第5章 模造品探し
予想外の話になって、
「その盗難のことは存じていましたけれど、今回の依頼とは関係なかったので、お話ししなかったのですわ。隠していたわけではないんです」
「もちろん、そう思っておりました。しかし、実は関係しているのではないかと考えたのですよ。何しろ、問題になっているのは誕生石に含まれる八つの宝石です。誕生石は少なくとも12種類あるのですから、残りの四つはどうしたのだろうと考えるのは、至って自然なことでしょう。そうしたら、その四つがシナブレショに載っていたのです。これで関係ないはずがないのですよ」
品触書のコピーの余白に、「Januar=Granate, Marz=Aquamarin, April=Diamant, August=Peridot」と流麗な筆記体で書いてある。誕生石の残る四つ、1月のガーネット、3月のアクアマリン、4月のダイヤモンド、そして8月のペリドットということだろう。品触書の四つの指輪と一致している。
「そうすると、骨董屋さんに預けられているのは、イミテーションではなくてこれらの指輪なのでしょうか?」
「それはわかりません。店主は品触書を見せてくださいましたが、何を預かっているかは教えてくれないのです。当然ですね、業務上の秘密ですから。私だって、依頼の秘密は守ります。しかし、盗難品が質入れされたのなら警察へ通報されますから、
「私にはそういうことは教えていただけないのだと思いますわ。姉は知っていたかもしれませんけど。盗難についても、私は詳しいことを知らないんです」
早理は知っているだけ全部をエリーゼに話すことにした。
半年ほど前、
「最初は社内だけで調べたのですが、結局、犯人はわからなかったんです。だいぶ後になってから、確か1ヶ月半ほど前に、警察に盗難を申告したんです。ただ、公にはしないことになっていました。そうしたのは父の指示でした。ところがその頃になって、盗んだのはデザイナーの
「独立しようとしている人を解雇するのは変ですね。独立してしまうではないですか。それとも独立を阻止する手段が何かあるのですか?」
「私にはよくわかりません。でも、宝石を盗んだという噂が世間に知られてしまうと、お客様が来てくださらないかもしれないですね」
「なるほど、それはありそうですね。ところで、八つの指輪は盗まれていないのに、どうしてお父上が同じもの、あるいはそのレプリカをあなた方に送ることができたのだと思いますか?」
「全くわかりません。本物は誰かから買い戻したんじゃないでしょうか。レプリカは、もしかしたら父がデザイン書のコピーを持っていて、それで誰かに作らせたのかもしれませんね。優秀な研磨師や彫金師に依頼して」
「ホーミョーさんはデザインをするだけですか?」
「いえ、研磨や彫金もできる方でしたわ。なんでもできるすごい方だったんです」
「早理ちゃんはそのホーミョーさんとは親しかったですか?」
「お話は何度もしたことがあります。人間的にもとても素敵で、お話するのがとても楽しいんです。でも、親しくしていたとは言えないかもしれませんね。お食事にも一度しか行ったことがありませんし。あら、どうしましたか?」
エリーゼがじっと早理の顔を見ていた。
「いえ、何でもありませんよ。では、お姉様はどうでしたか?」
「姉の方が親しくしていました。新しい企画で一緒にお仕事をしたり、出張に行ったり」
「わかりました。それで、盗難はどうなりましたか?」
「私はもうそれ以上のことは知らないんです。姉に訊いてみましょうか?」
「いいえ、不要です。アマ様は知っていそうですか?」
「わかりません。でも、私よりは知っているかもしれません。訊いてみましょうか?」
「いいえ、不要です。では、そろそろ骨董屋へ行きましょうか」
エリーゼがソファーから立ち上がった。つられて早理も立ち上がる。
「指輪のことを尋ねに行くんですか?」
「そうですが、早理ちゃんに手伝っていただきたいのですよ」
「何でしょう?」
「まず、このシナーリオを憶えてくださいますか」
エリーゼがまた紙を出してきた。一体、こういう紙がいくつ用意してあるのだろう?
