第1章 月曜日 (その4)
「何かわかりましたか」
探偵さんは期待のこもった笑顔で訊いてきた。わからないはずがない、と思っているかのように。
「はい、やっぱり空港の業務放送でした。それで……」
「ホップラ! ちょっとお待ちなさい」
ホップラって何よと思いながら、私は口を閉じた。外国の感嘆詞やと思うけど、何語かもわからない。ゼアー・グートもそうやったけど。
「鑑識結果を私が聞いてしまって、もしそこから私が何かわかったら、それをあなたに話すのに料金が発生してしまいます。だからもう少し自分で調べてみましょう。例えばどこを飛んでいる便かわかったのですか?」
「いえ、航空会社と便名の数字の一部しか」
「航空会社ははっきりわかっているのですね」
「はい」
「便名は何桁の数字のうちの、どこがわかっていますか?」
「4桁の千番台と百番台です」
“せんなな”だから、“なな”はもしかしたら百番台やないかもしれへんけど。でも、鑑識さんは「1700番台」って言ってたし。1070便とかって、普通はないんかも。
「ではインターネットで検索してみましょう。航空会社の名前と便名の数字を入れるのです。便名の他の2桁は01とでもしてみましょうか」
スマホで“ANA 1701”を検索してみた。
「ないみたいです」
「では11としてみましょう」
「……関空-新千歳便です」
「ほう、ではやはりお父上は北海道へ行かれたのですかね。念のため、21も調べてみましょうか」
「……あれっ、那覇-宮古便?」
続けて調べると、1731は関空-那覇便、1741はなく、1751は関空-宮古便、1761・1771・1781は那覇-石垣便だった。探偵さんは地図を見始めた。
「宮古や石垣というのは遠いですから、大阪を朝に出て10時25分に着くとはとても思えませんね。大阪から那覇に10時25分に着く便というのはありますか?」
「……あります」
伊丹を8時15分に出発する763便。
「お父上がそれに乗ることは可能だったと思いますか?」
「かなり早めに家を出たので、乗れたと思います」
「では航空会社に電話してみましょう。お父上が新千歳行きに乗ったか、それとも那覇行きに乗ったか、訊くのです。あなたが家族であると言えば教えてくれるはずです」
探偵さんの言うとおりにしてみた。航空会社の人は、特に事情を話さなくても、乗ったかどうかを教えてくれた。結果としては「那覇行きに乗っていた」ということがわかった。意外。北海道とは正反対の方向だった……
「どうです。ちょっとスマートフォンを使うだけで、探偵でなくてもこれくらいは調べられるのですよ」
「すごいですね。ありがとうございます」
私は素直に感心した。探偵さんは得意そうな口調で続けた。
「しかし那覇へ行ったことがわかっても、その後どこで何をしていたのかを調べるのは難しいでしょうね」
「探偵さんなら調べられるんですか?」
「エリちゃんと呼んでも構いませんよ」
「じゃあ……エリさん」
よく考えたらエリさんは日本人やなさそうやのに、なんで三浦エリさんなんやろ。それともハーフで日本国籍を持ってるんかも?
