです」

「逃げた? いつ?」

 エリーゼは気を持たせるかのように、携えていたボディーバッグを降ろし、中から紙を一枚取り出してきた。どうやら報告書の一部らしい。

「ゲンロク15年12月14日だそうです」

「はあ?」

 それに反応してしまったのは門木だった。何かの聞き違いか、あるいはエリーゼの言い間違いかと思った。

「ゲンロクって何やねん。平成でも昭和でもなくて?」

「ゲンロクと教えてくれたのですよ、神社の方が」

 エリーゼは得意そうな顔のまま、応接テーブルの上に紙を置いた。そしてほっそりとした形のよい指で、紙に書かれた日付を指す。「元禄15年12月14日(西暦1703年1月30日)」と書かれていた。達筆なので、神社の宮司の直筆をコピーしたのだろう。

「元禄……15年? 12月14日?」

 どこかで聞いた年月日のような気がする、と門木は思った。江戸時代であることは間違いない。しかも赤穂? 突然、門木の耳に山鹿流陣太鼓の音が聞こえてきた。空耳であることは間違いないが……

 時は元禄15年、極月ごくげつ半ばの14日……

「赤穂浪士の討ち入りの日やないか!」

 思わず叫んでしまった。

「神社の人は、ローシと言ってはいけない、ギシと言うのだと強調されていましたよ」

「そんなことはどうでもええねん! それで、逃げたということは、寺坂吉右衛門?」

「そういう名前も教えていただきましたが、送り主はテラサカ・ノブユキなのですよ」

「いや、だから、結局どういうことやねん?」

 寺坂吉右衛門の本名が信行だというのだろう。しかし、真珠のネックレスの送り主が、江戸時代の赤穂四十七士の一人であるわけがない。

「さっきから、質問してくるのはジュンサブチョーさんばかりですね。私がこれを報告する相手は、代理人のチズ様ですのに」

「えっ、あっ」

 千寿がうろたえる。話に全く付いていけてなかったのだろう。偽の住所だったことから始まって、江戸時代の人物に行き着いてしまったのだから。千寿は「えーと、えーと」としばらく頭を捻ったあげく、ようやく質問を絞り出してきた。

「そうすると送った人は、何か理由があってその住所と名前を使ったっていうことですか?」

「私はそう考えましたよ。ジュンサブチョーさんはいかがです?」

「警察の考えはまだ保留する」

 門木は腕組みしながら言った。危うく、エリーゼのペースに巻き込まれてしまうところだった。

「結構ですとも。では私の考えを言いましょう。送り主は名前を隠したかった。そして、どこからか逃げた人物であるということを言いたかった。受取人はそれでわかると思ったのですね。そして、本来の受取人は1年前の館長、つまりホーオージ・キチヘイ様です」

「えっと、吉平よしへいさんです」

 千寿が囁くような声でエリーゼに指摘する。エリーゼが目を丸くした。

「ホップラ! ヨシヘイと読むのでしたか。失礼しましたです。とにかく、私が考えたのは、送り主はホーオージ家から逃げた人なのではないか、ということです。しかしそれが誰か、調べたのにわからないのです。まさか300年以上も前の人とは思っていませんよ。なぜなら黒真珠のハルスケッテは、およそ30年ほど前に作られたものだと、宝石販売会社の方が教えてくださったのです。ですから私は」

 エリーゼはそこで口を閉じると、館長椅子の上で長い脚を組み直した。また芝居がかってからに、と門木はふてくされた。いつもよりエリーゼがもったいぶっているように思えるのは、『忠臣蔵』が絡んでいるからだろうか。

「送り主は元々ホーオージ家の人で、いつかわからないですけれども黒真珠のハルスケッテを盗んで逃げ、去年になってそれを返そうしたのだと考えたのです」

 だが、エリーゼの「決め台詞」ような結論に、誰も反応しなかった。それでもエリーゼは満足そうな笑みを浮かべている。

「……えーと、ということは、真珠のネックレスは鳳凰寺家に渡すべきなんですね?」

「それはチズ様とシーカ様で判断してください。ただし私の結論に対して、証拠が足りないとお考えにはならないですか?」

「え、それ言っていいんですか?」

「言ったって、言ったって。でも、証拠を探す宛てがあるて言うてくる気がするけど」

 門木が口添えすると、千寿は門木の顔を見て、それからエリーゼの顔を見た。

「そうなんですか?」

「私は調べられませんでした。ヨシヘイ様のお祖父さま、ホーオージ・ヘイゾー様に3人の子供がいた、ということしかわからないのです。そのうちの一人はヨシヘイ様のお父さまのイチヘイ様で……」

「えっと、一平かずへいさんです」

「ホップラ! とにかく、それだけしかわからないのです。しかし、チズ様かシーカ様なら調べられると思うのですよ」

「何をです?」

「ホーオージ家の記録です」

「真珠のネックレスが盗まれたっていう?」

「いいえ、誰かが逃げ出したという記録で十分でしょう」

「でも私、鳳凰寺家と親戚じゃないですし。詩歌さんはちょっとはつながりがありますけど……」

「美術館でホーオージ・コレクツィオンを展示するために、ホーオージ家の歴史を調べたはずでしょう?」

「あ」

 千寿は、ようやく理解した、という顔をした。そして「資料が確かこの部屋に……」と言って執務デスク背面の書類棚を探し始めた。すぐにファイルを一つ見つけ出し、あるページを開いた。

「鳳凰寺平蔵から後の家系図はこれです」


   鳳凰寺平蔵 ┌── 一平

    ├────┤   ├───吉平

   益倉桐乃  │   牧野奈保

         │

         ├── 保平

         │

         └── 和乃

             │

             羽仁博


「この人たちはみんな居場所がわかっているのでしょうか?」

「ええと……平蔵さんの次男、保平やすへいさんは失踪した、ということになっています」

「つまり、家から逃げ出したのですね」

 エリーゼがここぞとばかりに誇らしげな表情になったのを、門木は見た。千寿が他の資料や鳳凰寺平蔵の伝記をあたると、保平が失踪したのは平蔵が亡くなった直後、つまり約30年前ということがわかった。真珠のネックレスのことはどこにも書かれていなかったが……

「ホーオージ・ヨシヘイ様に聞けば、他に何かわかるかもしれませんね」

「吉平氏は一昨日から出掛けていて、行方がわからん」

 門木が言うと、エリーゼはおやおやという顔をした。

「ジュンサブチョーさんのことだから、行き先を調べたのですね?」

「自宅にはおらず、別荘へ行った形跡もない」

「別荘はどこにあるのですか」

「いろいろ」

 その「いろいろ」をエリーゼが聞きたがったので、門木は列挙してやった。大阪の生駒山、兵庫の六甲山、京都の宮津、滋賀の比叡山、和歌山の白浜、三重の鳥羽。6ヶ所もあると聞いて、エリーゼは目を輝かせた。

「地図を描いてくださいませんか」

「なんでそこまでせんならん」

 しかし略図を書くならあっという間なので、千寿に出してもらったコピー用紙に鉛筆でささっと殴り書きする。それを見てエリーゼがなぜかにやりと微笑む。


(続く)

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