「シナリオですか。私、女優じゃありませんから、そんなにたいした演技はできませんよ?」
「ほんの3分のことですよ。CMでは見事な演技を見せてくださっているではないですか。それに迫真の演技が必要というわけでもないのです」
「わかりました。やってみますね」
シナリオを憶えて、またエリーゼのバイクの後ろに乗って、骨董屋へ向かった。当然、エリーゼは店に入らず、早理が一人で入る。店内は洋物が多く、骨董屋というよりはアンティークショップと呼ぶ方がふさわしそうに見えた。
シナリオどおり、すぐに店主のところへ行った。ふくよかで髭を生やした中年男性だった。「いらっしゃい」と言われ、軽く礼をしてから、シナリオの台詞をしゃべり出す。ただし、少しだけ丁寧な言葉遣いにアレンジしてみた。
「つかぬ事を伺いますが、こちらのお店でこの写真のような指輪を扱ってはおられませんか?」
写真を店主に差し出す。エリーゼが用意したもので、どこから手に入れたのか早理には全くわからなかったが、とにかくシナリオに従う。店主は写真をじっくりと眺めてから、うーんとうなった後で言った。
「さあ、どうやったかなあ。指輪はそこのケースに並べてあるだけで、そこになければ扱っておりませんが」
「では、拝見します」
早理は店主に指差されたショーケースを見に行ったが、シナリオによれば「そこに写真の指輪があるはずがないけれども、とにかくじっくり見る」ということになっていたので、10分ほどかけてショーケースの中の指輪を眺めた。
なお、この10分間は演技をするべき「ほんの3分」には含まれていないらしい。あくまでもしゃべるのが3分以内であるという意味のようだ。眺め終わってから、早理はもう一度店主のところへ行った。
「拝見しましたが、ございませんでした。ですが、一つお願いがあります。もし、この写真と同じ指輪を持ち込んでくる方がいらっしゃったら、この名刺の連絡先へご一報いただくことを、その方にお願いしていただけないでしょうか。この指輪は私にとってとても大切な物で、ぜひ買い戻したいと考えているのです」
シナリオ上はもっと砕けた言葉遣いになっていたが、自分の好みに合うようにアレンジするのは意外に楽しい。それはともかく、渡した名刺には早理の名前と電話番号が書かれていたが、これもエリーゼが用意していたものだった。
「ああ、そうでっか。気ぃ付けておきまっさ」
「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いいたします」
早理は深く礼をして、店を出た。少し離れたところで、エリーゼが待っていた。
「素晴らしい名演技でした。私のシナーリオよりも早理ちゃんにふさわしい言葉に変えていただき、感謝いたします」
エリーゼに頼まれて、バッグの中に小型マイクを入れていた。それで店の中のやりとりを聞いていたらしい。
「とても緊張しました! それで、この後どうなるんですか?」
「質入れした人から早理ちゃんへ電話がかかってくるのですよ。早ければ今日か明日かというところです」
「そうなのですか。じゃあ、もうあのお店に質入れされてるんですね。電話がかかってきたらどうすればいいんですか?」
「譲ってもらえるよう交渉するだけですよ。早理ちゃんがお願いすればきっと快く応じてくださるはずです」
「わかりました。やってみます。ところで、どうしてここではアクアマリンなんですか?」
エリーゼが早理に渡した指輪の写真は、アクアマリンだった。他に三つもあるのに、なぜそれなのかは知らされていなかった。
「それはここが海に近いからです。言葉遊びですね」
「じゃあ、ダイヤモンドは?」
「梅田にディアモール大阪という地下街があるのをご存じですか。ディアというのはダイアモンドの略だそうです。元々はダイヤモンド地下街というのですよ」
「知りませんでした。ペリドットは?」
「別名を“太陽の石”というそうですね。大阪で太陽といえば千里なのですよ」
「ああ、もしかして、万博記念公園の太陽の塔ですか? あれはとてもユニークな形で、素敵ですね! じゃあ、ガーネットが天王寺ですか」
「それだけがまだわからないのです。日本語ではザクロ石というらしいので、ザクロに関係ある場所を探したのですが、見つかりませんでした。指輪の写真を見ると、アッシャーカットという綺麗な八角形をしています。だから、八角形に関係のある何かが天王寺にあるのかもしれません」
「他のところの指輪は探しに行かなくていいんでしょうか」
「明日中に電話がかかってこなければ、それも考えましょうか。骨董屋と質屋のリストはあるので、そこでさっきの店と同じことを繰り返すだけですよ。1週間もあれば終わるでしょう。しかし、さっきの店だけで十分と私は考えていますがね」
「わかりました。では、電話を待ちます。あら、そういえば、“本物でないもの”を選択すると、どういうメリットがあるかを教えていただいていませんでしたわ」
「電話をくださる人と会える、というのが
(続く)
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