「もちろん調べられますですよ。ただ、どうしても知りたいのなら、お父上に伺えばよいと思うのですが、どうです?」
「沖縄へ寄り道するならそう言って出掛けるはずやのに、隠してたっていうことは、訊いてもきっと話してくれへんと思うんです」
「お父上はよく隠し事をなさるのですか」
「いえ、そんなことないですけど」
「そうすると、お父上がどうしても隠しておきたかった秘密が暴露されることになるかもしれませんが、それでもよいのですかね」
「あ、うーん」
私は父が何かトラブルに巻き込まれたと思って、それを心配してただけ。ところが、父が日曜日に北海道へ向かわず沖縄へ向かったということは、元々計画してたはずということやろう。社用で行き先を変更したんなら会社の人が知ってるはずやし、気が向いて行き先を変更したというのはあり得へんやろうし、乗り間違えるということもあり得へん。
ほんなら、その目的は? 例えば殺人事件のアリバイを作るためやろか。それとも隠れた愛人がいて、浮気旅行をするためか。でもアリバイのためなら堂々と本名で乗るはずがないし(警察にすぐばれる)、愛人と旅行なら沖縄へ行かず北海道へ連れて行けばいい(時間がもったいない)。それ以外の目的となると、すぐには想像もつかない。
「……調べてもらうのに、どれくらいのお金と時間がかかるんですか?」
「あなたはフジエちゃんからの紹介ですが、割引がないので基本料金の1件4万円です。それで3日間活動します。まあ3日あればたいがいの事件は片付きますですね」
「学生割引ないんですか」
「最初に言ったように、未成年からの依頼は本来受けないのですよ。だから学生割引はありません」
「でも4万円なんて払えません」
「それなら自分で調べるしかないですね」
事件とちゃうんやったら、お金を払って調べてもらう必要はない気がしてきた。私の好奇心の問題なら、我慢すれば済むことやし。
「自分で調べる方法なんて知らないです」
「考えればいいのですよ。世の中には高校生探偵だっているのです」
「それって漫画とかアニメだけの話とちゃうんですか?」
もしかしたら小説もあるかもしれへんけど。
「調べ方くらいはお教えしますですよ」
「じゃあ、教えてください」
なんで私、こんなこと訊いてるんやろ。調べる必要なくなったと思ってたのに。
「まずは、那覇に10時25分に着いてから、翌日、札幌に朝9時に着くまでの間にできることを考えるのです」
「でもそれって無数にあるんやないんですか」
「しかしお父上は結局、8時間以上も遅れて到着したのですよ。飛行機に1便乗り遅れたとか欠航したとかいう単純なことではありません。札幌でも那覇でも、大阪や東京を経由すれば一日に何十便も飛行機は飛んでいるのです。しかもその間、会社の人に連絡ができなかったという事実もあります。那覇から札幌まで、一日の最初の便と最後の便を調べてみましょうか」
エリさんは立って本棚のところへ行った。そして薄っぺらい冊子を持って戻ってきた。飛行機の時刻表だった。それをぺらぺらとめくって見た後、ページを開いて私に指し示してきた。
「例えば大阪経由とすると、朝は那覇発7時35分、関空着9時30分。関空発新千歳行きは13時50分までないので、伊丹まで移動して11時55分発、新千歳着が13時45分です。他の空港、例えば羽田を経由すればもっと早く着くかもしれませんね。ともかく、もし日曜日の最終便に乗り遅れたとしても、月曜日の午後3時前には札幌に着いてしまうのです。しかしあなたのお父上はこれよりもっと遅くなったのでしたね」
それはそのとおり。電話では夕方に札幌に着くと聞いた。正確な時間はわからへんけど、夕方といえばだいたい4時から6時の間やろう。時刻表を見ると、那覇発11時15分の伊丹行きでも、乗り継いで16時20分に新千歳に着く。
「それから夜は那覇発17時40分、関空着19時35分。乗り継いで関空発20時20分、新千歳着22時10分。これなら次の日の朝から仕事ができますね。伊丹からの新千歳行き最終は18時45分発ですから、那覇での滞在時間がもっと短くなってしまいます。それでは、例えば10時25分から17時40分まで、沖縄で何をしようとしていたかを考えるというのはどうでしょう? そしてこれに乗り遅れるようなことが発生したと思われるのですが、それはその後で考えればいいでしょう」
「はあー」
それでも、7時間をどう使うかなんてやっぱり無数にある気がする。沖縄本島一周でもしようとしたんやろか。沖縄本島の端から端まで行くのに、どれくらい時間がかかるんか知らへんけど、さすがに7時間では無理かな。
「……考えてみます」
「では、明日の今頃にまたお越しなさい。そして考えたことをお話しなさい。ちなみに、お父上はいつお帰りになるのですか?」
「今週はずっと北海道で仕事って言うていたので、金曜日の夜やと思います」
どうしてそんなことを訊かれるのかわからない。
「それまでにわかるといいですね」
父が帰ってくるまでに考える必要があるんやろうか。それもようわからへん。でも、家に帰ってちょっと考えてみることにした。
(続く)
※本作の飛行機の運行時刻は2019年10月のものに基づいています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます