第4章 木曜日 (後編)

 それから、自転車で探偵事務所へ。エリさんは笑顔だったけど、何となくいつもと感じが違う。いつもはもっと自信ありげなのに。

「さて、何か考えてきましたか」

「考えましたけど、ちょっと無理があるかなあっていう気がします」

「いえいえ、推理は大胆にするべきなのですよ。それが条件に当てはまっている限りは」

「はい、えーと……」

 家族が石垣まで追いかけてきた理由、が宿題だった。

「父が与那国へ連れて行った友人っていうのは、昔の友達で、女の人で……」

 その人は結婚してるけど、与那国へ行くことは旦那さんに黙っていた。旦那さんは後で知って、浮気だと思って追いかけてきた。石垣空港で父は旦那さんに会って、説明したけど聞き入れてもらえなかった。奥さんも電話で説明したけど以下同文。

 それで、3人で直接会って話し合いをするために、父は石垣で一泊させられた。翌日、奥さんが石垣にやってきて、無事話し合いが済んだので、父は10時過ぎの飛行機で出発した。

「大筋では合っているように思いますが、ご主人はどうやってお父上の名前を知ったのかとか、なぜ奥様の電話での説明は聞き入れてもらえなかったのかとか、不明点がいくつもありますね」

 確かにそのとおり。私の想像力は2時間ドラマにも劣るらしい。

「想像が働きませんでした」

「私は昨日、『付き添いの人に何かあったか、または事件に巻き込まれたかのどちらか』と言ったのですが、それについては考えなかったですか」

「忘れてました」

「正直ですね。しかし、その日に何か事故があったかどうかくらいは調べられるでしょうに。今はインターネットでニュースが検索できるのですから」

「あ、そうか。気付きませんでした。でも、どうやって……」

「石垣にも新聞社があって、そのウェブサイトもあります。そこで検索するのですよ。名前で調べて、なかったら大阪と入力するのです。新聞記事では本名が出せないときでも、現住所と職業くらいは書きますからね」

 そうか、匿名の時は「大阪の会社員(年齢)」っていう書き方をするんや。

「それで、何か記事があったんですか?」

「私は調べてませんよ。それに、全ての記事がウェブサイトで読めるわけでもないです。だから、そういうときは新聞を取り寄せるのですよ」

 エリさんはそう言ってデスクの上から新聞を取ってきた。『八重山タイムズ』と書いてある。今週の月曜日と火曜日のものだった。『料金後納郵便』『第三種郵便』の帯が付いたままだ。

「そこに記事があれば、何が起こったかわかるでしょう。なければ、あきらめることですね」

「わざわざ取り寄せてくれたんですか」

「その新聞代と郵便料金と手数料を稼ぐために、あなたにアルバイトをしてもらったのですよ。私が無料でこんなことするはずがありません」

「あれ、アルバイトだったんですか?」

 しかもバイト代が出る? 私、もらってないけど。

「アルバイト代はアマ様から私が直接受け取ることになっています。悪く思わないでください」

「いくらですか」

「4千円です。依頼料の10分の1です」

「結構もらえるんですね」

「そう思いますか?」

「だって、昨日は3時間、今日は1時間座ってるだけやったのに」

 正確には今日は1時間半やけど。でも、コンビニのバイトの方がもっと忙しいと思う。

「そろそろ新聞を読んではどうですか」

「あ、そうでした」

 帯を外して新聞を広げる。まず月曜日の分。一面にはなかった。どこやろ、社会面? 大阪っていう文字のある記事が……どこにも……ない。続いて火曜日の分。やっぱりない。あれ、訃報欄に大阪があった。「大阪から来与の女性、事故死」。

“与那国島の県道二一六号線空港付近で一三日午後、大阪からの観光客がバイクに轢かれて死亡した。亡くなったのは南野明愛さん(四二)。南野さんは同日に与那国を訪れ、島内を観光後、同行した友人が帰阪するのを空港へ見送り、道路を歩いたところ、後ろから来た二人乗りのバイクと衝突。診療所に搬送されたが、すぐに死亡が確認された。八重山署(久部良駐在)はバイクに乗っていた二人を過失運転致死傷罪の疑いで逮捕した。”

 記事に続きがある。「乳癌の闘病後、念願の訪与を果たしたが」。

“南野さんは乳癌で長らく闘病生活を送っていたが、今夏にようやく完治。療養を兼ねて、以前からの願望だった与那国への来訪を果たしたばかりだった。数日後には波照間島も訪れる予定にしていた。闘病中に離婚し、訪与は高校の同窓生に付き添ってもらった。南野さんの母は「離婚した夫の代わりに、友人に元気づけてもらい、気力を取り戻してようやく完治したのに残念。付き添ってもらった友人にも申し訳ないことをした」と電話で語った。遺族と友人は一四日に来与した。”

