第2章 火曜日

 学校帰りにエリさんのところへ電話をかけ、家へは戻らずに直接探偵事務所へ行った。家に戻って母につかまると困る。自転車の鍵は朝出るときに持っていった。部屋に入ると、エリさんが私の姿を見て言った。

「おや、夕凪高校の生徒だったのですね」

「どうして知ってるんですか」

「制服を見ればわかります」

「はあ」

 近隣の高校の制服を全て把握してるんやろか。それとも、以前に夕凪高校の事件を解決したんかな。

「それで、お父上の行動は何か思い付きましたか」

「首里城とかちゅら海水族館とか」

「首里城を見るのに7時間も必要ないでしょう。美ら海水族館は遠いですから、バスで行くとして、往復で4、5時間はかかるでしょうから、2時間くらいは見られますか。何か特別な催しをやっていたのですか?」

「調べてないです」

 なんでバスの時間なんて知ってるんやろ。

「他には考えませんでしたか」

「沖縄ワールドとかざん岬とかまんもうとか琉球村とか」

「それはお父上が行きそうなところなのですか」

「わからないです」

「周辺の離島は考えましたか。ケラマ諸島とかイエ島とか」

「考えてないです」

 インターネットで沖縄の観光地を調べたけど、多すぎて絞りきれなかった。

「昨日は手がかりを言いませんでしたが、何か重要な催しが行われていて、どうしてもそれに参加したいから沖縄へ行った、と考えて、ではその催しとは何かを探すという考え方があるのです。そうでなければ、たった7時間のためにわざわざ沖縄へ寄り道して、それから北海道へ、などということになるはずがありませんからね」

「そうですね」

「もし公共の催しではないとすると、個人的な用事ということになります。どうしてもその日に会わなければならない人がいた、とかですね。そうなると調べることはなかなか難しいです。現地へ行って、レンタカーを借りたかとか、その車がどこを通ってどこへ行ったかとかを調べなければなりません。残念ながら、私は沖縄に知り合いはいませんし、沖縄県警にも貸しはないので、私でも調べるのには2日くらいかかるでしょうね」

 そうすると大阪府警には貸しがあるんやろか。探偵に貸しを作られる警察って、どうなんよと思うけど。

「そうすると、これ以上は沖縄へ行かないと調べられないんですか」

「そもそもお父上が予定どおりに行動なさっていたら、あなたはお父上が沖縄へ行っていたことすら気付かなかったのですよ。予定が狂ったから気付くことができたのです。では予定を大きく狂わせるような出来事は何だったか、を考えてみるという方法があります」

「よくわかりませんけど」

「私が航空会社へ電話して訊いたところでは、この日曜日と月曜日に沖縄地区で大きな運航乱れはなかったということでした。ちょっとした遅延はいくつもあったようですがね。チェックインしたのに搭乗口に現れなかったお客を探していて、出発が5分遅れた、というようなものです。毎日あるようなことで、それは問題になりません。空港で何か大きな事件はあったかと考えて那覇空港に電話してみましたが、何もなかったという返事でした。もっとも、事件があっても隠しておくということも考えられるのですがね」

 エリさんに調査費用は払ってないのに、なんで調べてるんやろ。電話で訊くくらいならタダなんやろか。それとも他の事件の調査のついでに調べてくれたんか、何か気になることがあって勝手に調べてはるんか。

「さて、そこで沖縄で起こった事件を調べるのもいいのですが、一つだけ先に確認しておきたいことがあります。それはお父上が那覇に着いてから、さらに飛行機を乗り継いだかどうか、ということなのです。昨日は航空会社に電話して那覇行きに乗ったことを確認しましたが、その先どうしたかは訊かなかったのですよね。そして帰りの便をどうしたかも。それを訊いてみましょうか」

