第4章 調査結果 (姉へ)

 約1ヶ月後のある日の朝、早理さりは梅田にあるBAN-YAバンヤビルの1階の、受付の近くで待っていた。10時になると、そこへベストにスラックス姿、ボディーバッグを背負い、フルフェイスのヘルメットを抱えたプロポーション抜群の外国人美女が現れた。もちろん、エリーゼだ。早理は受付嬢が反応するよりも早くエリーゼに近付いていって、丁寧に頭を下げた。

「ようこそ、エリちゃん。朝早くからこんな遠いところまでお呼び立てして、申し訳ありません」

「いえいえ、私は普段から早寝早起きですし、この程度の遠征は依頼料に含まれていますからご心配なく。ご要望どおり、報告に参りました。今日はお姉様もいらっしゃるのですね?」

「はい、上で待っております」

 しかし早理とエリーゼが10階の応接室へ行っても、誰もいなかった。早理がソファーを勧めても、エリーゼは座らずに立ったままだった。

 15分ほどもして、ようやく真希が秘書と共に現れた。早理を見て、それからエリーゼを見た。部屋を見回し、他に誰もいないのね、というような顔をして言った。もちろん、遅れたことの詫びもない。

「あなたが探偵?」

「ヤー・ゲナウ、いかにも私が探偵のエリーゼ・ミュラーでございます」

 エリーゼは右手を胸に当て、一揖いちゆうした。まるで帽子を持っているときの挨拶だ。三浦エリとは名乗らなかった。

 真希はソファーに腰を下ろしたが、他の誰も座っていない。エリーゼは真希の正面に立ち、腕を組んだ。胸の大きさを誇示しているかのように見える。真希が目を細めながら言った。

「妹の依頼で指輪の調査をしていたんですって?」

「さようでございます」

「何かわかったんだったら、結論だけを簡潔に述べてくれるかしら」

「結論だけですか。では申しましょう。7・5・2・1・2ズィーベン・フユンフ・ツヴァイ・アイン・ツヴァイです」

「何のこと?」

「日本語ではナナ・ゴ・ニ・イチ・ニです」

「そんなことだけ言われても何のことかわからないわ」

 真希が呆れたように両手を広げた。アメリカ人のジェスチャーのように。

「しかし、あなたが結論だけとおっしゃったので」

「私の訊き方が悪いとでも言うつもり?」

「それはこちらでは判断いたしかねます」

「結論以外のことはこちらで考えろと?」

 真希がいらだちの声を上げた。

「お姉様、順を追ってご説明いただく方が早く済むと思いますが、いかがですか?」

 早理は笑顔のまま、落ち着いた声で言った。姉がいつもこうして結論を急いでばかりで、どうしてそこへ至ったのかについて気を払わないことが多いのを知っていた。

「じゃあ、簡潔に説明して。ただし、時間がないから急いで」

 真希が渋々という感じで言った。そしてエリーゼに対抗するかのように腕を組む。すると逆にエリーゼが腕を解き、背負っていたボディーバッグの中からクリアファイルを取り出した。

「私に与えられた課題は、『八つの指輪の中から本物とそうでないものを選り分ける』というものでした」

「そんなことはわかってるから説明しなくてもいいわ」

「ここに写真をお預かりしております」

 エリーゼは真希の言葉を受け流し、クリアファイルの中から写真の束を取り出して、早理の前に近付くと、テーブルの上に並べていった。真希の目つきがきつい。エリーゼの芝居がかった態度が気に入らないのだろう。

 エリーゼは写真を2列四段に並べた。左右の列の間には少しスペースが空いている。

「真希様からごらんになって、右側にある四つが本物、左側がそうでないものです」

「だったらこれが結論でしょう。さっきの数字は何の意味もないわ」

 真希は組んでいた腕をほどき、また広げながら言った。

「本物の四つの指輪が何を意味するかを知らなくてよい、ということであればそうでしょう」

「何が言いたいの?」

「では、あなたはどちらを選択されるのですか?」

「決まってるでしょう、本物の方よ」

 真希の口調がどんどんきつくなる。対してエリーゼは余裕綽々といった感じだった。

「それを選択すると何が得られるのでしょう?」

「指輪に決まってるでしょう!? 訳のわからないことを言わないでちょうだい!」

「かしこまりました。黙ることにいたしましょう。その前に、その選択をお父上に報告なさることを進言いたします。ニューヨークにいらっしゃると伺っておりますが、現地はまだ夜の9時。きっと起きていらっしゃることでしょう」

