第4章 調査結果 (妹へ)

 実際には約40分後にコスモスクエア駅で待ち合わせ、早理さりはまたエリーゼのバイクの後ろに乗せてもらって事務所に来ることができた。そしてまたコーヒーをごちそうになる。

「さて、本物でない方が何を意味するのか、です。これはお姉様には申し上げないつもりでした。お姉様は本物の方にしかご興味がないだろうと思ったのです。報告書には本物のこともそうでない方のことも全て書いていますので、ご心配なく」

「ええ、私は最初から本物の方よりも、そうでない方のことが気になっていましたわ。それもまた宝石の名前の先頭1文字に関係があるのでしょうか?」

「鋭いですね。確かにそうでなければ釣り合いが取れません。残っているのはサファイア、トパーズ、真珠、ブラックオパールです。ブラックオパールは単にオパールと考える方がよいでしょう。そうすると、S、T、P、Oです。ただし、こちらは並べ替える順番がわかっていません。しかしたったの4文字ですから、24通りしかないのです。その中で、意味がありそうなのは数が限られています。これだけしかないのですよ」

 エリーゼはデスクの上に置いてあったA4サイズの紙を取って来て、早理の前に置いた。そこには“24の組み合わせ”が全て列挙してあり、無意味と思われるものは赤い線で消してあった。そして消されていないものだけが、改めて下の方に書き並べてあった。


  OPTS, POST, POTS, SPOT, STOP, TOPS


「あら、本当、六つしかないんですね」

「私は英語を話すことはできるのですが、英単語がすらすらと出て来ないのですよ。だから辞書で調べたのです」

「"OPTS"というのは何かしら」

「選択するという意味の"option"の省略形が"opt"で、そのドリッテン・ペルソネン・ジングラーです。日本語ではサンニンショータンスケーというものらしいです」

「三人称単数形? ああ、三単現の"s"ですね。"POTS"はポットの複数形、"TOPS"はトップの複数形ですか。複数形ってドイツ語は何でしたかしら。英語と同じプルーラル?」

「さようです。しかし、こういう暗号のときは、ドリッテン・ペルソネン・ジングラーやプルーラルは使わないものです。そうすると、"POST"、"SPOT"、"STOP"の三つに絞れるわけです。もちろん、これ以外で何かの頭字語アクロニムという可能性もありますが」

「私、今思い付きましたが、ファッション用語で"TPOS"というのがあります。"Time", "Place", "Occation", "Style"の四つの言葉の頭字語アクロニムです」

「ほう、素晴らしいですね。一つ勉強になりました。しかし、今回の場合はどうでしょうか。そこからメッセージを見出せそうですか?」

「そうですね。ちょっと難しいかもしれません」

 早理は素直に引き下がった。

「では一つずつ見ていきましょう。"POST"、もちろん『郵便』という意味ですね。あるいは『役職』『柱』などの意味もあるようですが、そちらを採用するのは気が進みません」

「そうですね。そうすると、父から送ってきた手紙に何かのヒントがあるのでしょうか?」

「ありました。こういうときは最後の一つにヒントが隠されていれば話が盛り上がるのに、とても残念です」

「すぐに見つかったのは、エリちゃんが優秀な探偵さんだからだと思いますわ」

「お褒めにあずかり恐縮です」

「それで、どこにあったんですか?」

「面白いので、少し考えてみてくださいますか」

 エリーゼは帽子掛けに吊していたボディーバッグの中から、封筒と便箋と写真を取り出してきて、テーブルの上に並べた。早理はまず封筒を手に取った。至って普通の、周囲に青と赤の斜め線が付いたエアメール封筒だ。宛先は梅田のBAN-YAバンヤビルで宛名は早理になっている。送り主はニューヨークの某ホテル気付の"BAN'YA, Katsuo"。それ以外には"VIA AIR MAIL"の文字が赤枠で囲われているだけで、裏には何もない。

「あら、この切手、金額が書かれていないんですね」

 封筒の隅にシール様の丸い切手が貼られている。絵柄はピンク色の菊で、その周囲に"GLOBAL USA FOREVER 2020"の文字。

「フォーエヴァー切手というのです。郵便料金が改定されても、額面を気にせずに使えるのですよ。国内用と海外用があって、それは海外用です」

「綺麗な花ですね」

 早理はしばらく封筒を眺めていたが、何もなさそうなので次に便箋を取り上げた。

「見えないインクで何か書かれていたのでしょうか?」

「試してみますか?」

 エリーゼがデスクからペンライトを取って来た。しかし普通のライトではなく、紫外線を照射するものらしい。その光を当てても、何も浮かび上がってこなかった。写真にも、あらかじめ書かれていた文字と、早理が書き加えた“本物”という文字以外何もない。

「わかりませんわ。降参です」

「実はこれも最初に早理ちゃんが手に取った、封筒にヒントがあったのです。途中でいいところにお気付きになりましたが、惜しくも見逃しましたね」

「あら、では、切手に?」

「光に透かしてご覧なさい。おっと、その紫外線ライトを使ってはいけませんよ」

 エリーゼが早理をデスクへ案内する。そしてデスクライトを点けた。早理はその灯りで封筒を透かして見た。菊の模様に紛れていてわかりにくいが、何やら小さな文字が書いてある。4行に渡っているようだ。封筒に書いてから、その上に切手を貼り付けたのだろう。