 電話をかけて訊いてみた。すると11時発の石垣行きに乗り継いでいたことを教えてくれた。しかし帰りについてはわからないと言われてしまった。

「石垣ですか。アッハ、こんなに遠いところまで。これは面白くなってきましたね」

 エリさんは地図を見ながら喜んでいる。しかし私は全く訳がわからなくなった。

「帰りについては、最初に予約していた便を取り消したのですから、それで調べることができなくなったのかもしれませんね。便名を言わないと教えないことにしているのかもしれません。データベースで何でも検索できるはずですが、だからといって何でも教えてくれるわけではありませんからね。しかしこれでお父上の札幌到着が遅くなった理由がわかりかけてきました」

「あ……そうか、那覇じゃなくて、石垣からの最終便に乗り遅れたから、っていうことですね」

 時刻表を見ると、石垣を9時05分に出発して、那覇と関空で乗り継いで、15時45分に新千歳に到着できることがわかった。それなら“夕方”に到着するというのは合っている。

「そこは後にして、先に石垣へ行って何をしたかったについて考えましょう」

 石垣到着は12時05分。帰りを昨日考えた那覇発17時40分に間に合わせようとすると、石垣発は16時15分になる。たった4時間で何をしたかったんやろ?

 石垣島の観光地を調べたけど、海、岬、展望台、鍾乳洞、庭園、寺、博物館などがある。しかしどれもピンとこない。父が行きそうにないからやと思う。その他には……離島?

 石垣島の周りには他の島がたくさんある。そこへ行く? さらに乗り継ぎしてたら、その島には1時間ほどしか滞在できないんとちゃうやろか。でもその島に何か「これは!」というものがないと、父が行きそうにない。

「お父上のことですから、きっと絶妙な旅程を組んだのではないですかね」

「はあ……は? なんで父がそんなことするって思うんですか?」

「麻生という名字と会社の名前で検索すると、鉄道のシステムに関する論文がたくさん出て来ますよ。あなたのお父上のお仕事だと思いますが、違いますか?」

「たぶん父の仕事やと思います」

 会社でそういう仕事をしてると言っていたような気がするけど、ずいぶん前なので今はどうかわからない。

「鉄道関係の仕事をする人というのは、時間を守る人が多いのです。まあ日本人は元々時間を守る人が多いですが。ドイツ人と同じですね」

「どうしてドイツ人が出てくるんですか」

「私がドイツ人だからですよ」

 だったら三浦エリという名前は何なんやろうと思う。ドイツ人がそういう名前を名乗っていけないということはないけど。

 それはともかく、エリさんの言う絶妙な旅程って何のこと? やっぱり石垣からさらに移動することを考えてるんやろか。そんなことしたら滞在時間がなくなるのでは、という疑問をぶつけてみた。

「大丈夫です。もう3時間遅くなっても、札幌には朝9時までに着けます」

「どうやってですか」

「これをごらんなさい」

 エリさんは飛行機の時刻表を開いて私に見せてきた。東京-石垣便のページだった。石垣からの最終は19時25分発。那覇で乗り換えて東京着23時10分。東京というのは羽田のことに違いない。

「夜の11時過ぎに羽田から新千歳へ行く便があるんですか」

「次の日の朝でも間に合うのです」

「え?」

 札幌行きの始発は6時15分。それが新千歳には7時45分に着く。札幌市内で9時からの会議に間に合いそう……

「羽田空港って便利やなあ」

 思わず呟いてしまった。大阪からなら、一番早い便でも関空発8時ちょうど。新千歳到着は9時50分。

 伊丹の朝が遅いのは時間制限があるからやけど、関空は24時間オープンやのに、なんでこんなに遅いのしかないのか。

 しかも伊丹と関空に、神戸まで合わせても、便数は羽田の半分ほど。というか、東京と札幌ってそんなにたくさんの人が行き来するものなんか。いや、関東と北海道って言うべきかな。

「さて、石垣で7時間過ごせるということがわかったわけです。これを踏まえて、お父上がそこで何をしていたのかを考えてきてもらいましょうか」

「ふえー」

 また宿題を出されてしまった。でも少しずつわかってきている。ここまで来たら、もう少し考えれば謎が解けるかもしれないと思える。というか、私はほとんど何も考えてなくて、エリさんがヒントのような、答えのようなものをじわじわと教えてくれてるだけのような気がするけど。


(続く)

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