「私に指図するつもり? 余計なことを言わないで!」

 真希は前のめりになり、立ち上がらんばかりの勢いで言った。

「いいえ、お姉様、私はお父様に事前に伺ったのです。選択すると、どうなるのですかと。そうしたらお父様は、次の指示があるとおっしゃいました。それは、『その選択に従って直ちに行動せよ』というのです」

 また早理は口を挟んだ。早理は自分の言葉に、姉の勢いをそぐ効果があるのを知っていた。そこで初めて真希が早理の方を見ながら言った。

「指輪を受け取るだけではないの?」 

「ええ、もちろんです。そして探偵さんは、そのための解答も用意してくださったのです」

「それがさっき言った数字のこと? それこそ何のことかわからないわ」

「それもご説明いただくようお頼みになればよろしいのですわ」

「……じゃあ、説明して、簡潔に!」

 真希がまた腕を組んだ。ソファーに座り直し、足を組み掛けて、やめた。エリーゼは観光案内をするバスガイドのように、左手をテーブルの方へ差し出して言った。

「まずは先ほど本物と申し上げた四つの指輪の写真をごらんください」

「以前から何度も見てるわ。これが何か?」

「そこには上からルビー、エメラルド、アメジスト、ラピスラズリの順に並べました。それぞれを英語で書いたときの頭文字イニティアーレを取ってみましょう。R、E、A、Lです。英単語とすると"REALリアル"、それを日本語にすると“本物”です。つまり本物を選び出せというのはそういう意味であったのです。ただし、実物の指輪と写真の差異も確認いたしました。そうすると、実物と写真が全く同一であったのがその四つでした。対して“そうでない”方の四つは、実物と写真にわずかながら違いがあったのです。これら二点から、そこに選び出した四つが本物であるということがわかったのです」

「あら、そんなつまらないことだったの。それで、さっきの数字との関係は?」

「八つの宝石を眺めてみますと、いずれも誕生石と言われるものに含まれておりました。そこで、本物とされた四つの宝石が、それぞれ何月の誕生石かを調べてみました。もちろん、宝石にお詳しい方なら調べるまでもないことでしょう。ルビーは7月、エメラルドは5月、アメジストは2月、ラピスラズリは12月です。それらの数字を並べますと75212というわけです」

「知りたいのはそれが何を意味するかだけだわ。結論を聞かせなさい」

「5桁の数字が何を意味するかというのはいろいろと考えられるのですが、それを列挙することはやめておきましょう。ただ私が最初に思い付きましたのは、郵便番号です。日本では7桁になってしまいましたが、わが祖国ドイツでは5桁の郵便番号を使用します。他にも5桁の郵便番号を使用している国がありまして、その一つがアメリカ合衆国です。75212はテキサス州ダラスの一画が該当するのです。それならこの会社と縁が深いように思いますが、いかがでしょうか?」

 エリーゼの長い話を、真希はいかにもつまらなさそうな表情で聞いていたが、ダラスという地名が出てくるとようやく反応した。

「ダラスですって? かざ!」

「はい! はい、えー……」

 それまでずっと黙って、そしてやはりいかにもつまらなさそうな表情で立っていた真希の秘書が、慌ててブリーフケースの中を調べ始めた。手が震えて、書類を取り落としそうになっている。

「えー、お待たせいたしました。出店を予定しているのはウェスト・ダラス地区でして、そこの郵便番号が確かに75212でございまして、えー……」

「そう、わかったわ。選択に従って行動するということは、すぐにダラスへ飛べということね。つまり“本物”を選択すれば、父はダラスの支店を任せてくれるつもりだったのね。探偵のあなた、名前は何だったかしら、もうお帰りになって結構よ」

「それでは失礼いたします」

 エリーゼはまた胸に手を当てて一礼すると、ボディーバッグを背負い、部屋を出た。早理もその後に続く。エレベーターで降りながら、早理はエリーゼに言った。

「エリちゃん、姉の無礼な態度をお許しくださいね。いつもああして、他人の言うことを頭ごなしに無意味なことと決めつけようとするんです。しかも、せっかくエリちゃんが苦労して調べてくださったのに、一言のお礼も言わずに、申し訳ありません」

「どういたしまして。探偵の仕事に理解を示さないという人は意外に少なくないので、もう慣れているのですよ。それに、依頼をしてくださったのは早理ちゃんなので、早理ちゃんに感謝していただければそれでよいのです。それよりも、お姉様に話さなかったもう一つの選択についてご報告いたしますので、この後、私の事務所にご足労いただけますか? あいにく、単車では遠すぎてお送りできませんので、お車なり地下鉄なりでお越しいただきたいのですが」

「ええ、すぐに伺いますわ」


(続く)

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