「1行目はP、O、R、T……PORTポートですか? その先がとても読みにくいですが……」

「そこに書いてあったということさえわかっていただければ、それでよいのです。これが、そこに書かれていた単語たちです」

 エリーゼがもう1枚、A4紙を出してきた。そこには"PORT TOWN"、"OSAKA-UMEDA"、"SENRI-NT"、"TENNOJI"の四つが書かれていた。

「あら、どれも地名なんですね。ポートタウン、大阪梅田、千里ニュータウン、天王寺ですか。ポートタウンというのはこの辺りのことですか?」

「そうです。そしてお気付きかもしれませんが、この四つの頭文字がやはり"POST"なのです」

「あら、凝った暗号ですこと! そうすると、この四つの場所に何かが隠されているんですね?」

「そういうことでしょう。さて、それは何だとお思いになりますか?」

 エリーゼが訊きながらソファーに戻ることを手振りで勧めたので、早理は考えながらソファーに戻って座った。

「ああ、わかりました! “本物でないもの”だから、四つの指輪の模造品イミテーションですね? この写真の指輪が、四つの場所に一つずつあるんじゃないでしょうか?」

「そうだとも考えられるのですが、一つ教えてくださいますか。イミテイションとレプリカはどう違うのですか?」

「業界でもいろんな使い方があると思いますが、自社ではイミテーションはブランド品を第三者が模して作った偽造品の意味で使います。レプリカは本物を参考にして自社が作った複製品のことです」

「なるほど、イミテイションは明らかな偽物だけれども、レプリカは一応本物なのですね。しかし、本物が一つとは限らない場合もあるのではないですか?」

「ああ、そうですね。特別な一点物があって、それを複製するのがレプリカです。一点物がない大量生産はマスプロですね。マスプロにはレプリカはありませんが、イミテーションはあります」

「理解しました。もう一つ、レプリカは本物と全く同じデザインで作るのですか?」

「はい、基本的には同じです。本物を作った時のデザイン書を使いますから。ただ、レプリカでも廉価版にするなら、部分的に品質を落とすこともあるので、全く同じにならない場合もあります」

「しかしそれはオリジナルのデザイン書に基づくレプリカ用の設計変更であって、見た目だけを似せたイミテイションとは違うということですね」

「そうです」

「ところで、この写真の指輪たちはどれもイッテンモノなのですか?」

「一点物に近いですけれど、一点ではなくて、48点ずつ作った限定生産品です。完売しましたけれど、どれも1点だけはBAN-YAバンヤの本社で保管しています」

「理解しました。そうすると、四つの場所に隠されているものは、イミテイションということになると思います」

「それを探せばいいんですね。ですが、たとえばポートタウンといっても広いですから、どうやって探すんですか?」

「そこで手紙に戻るわけです。私たちがまだ使っていないヒントが一つだけあります」

 早理は手紙をもう一度見た。「この中から本物とそうでないものを選り分けよ。姉妹が協議の上、姉がいずれかを選択すること。期限は3ヶ月」とある。

「『期限は3ヶ月』がヒントですか?」

「そうです。何だとお思いになりますか?」

「指輪で3ヶ月といえば、婚約指輪の値段の相場のことですね。お給料の3ヶ月分」

「それは私も聞いたことがあります。しかし、ドイツでは2ヶ月分なのですよ」

「あら、そうだったんですか」

「ですがこの場合、結婚指輪とは関係がないのです。いや、もしかしたらほんの少しは関係があるかもしれませんね。しかし、それは謎の主たる部分ではないのです。『期限は3ヶ月』というと、探偵の業界ではすぐに思い当たることがあるのです。それはリューシチ期限です」

「リューシチ期限? 何ですか?」

「こういう字を書きます」

 エリーゼがまた別の紙を持って来た。そこには“流質期限”とある。

りゅうしち……ああ、質流れのことですか?」

「そうです。指輪を質屋へ入れたときに、最低それだけは預かってくれるという期間のことです。その期間を過ぎると転売されてしまうかもしれないのです」

「わかりました。つまり、指輪のイミテーションは、質屋さんに預けられているんですね?」

「そういうことでしょう」

「でも、質屋さんだってたくさんあるでしょうね」

「この咲洲には一つしかありませんよ。骨董屋が質屋を兼業しているのです」

「そうですか。でも、梅田や千里や天王寺は?」

「もちろんたくさんありますよ」

「どうやって探せばよいでしょう?」

「そこで警察が頼りになるのですよ」

「どういうことですか?」

「実は私は咲洲の骨董屋へ行って来たのです。よく利用するのですよ。買い物や質入れをするのではなく、情報を入手するためですけれどね」

 エリーゼは立ち上がると、またデスクのところに行って紙を持って来た。今度はカラーコピーだった。

「“シナブレショ”といってもたぶんご存じないでしょう。簡単に説明すると、盗難事件があったときに、盗られた品物が買い取りや質入れされないように、骨董屋や質屋に配るリストです。それで、この写真の指輪たちがもしやそこに載っているかと思って、店主に見せてもらったのですね。そうしたら写真の指輪たちの代わりに、BAN-YAバンヤ様から盗まれたという別の指輪たちが載っていたのですよ。四つもです。これがそのコピーですが、まずこの盗難のことについて説明していただけますでしょうか?」


(続く)

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