 この記事の中の「友人」がもしかして父なんやろか。辻褄は合う。14日にもう一度与那国島に行ったから、北海道に行くのが遅れた? でも、夕方までに間に合うんかな。

「どんな記事でしたか」

「エリさんは読んでないんですか」

「あなたが記事を見つけられないのなら手伝おうと思っていましたよ」

「これです」

「読み上げてください。私が読むと時間がかかります」

 二つの記事を読み上げた。大阪からの観光客が死んだにしてはずいぶん大きい記事やけど、悲劇的エピソードやからと思う。読んでて、ちょっと目がうるっとした。

「亡くなった方は、お可哀想なことです。そしてその友人があなたのお父上だったとしたら、かなり大きなショックを受けたでしょうね。誰にも電話しなかったのは当然です」

「そうですね、せっかく付いて行ったのに、一人で残さんといたらよかったとか、後悔したかもしれません。でも、私や母に言うわけにもいかへんやろし」

「ただ、お父上はもう一度“よなぐに”へ行く時間はあったでしょうか?」

「調べようと思ってました」

 石垣から与那国へ行く飛行機は、朝の最初の便が何と10時。石垣に戻る便は、13時30分。その後、どうやって乗り継いでも新千歳に着くのは夕方じゃなくて夜になりそう……

「そうすると、これは父じゃないんかなあ」

「“よなぐに”へ行くのは石垣からだけではありませんよ。那覇からの便があったのではないですか?」

「え? あ!」

 ほんまや。那覇発7時15分、与那国着8時30分。帰りも……


  与那国 11時15分 - 那覇  12時35分

  那覇  13時05分 - 羽田  15時20分

  羽田  15時50分 - 新千歳 17時20分


 そして朝の那覇発に乗るには、前日夜に石垣発19時30分、那覇着20時30分というのがある。事故の連絡を受けて、19時25分発のに乗るのをやめたけど、調べ直してその後の便に乗ったのに違いない。同じ便に取り直しがでけへんかったんは、キャンセル待ちに速攻で取られた、とかかも。

 つまり、全ての旅程をまとめると……


 日曜日

  伊丹   8時15分 - 那覇  10時25分

  那覇  11時00分 - 石垣  12時05分

  石垣  12時30分 - 与那国 13時00分

  与那国 18時30分 - 石垣  19時00分

  石垣  19時25分 - 那覇  20時20分 ※キャンセル

  那覇  20時50分 - 羽田  23時10分 ※キャンセル

 月曜日

  羽田   6時15分 - 新千歳  7時45分 ※キャンセル


 キャンセル分の代案

  石垣  19時30分 - 那覇  20時30分

 月曜日

  那覇   7時15分 - 与那国  8時30分

  与那国 11時15分 - 那覇  12時35分

  那覇  13時05分 - 羽田  15時20分

  羽田  15時50分 - 新千歳 17時20分


「会社には、那覇から羽田へ向かう便の中でメールしたんかな。今どき、飛行機の中でインターネット使えるんですよね?」

「使えるはずです」

 遅くなったのは、ショックが大きすぎたからかも。それでも仕事しようとしたんや。私やったら、友達が死んだ次の日なんて、絶対何もでけへん。

「お父上にはこのことを訊くつもりですか?」

「父の方から、そのうち話してくれるかもしれません。それまで待っときます。……あ、そうや、ところで、こういう事故の記事って、大阪の人が関係してたら、大阪の警察にも知らされたりするんですか?」

「私は警察ではないから存じませんが、知らされることもあるでしょうね。どうしてそう思ったのです?」

「えーと、実はさっき、受付してたときに、臨海署の門木刑事さんが来て」

 父の話をしていったのは、この記事で何か気付いたのかもしれない。

「そうかもしれません。あんな面白い顔の人ですが、実はとても優秀な刑事なのですよ。ただ、優秀すぎて島流しになったという話も聞きましたが」

 顔と優秀さはあんまり関係ないと思うけど、まあええか。島流しって何やろ。臨海署ってそういう人の吹きだまりなんかな。それとも、単に人工島やからっていうこと?

 とにかくお礼を言って、探偵事務所を辞去した。帰る前にエリさんが意味ありげな笑顔で訊いてきた。

「もう一度受付の仕事を頼んだら、受けてもらえますかね?」

「知り合いが来たら困るから、できればやりたくないです。それに、学校でバイト禁止されてるし」

「そうですか。それは残念です。ハト様があなたに大きな期待を寄せていたのですがね」

 やっぱり続けることを期待されてたんか。でも大学になったらあそこでバイトしてもええかも。法律に全然興味ないけど、あの仕事、楽やし。


(第5話 終わり)

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